5-15 なにもお見通しではなかった
ずいぶんともろい女の子だったな。
この魔導砲は俺のパンチと同じくらいの威力が限界だから、牽制用でしかないんだけど。
このサイズでそれ以上の威力を出そうとすると、爆発してしまうのだ。
「相変わらず思い切りが良すぎますね……」
「うわぁああ! 女の子がぁ!」
「よく見なさい、あれはただの魔物です」
頭を抱えるルチアを離し、ニケが指差す。
残骸になった女の子からは、血の一滴も流れていない。
はなから分かりきっていたが、当然不死系の魔物だ。こんなところに生きた子供などいるわけないのだ。
しかしこの怪しげな二人はどうしよう……取りあえず弾は詰め替えたが……。
うん、撃てばいいか。
二人が本物であれば、こんな
でも一応当たらないように、二人のあいだを狙って、と。
バラバラ女の子に絶望していたルチア(仮)だったが、俺が撃った瞬間に切り替わった。ニケ(仮)をかばうように前に出て、放たれた魔力を簡単に盾で弾き飛ばす。
ニケ(仮)はその前に射線上から離れていた。
この動き、本物にも思えるが……。
「シンイチが私を攻撃した……う、ううっ、こんなことって…………」
あー……ついにルチア(仮)の瞳から、ポロポロと大粒の雫が。それをグスグスと手のひらで拭っている。
「やっ、やりすぎた!? ……でもだまされない! ルチアがこんな子供みたいに泣くはずが」
「おそらく術者はあの女児だったのでしょうが、すぐには術の影響が抜けないだけです」
「術者倒したのにまだとか、本当か? 怪しすぎる!」
「貴方も抜けていませんよ」
「そんなことないよ! 俺はいたって普通! 生まれてこのかた普通じゃなかったことがないくらい普通!」
「常に普通ではないので表現しづらいですが、今の貴方は普通ではありません」
俺が普通じゃないなんて普通に考えれば普通じゃないから、このニケ(仮)はやっぱ普通じゃない……。
対抗するため慌てて新しい弾を取り出していたら、ゴゴゴと地面が揺れた。
枯れ木の方を向けば、バラバラ系女子の手前の地面が盛り上がってきている。
石畳を突き破って現れたのは、数多の骨で形作られた巨大なスケルトンの上半身。
女の子がおびき寄せ、このガシャドクロみたいなヤツが倒す役だったのか。
女の子が死んだから、待っていても無駄だということで出てきたのだろう。
「こんなときにっ」
ガシャドクロに向けて足を踏み出そうとするニケ(仮)。
そうはさせるかと、俺は魔導砲を向けた。
「動くな! あれと共闘する気だろ!」
そしたら、
「…………面倒」
丁寧語すら捨てたニケ(仮)の、俺に向けられた手の平の先が光る。
やはりニケ(偽)だったのだ!
「むしろニセだったのか!」
「わけのわからないことを言っていないで、少し眠っていなさい」
まるで本家のような雷でシビビビと痺れ、意識が薄れていく。
俺はここまで、なのか……すまん、ニケ(本物)、ルチア(本物)……せめてお前たちは、生きて…………。
パチリと目が開いたら、俺は屋台の残骸に寝かされていた。
そしてルチアが正座してニケに説教されてた。なのですぐに目を閉じた。
「貴女がマスターより子供を選んだとは思いません。術のせいだというのはわかっています」
「もっもちろんだ。シンイチ以上に優先するものなど……」
「ですがそれ以前の問題です。貴女があれほどあっけなく術に落ちてどうするのですか、情けないですよ」
「面目ない……子供の声に動揺した」
すっかりしょげた声で反省するルチアに、ニケの声が多少和らぐ。
「とはいえかなりの使い手だったようですからね。あれはその能力の全てを、術に割り振っていたのでしょう」
なるほど、だから魔導砲の一発でバラバラにできたのか。
「精神系の術は珍しいですし、ほとんどかけられたことはないでしょうから今回は許しましょう。ですが……」
「わかっている、もうこのような失態は演じない」
「そうしてください」
薄目で見てみれば、枯れ木の周囲には大量の骨が散乱している。
どうやらニケだけでなく、ルチアもガシャドクロと戦ったようだ。二人とも装備は汚れていたが、ケガはなさそうで良かった。
「しかしなぜ主殿は、あの魔物を攻撃できたのだろうか。私はなんとしても子供を救わねばならないという思いに駆られたのだが」
正座のまま首をかしげるルチアに、どこか複雑な顔をしたニケが答えた。
「あれはおそらく、心の引っかかりを無作為に増幅するたぐいの術だったのでしょう。その方が強引に感情を誘導するより簡単ですから」
要するにそのとき浮かんだ考えや感情に頭が埋め尽くされ、行動させてしまうような術ということか。
「そしてそれで十分なのです。普通は貴女のように行動するのですから。普通は」
「なるほど……つまり普通でない主殿は、まったくこれっぽっちも子供を救おうなどとは思わなかったと……」
「……そういう人ですから」
違うよ! 初めから見切ってただけだよ!
こんな所で子供の泣き声なんて、瞬間で罠だってわかるじゃないか。
と、弁解したいが起きられない。
もちろん自分がやったことは覚えてる。
いくら術で疑念を増幅されたとはいえ、よりにもよって二人に攻撃までしてしまったのだ。こっちは弁解の余地がない。
ということで、このまま狸寝入りを……。
「マスター」
「はひぃっ」
一聴しただけでは普通の声色。
だがその奥に隠された響きは、井戸の底に引きずり込む凍えた手を霊視できてしまう。
掴まれたら最後。抗うことなどできない。恐怖とはこういうことなのである。
これと比べたら、殺せるゾンビなんてなんのことはない。
俺はすかさず正座して、最大限に背筋を正した。
しばらく無言のまま時が過ぎる。それがまた恐ろしい。気分は斬首待ちの罪人だ。
やがてニケは、軽くため息をついた。
「ふぅ……貴方はそういう人ですから、仕方がありませんね」
またそういう人って言われた。
「ごめんな、ニケ。でも待って。別に二人を疑ったのは、どっかで二人を信用しきれてないからとかじゃない……といいなって思うんだけど、どう思う?」
「もうっ、そこは自信を持って言ってください」
頬を膨らますニケを見て、ルチアが苦笑いしている。
「はは、主殿は無駄にあれこれ考えることがあるからな。それが災いしただけだろう」
「無駄ってひどいけど、ルチアもごめんな」
「私もすっかりかけられたし、見苦しいところも見せてしまった。悪かった。それと、その……頼むからあれは忘れてくれ」
「断る」
「なぜ!?」
子供みたいな泣き方でかわいかったし。
「しかしニケに攻撃されたときは、まじでニセかと思ったわ」
「すみません。ですがあの状況では仕方ないでしょう?」
まるで悪びれずに言うニケは、まだちょっとご機嫌斜めかもしれない。
よし、こういうときは明るく爽やかに、得意の下ネタで締めよう。
「まあなー。でも今日の夜は本物かどうか、全身たっぷりチェックするからな」
これでニケちゃんも大喜び──
「結構です」
なっ………………あり得ない!
ニケがかわいがられることを断っただと!?
「ニケ殿!? ま……まさか本当に」
「ニセ……!?」
彼女はなにも言わず……ただニタリと
でもやっぱり夜は頑張らされました。
こうして無事、俺たちは水晶ダンジョンに新たな火を灯したのである。
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