6-23 閑話 男たちの悲哀 〜ああ、青春の淡き慕情よ〜 2



 喉から手が出るほど欲しかった特級戦力。

 A級のパーティー二つでも自由に使えれば、やれることが大きく変わってくる。

 しかし開拓に従事するなどという地味な仕事を実力者が望むはずもなく、依頼は全て断られていた。


 それが四十人以上!


 幸いモリスは話のわかる男だし、私の置かれている状況に同情と理解をしている。

 期間については可能なかぎり冒険者も守りたいモリスと揉めたが、ダンドン以外は短縮ありの最長五年ということで落ち着いた。ダンドンは最短五年だ。

 多少長いが、契約内容はそのぶん緩い。


 私を主として、開拓関連に戦闘込みで従事するだけ。

 その他に関して生活を縛るようなことは一切しない。財産も没収しない。生活できるだけの最低限の金は支給する。


 ギルド側も、真面目に勤め上げれば冒険者としての資格もランクも剥奪しないことを確約。

 領主である私が簡単に約束を破ったり、無体な使い方をするわけにはいかないということもわかるだろう。

 腕一本奪われるのとどちらがいいか問えば、確実にこちらを選ぶはずだ。


 そして昨日、モリスが帰る前にダンドンを呼び出し、そのむねを伝えた。

 すると驚くほどあっさりと、他の者に対しての説得役を引き受けた。ダンドン自身も受け入れるつもりのようだ。


 私の奴隷となることに苦い表情ながら、どこか愉快そうに笑っていたのが印象的だった。


「タチャーナの発案だと知ったときのダンドンのなんとも言えない顔は、そなたにも見せたかったがな」

「ふふ、そうですか。あの方もうまく力を発揮できれば名を残したでしょうに……残念なことですわね」

「あれは酔っ払ったイノシシのようなものだろう。たとえ目指すものが正しくとも、どうせ変な方向へ突き進む。こうなることは必定であったと思うぞ」


 実のところはそう思っているのだろう。セレーラも笑いを漏らしている。


「それにしてもよかったですわね、全員殺されでもしていたら話が真逆になっていましたもの」

「さすがにそこまでされてしまっていれば、狂子たちを捕らえる命を出さねばならなかったからな。しかし、まさかあやつがな……」


 狂子がこの街のためを考えてくれたとは……。

 おかげで農地開拓の規模を拡大し、民に大々的に告知、募集をすることができる。


 無論開拓は簡単なことではない。しかしたとえ失敗したとしても、これまで水晶ダンジョンの恩恵で築き上げてきた財が削られるだけだ。

 手をこまねいたまま民の不安や混乱、そして大規模な流出を防ぐことができないよりはよほどマシだ。


「……マーブル模様、か」


 ため息とともにこぼれた言葉を聞き、セレーラが笑う。


「ふふっ、わからない人ですわよね」


 私はもう考えるのも疲れてしまって、とても笑う気にはなれないが。

 狂子とずっと接していてまだ笑えるセレーラも、やはりそちら側なのだ。こうなることは必然であったのだろうな……。


 頭を切り替え話題を探せば、すぐに思いついたものがあった。


「ああそうだった。ジジイ繋がりで思い出したが、あっちのジジイもそろそろくたばるかもしれん」

「それは……ソルティア侯爵がですか!?」

「うむ。水晶ダンジョンが消えたと聞いて卒倒したらしい。『明け星』が潰れてから調子は悪かったようだが、トドメとなったのであろう。もう立ち上がることもできずに寝込んでいると報せが来た。卒倒したいのはこちらだというに」

「あの方は本気で水晶ダンジョンを欲していたのですわね……」


 まああれの息子はまともだし、これで少しは関係も良くなるだろう。

 あのジジイの話を聞き、セレーラは得心したようにうなずいていた。


「となると、やはりあの方の仕業だったのかしら……」

「なにがだ?」

「実は『リースの明け星』の一件後、シ……タチャーナさんたちに暗殺者が送り込まれていたそうですわ」

「む、そうだったのか」

「その者たちは、金で雇われていただけだったようですけれど、それが徐々に減っていって最近ではまったく来ていないと」


 水晶ダンジョン攻略後は狂子たちの宿に兵を配置していたから、その影響もあるかもしれぬが……ソルティアが『リースの明け星』の報復に送り込んでいたものの、体調悪化でそれどころではなくなったと見るのが自然か。


「あの、姉さん、暗殺者が来ていたなどという話はこちらに上がっていないのですが……」

「……そういう人ですもの」


 ……いずれにせよ、このままなにごともなく収まってくれればそれに越したことはないが。


 そのあとセレーラが不在の間の話をしたが、しょせん十日程度。絞り出して雑談を続けるのも、すぐに限界がきた。

 わかっている。自分がそれを聞くのを恐れているのだということは。


 話が途切れ、わずかに沈黙が続いたとき、セレーラが姿勢と表情を改めた。


「侯爵閣下、皆様、大切なお話があります」


 そして、それはついにきた。


「今回の一件で私の体に、そしてなにより心に大きな変化がありました。そこで誠に勝手ながら、おいとまをいただきたく存じます」


 いつかこの時が来るのだろうと思ってはいた。

 しかし、実際に来てみると思った以上にこたえる。


「……タチャーナたちと共に行くのだな」

「はい。今まで重用していただいたことに報いきれているとは思いませんけれど、どうかわがままをお許しください」

「わがままなのはこちらだ。父が、そして私が難しい立ち位置や無理難題を押しつけてきてしまった。だが、そなたは常に望みを超えて尽くしてくれた。これ以上そなたに甘えることはすまい。思うようにするがよい」

「ありがとうございます、閣下」


 言えた。

 引き止める言葉を口にすることなく。


 セレーラが皆と言葉を交わす中、私は自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。

 シグルなどは言ってしまうかとも思ったが、トゥバイの件で引け目もあるのだろう。ときおり唇を噛みしめつつ、激励の言葉をかけていた。


 ひととおり話し終えたところで、クリーグが疑問を呈した。


「ところで姉さん、体に変化があったというのはどういうことでしょうか。まさかケガが治りきらなかったということですか?」


 それは私も気になっていた。

 だがどうやらケガのことではないようで、セレーラが首を振る。


「初めに言ったとおり、体に支障はありませんわ。ただ……口で言うより、これを見てもらったほうが早いですわね」


 どこか嗜虐的に見える笑みを浮かべ、セレーラは続けて発した。


 ステータス、開示──と。


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