5-16 俺のじいちゃんの頭は波平だった



 それは人を惑わせ、狂わせる。

 それを求め、人は争い、奪い合う。


 宝──


 そんな物にいとも簡単に煽られる、なんという愚かしく醜き人の欲望よ。

 いや、そのように人を突き動かすことができるからこそ宝と呼ばれるのか。


 とにもかくにも嘆かわしいことに……以前はケーンとして宝であったニケも、忠義を尽してくれるルチアも、その例外ではなかった……。




 周囲に乱立するのは、様々な形をした大きな柱。

 これが岩であれば、まだ地球の世界自然遺産とかにもありそうだが、ここの柱はそうではない。

 全て金属でできているのだ。


 その表面は磨き上げられた鏡のよう。周囲の風景を、曇らせることなく映しとっている。

 そして地面にはくるぶしまでの深さで水が張られていて、それもまた快晴の空や周囲を映す。


 そんな天然ミラーハウスといった光景が、四方八方延々と続いている。

 それが俺たちの現在地、八十六階層である。


 ──なんだかんだで八十六なのである。


 本当にアダマンキャスラー素材で強化できたのは大きかった。これほどまでスムーズに進めるなんて。


 特に八十階層、不死者がはびこっていた街での階層ボス戦では助かった。

 あの街の領主の館にいたのはリッチ・ザ・プライムロードという、超高位のアンデッドだった。

 ニケが言っていた、魔物なのか魔族なのか曖昧なやつだ。


 もとは高価そうなボロ服をまとった上半身だけのスケルトンで、宙を舞いながら笑い声を上げて攻撃してくるのである。

 とにかく魔術が強力で、魔法防御も高い。

 ただ、物理防御はさほどでもなかった。


 俺たちの今のステータスは、魔法攻撃力は低いが防御や物理攻撃力は高い。都合よくかみ合ってくれたのだ。

 なので俺も、安心して自作どら焼きを各種食べ比べすることができた。やはり普通のが鉄板だが、紅茶風味も結構いけた。


 そして八十階層台に入ってからは、リッチ・ザ・プライムロードの素材で強化した魔法攻撃力に助けられている。

 ここの敵はなんというか……厄介なのだ。


 逃げながら魔術撃ってくる小人の魔物とか、分身みたいな幻影で惑わせてくる巨大なイタチ魔物とか、地面で擬態してる超巨大なヒラメっぽい魔物とか……。

 しかも周りはミラーハウス。

 距離感はおかしくなるし、攻撃したら柱に写ってただけだったり、頭がおかしくなりそう。


 特に滞空しているミラーボールみたいなやつとの組み合わせがやばい。

 そいつは全身から光線を乱射してくるのだ。威力は高くないが、柱で反射しまくってとても避けきれない。装備が良くなければケガは免れなかった。


 そこで今は、敵を見つけしだい魔法魔術で遠距離から先制攻撃しながら進んでいる。

 俺の〈鷹の目〉大活躍!


 しかし……ここにきて大問題が発生してしまった。




「離せ、ニケ! 離せぇ!」


 必死の訴えもむなしく、俺を腕ごと抱きしめたニケの手は緩むことがない。

 俺は釣り上げられたカツオのように、もがくことしかできずにいた。愛くるしさではタラオといい勝負してるはずなのに。


「いい加減に大人しくなさい」

「手間をかけさせるな主殿!」


 フネ……ニケに続いて俺を責めるサザエ……ルチアは、シータと向かい合って両の手と手を繋いで押し合っている。プロレスでよく見る、手四つというやつだ。

 いくらシータがアダマントで強化されたとはいえ、ルチア相手では分が悪い。完全に抑え込まれてしまっている。


 二人が俺を不当に拘束する原因。

 それこそが、金属の柱に不自然に存在していたコブ──遺宝瘤いほうりゅうである。


 二人はその中身を我が物にせんと、俺を阻んでいるのだ!


「それは貴方でしょう……」

「我々は適切に使うべきと考えているだけだ」

「ウソだウソだ! そうやってまたイジワルするんだ!」


 実は二人が造反するのは、これが初めてではない。

 あれはちょうど十階層前、七十六階層での出来事だ──




 暗い街道を進んでいる最中、倒した魔物が吹っ飛んでいった近くの木に遺宝瘤を見つけた。

 ルチアから飛び降りて喜び勇んで開けてみたところ、宝の中に羊皮紙が混ざっていた。


 また鑑定スクロールかなと思ったら、少し見た目が違う。

 なんとそれは、スキル習得スクロールだったのだ。

 しかも俺の念願である、魔術習得の!


 だが問題は、それが〈土魔術〉だったことだ。


 宝の中から一番に見つけて喜ぶ俺を前に、ルチアが聞いてくるのだ。


「使うのか? 主殿……それを使ってしまうのか?」


 悲しげな表情とともに。


「えっと……いや、でも、俺も魔術使えれば多少は戦力になるし。MP多いからガンガン使えるしさ」

「ガンガン使うのか……私の魔術などいらないのか……私などもういらないのか……」


 ううっ、と口もとを押さえてルチアが肩を震わせる。


「話が飛躍しすぎだよ!? そんなこと言うわけないだろ! なんだ、その……あっ、ほら俺も土魔術使えればお揃いになるぞ? 二人で一緒に『グラウンドピット』とかやったら楽しそうじゃないか」


 グラウンドピットというのは、土魔術のスキルレベル四で覚える、地面に穴を作る魔術だ。

 地面が硬いと効果が激減するし、相手が立っている下を掘ろうとしてもVITの影響でレジストされやすい。しかしうまく使えれば、かなり有効な魔術である。


 俺の説得に、ルチアは一瞬顔を輝かせた。

 ……が、すぐに「しまった」と言わんばかりにハッとして、またよよよと悲しむ。


 ニケじゃあるまいし、ルチアがこんなことするなんて信じたくなかったが……。


「おい、演技か」

「な、なんのことだ」

「もうバレバレだぞ。なぜそんな、あっ!」


 目を泳がせるルチアを問い詰めようとしたら、隙を突かれてニケにスクロールを奪われてしまった。

 そしてたちまち〈無限収納〉へと消える。


「よくやりましたルクレツィア」

「なんだよくやりましたって!? 返して、俺の土魔術!」

「駄目ですよ、ルクレツィアも悲しんでいますし」

「演技だったじゃん!」

「もともとマスターだけの物ではありませんし、私が使うという選択肢もあります。今後の階層の様子次第でもあるので、保留しておくべきでしょう」

「でも早く覚えた方がスキルレベルだって上げられるし! なあ! 聞けよぉ!」


 俺は間違っていないと思う。

 でもそのあとどれだけ訴えても、仕返しに夕飯を二人の嫌いなもので埋め尽くしても、土魔術が俺の手に戻ることはなかった……。




 ──そして今、八十六階層で遺宝瘤を壊した俺たちの目に映るもの。


 それは再びのスキル習得スクロールである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る