6-24 閑話 男たちの悲哀 〜ああ、青春の淡き慕情よ〜 3



レベル ーー

種族 錬成人 ELdest of Fauna

職業 魔導指揮者


MP 7820/7820

STR 4291

VIT 3922

INT 8658

MND 7474

AGI 4063

DEX 5619


〈棒術3〉〈氷魔術6〉〈風魔術4〉〈土魔術1〉〈MP回復4〉〈魔導楽団〉〈源血の眼〉〈アップグレード〉






 皆、一様に言葉を失った。


 異常だ。

 なにからなにまでもが。

 セレーラの前に生じた半透明の緑色の板が、本物のステータスを記述しているとは思えなかった。


「これは、なんの冗談だ」


 偽物ではないとわかっているが、信じられずについ板に手を伸ばす。

 だがやはり掴むことができずに空を切った。


「このステータス……気のせいではなかったんですね。姉さん、一体なにがあってこんな」


 クリーグとヴォードフが緊張感を漂わせていたのは、セレーラの力を感じていたからか。


「あの人の力ですわ」

「タチャーナ殿の?」

「ええ。さきほど言ったことは事実ですのよ。私はトゥバイによって、この下を切り落とされてしまいましたの」


 そう言って、セレーラは腹に手刀を当てた。


「その私を救うには、こうするしかなかったんですって。でもとんでもないですわよね、種族まで変えてしまうなんて」


 まだ断ち切られたというのを信じきることはできなかったが、このような異常な変化が起こっているのだ。なにがあってもおかしくないように思えてしまう。


 それから皆でいくつか気になる部分を尋ねた。

 それはこれがかされているのではなく事実であることを、飲み込むためだったのかもしれない。


 まず魔導指揮者などという聞いたこともない職業は、スキルの〈魔導楽団〉から来ているのだろうとのことだ。

 しかし、肝心のそれは魔術関連の強力なスキルだと言うだけで、詳しく語らなかった。

 口をへの字に曲げていたところを見るに、力を隠すためというより、ただ好んでいないから説明しなかったように思う。


 〈土魔術〉は、狂子らが水晶ダンジョンで手に入れたスクロールによって習得したそうだ。

 ニケにこっそり渡されて使い、それを知ってイジケた狂子をあやすのが大変だったと言っていた。


 そして他には魔眼の〈源血の眼〉と、種族の特性として〈アップグレード〉というものが新たに備わったようだ。

 まさかレベルのない種族とはな……。

 ステータスも含め、あまりに急激な変化と能力向上だ。


「体、問題ないか」

「はい。初めは戸惑いましたけれど、今はもうすっかり」


 無理をしている様子もないし、本当のことなのだろう。

 その言葉にヴォードフ同様皆が安堵したが、シグルは引っかかっていることがあるようで、すぐに眉間にしわを寄せた。


「セレーラ殿、これは本当にそうするしかなかったのですか。その、どういう能力でこうなったのかよくわからないのですが、自分たちに合わせるために、治療を名目にあいつが好き勝手したということは……」


 人を食ったようなところがある狂子を、生真面目なシグルは好んでいない。セレーラが惹かれていたのもわかっていたしな。

 そのシグルの疑念を、セレーラは軽く笑い飛ばした。


「ふふっ。本当だと思いますが、別にウソでも構いませんわ」

「え……」

「だって足手まといなんてまっぴら御免ですもの。自分から言う手間が省けただけですわ……アレに関してはどうかと思いますけれど」


 最後は聞き取れなかったが……まったく、豪気な女だ。

 だがだからこそ、私の心は重く沈んでいった。


「足手まといか……あの者たちは、今のそなたと同等の力を持っているのだな? 狂子の力によって」

「ええ、私が彼女たちに届いているとは思いませんけれど」


 今は本当にそうなのかもしれない。

 しかし、負け続ける気はないと強い眼光が語っている。

 私としてはそれどころではないのだが。


 これが狂子たちが、ギルドに譲歩させてまで秘匿しようとしていたステータスなのだ。


 私は今まで、クリーグに狂子たちと敵対するなと何度もクギを刺されてきた。実際そうしてきたつもりだ。

 しかしそれでも、いざとなればどうにかなるとたかをくくっていた。


 だがこれでは!

 これではどうにもならぬではないか!


「……そなたら三人で、今のセレーラを止められるか」

「接近戦、なんとか」

「やはりそうか……」


 魔術師相手に、この三人が接近戦でようやく。


 そんな化け物が、四人。


「なぜだ、セレーラ……なぜ私にこのことを明かした。そなたは私に恨みでもあるのか?」


 人目をはばからず、叫びながら頭をかきむしりたい。

 そんな私の思いを、シグルだけは理解していなかった。


「閣下、なにをおっしゃっているのですか?」


 シグルは信頼の証だとでも思っているのか。

 たしかにその面はあるのだろう、ある意味では。


「シグル様……姉さんは、閣下に自分たちの盾になれと言っているのです。この国の者たちにちょっかいを出させるなと言っているのです」

「なっ……」


 もはやなにがあろうと狂子たちを敵に回すわけにはいかない。

 私自身は当然として、この国としてもだ。そんなことになれば、痛手を負うだけでは済まない。


 今まで多少なりとも、盾となるよう動いてきたつもりはある。

 しかしこの力を知ってしまえば、なにを差し置いても盾にならざるをえない。

 私がそう覚悟するのを見越して、ある意味信頼してステータスを開示したのだ。


 そしてそれは、取りも直さず──


「命がけで孤児院を守れと……そういうことだな?」


 これから狂子たちがどう動くのかは知らないが、ただでさえ水晶ダンジョン攻略者として関心を集めている。

 もし狂子が他者を強化することができるなどと知られれば、さらに接触しようとする者は増えるだろう。


 そうなったとき他の三人はともかく、セレーラには孤児院という明確な弱点がある。

 人質にするためや、腹いせのために狙われることは大いに考えられるのだ。


 もしそんなことになれば、狂子たちは、セレーラはどうするのか……ああ、考えただけで臓腑に穴が空きそうだ。


「知らずにおれれば楽だったものを……」

「ふふ、最近もそんな言葉を聞きましたわ」

「くっ、笑いごとではない」


 苛立つ私などどこ吹く風で、セレーラは続けた。


「あの人と共に行くにあたり、私は孤児院とは一切の関わりを断とうと思っていましたの。もう孤児院に顔も出さず、たとえなにがあろうとも、なにもすることはないと。あの人に迷惑はかけたくありませんし、その姿勢を示すことが孤児院の安全にもつながると思いましたから」


 たしかに利用価値がないとわかれば、孤児院に手を出す者も少なくなるだろうが……それはあまりに寂しい決断だ。


「そうあの人にも伝えましたわ。そうしたら……『自分たちは、なにかを捨てるために力を得たわけじゃない。手を考えよう』と言ってくださって。折を見ては、この街に戻ってきてもくださるそうですわ」


 うれしそうに、セレーラがとろけた表情で体をくねらせる。

 ハァ……見たくなかったぞ、そのような姿。


「それならばと思い、彼に教えて差し上げましたの」


 素に戻ったセレーラが、わかりやすく口角を上げる。

 どこからどう見てもわかる完璧な作り笑いに、凍りつくような悪寒が走る。


「……なにをだ?」

「この街にはお忍びで酒場に繰り出して、自分で考えた冒険者の二つ名をお仲間に広めさせる領主様がいらっしゃいますのよ、と」


 ……あー。


「そうしたら、ステータスを開示することを快く了承してくださいましたの。『狂子』のあの人は」


 …………まさか。


「閣下はさきほど、恨みでもあるのかとおっしゃいましたわね。『氷』。そう言えばわかるのではないかしら」


 ………………終わった。


「い、いつから……いつからそれを」

「閣下のお父様がご存命でいらっしゃるころからですわ」

「それほど昔から……」


 一般に広めたセレーラの二つ名である『氷姫』は、知る人ぞ知る真の二つ名『氷鬼』を偽装するためのものだ。知られれば殺されると考えたがゆえに。

 それがまさか二十年以上前から知っていたとは……。


 戦々恐々とする私を前に、セレーラは口もとを隠して笑った。


「もう、冗談ですから、侯爵ともあろう方がそんなに情けない顔をしないでくださいませ。彼はともかく私は恨んでいませんわ、それほど」


 それほどがどれほどなのか、聞くのはやめておこう。知らぬほうがいい。


「サバスティアーノ様、こちらを」


 セレーラは持ってきていた袋から、マジックバッグを二つ取り出した。


「それは?」

「ドラゴンや高ランク魔物素材の詰め合わせですわ。孤児院を守るために役立てるようにとのことで」

「ずいぶんと大仰おおぎょうな……くれると言うならもらっておくが」

「それと、『少なすぎるけれどセラわたしを連れて行くことへの、せめてものお詫び』だそうですわ、ふふっ」


 それならば、たしかにまるで足りんな。そのようなことは口にせぬが。

 自分で言って恥ずかしそうに照れていたセレーラが、顔を引き締めた。


「これからが正念場。御身にかかる負担も大きいかと存じます。そのようなときに去る道を選ぶ私が言えた義理ではないと思います。ですがなにとぞあの子たちのことも、よろしくお願いいたします」


 美しく背を伸ばし、深々とセレーラは頭を下げる。

 そして顔を上げたセレーラに、私はことさら片方の眉を上げ、鼻で笑う。


「ふん、私の民だぞ。言われずとも守るのは当然のことだ」


 これで良いのだろう?

 お前が育ててきたの、良き領主としての答えは、これが正解だろう?


 返ってきたのは────満点の笑み。


 当然だ。長いつき合いなのだ、間違えることなどない……たとえお前がいなくなろうともな。







 しばらく話をして、セレーラは帰っていった。

 まだセレーラは仕事の引き継ぎもある。これが最後ということもなかろう。


「それにしても……鬱陶しい」


 シグルが鼻をすすりながら、うっうっとしゃくり上げている。


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