5-14 俺には全部お見通しだった
七十五階層でルチアがニケに説教されてから一週間ほどで、俺たちは七十八に到達した。
そこはリースと肩を並べることができそうなほどに大きな街だった。
ただやはりというか、その街並みは見事なまでの廃墟だ。本来いるべき場所に人の姿がないというのは、どうにも虚しく物悲しい。
不死系の魔物がたまに突然襲ってきて驚かされはするが、今のところ手強いのも出てきていない。
「ここに来て静かすぎる……なにかあると考えたほうがいいだろうな」
夢の新記録へ向けて、前を行くルチアはギュッと盾を握り直して気を引き締めている。
「そうですね。七十七階層を攻略したパーティーも、ここで全滅したと見なされていますし」
ニケはいつでも動けるよう、俺を片手でお姫様抱っこにしている。
暗さのせいで〈鷹の眼〉は役に立たないが、俺も目視で警戒中だ。
そうして周囲に目を光らせながら進んでいけば、全体的に建物の高さが低いことに気づく。
水晶ダンジョンができた当時の街並みを参考にしてるんだろう。
それにしても、なんでわざわざこんなシチュエーションの現実的な街を用意したんだろ。
これまでは土管とか雪山とか、属性とのつながりが明確な舞台だっただけに、ちょっと違和感がある。
まさかシチュエーション自体、当時
「なあ、ゾンビとかってなんなんだ? ほっといたら死体が勝手にそうなるのか?」
「それが通常の生まれ方でしょうね。しっかりと埋葬されていれば、魔物になることは滅多にありませんが」
「病気のやつはまた別だよな?」
昔、人がゾンビのようになる病気があると聞いたことがあるのだ。
「
ルチアは俺より詳しく知っていたようで、警戒して進みながらも教えてくれた。
「そのとおりです。他に不死の魔物が発生する理由としては、何者かが使役するために生成することもあります」
「使役ね……何者かってのは魔族か?」
「魔族にも魔物にもいます。というか特にその辺りの種族については、魔族と魔物の区別が
魔族というのは実に多種多様であり、はっきりとした定義が存在しない。
知性があって、自分のことを魔族だと言いさえすれば魔族となれるみたいな感じらしい。
「主殿が気になっているのは、以前言っていた水晶ダンジョンの目的についてか?」
水晶ダンジョンが対魔族を見越した修練場ではないかという説は、二人にも話したことがある。
「うん。もしかしたらここって、昔実際に魔族との戦いでこうなった場所の写しなんじゃないかと思ってさ」
魔物の配置など細かい部分は違うとしても、ここは過去の事象を追体験させようとしているのではないだろうか。
それならばこれほど現実に即した作りになっている理由になる。
「もしそうであれば、この先で待つのはその元凶、ということですか」
大通りの先を見つめる俺たち。
その先には、全てを飲み込む闇だけが広がっていた。
そのとき──
「これは……泣き声?」
ウサギ耳を立たせたルチアが、辺りを見回す。
釣られて耳を澄ませば、たしかにそれらしい音が、腐臭混じりの風に乗って届く。
少しのあいだそうして立ち止まっていると、ルチアがバッと横を向いた。
「こっちだ!」
そう言うやいなや、一人で足早に細い路地に入ってしまう。
おいおい、いつも俺たちを気づかってくれるルチアらしくないな。どうした?
……今の本当にルチアだよな?
「なっ、ルクレツィア! 待ちなさい!」
あとを追うニケの静止の言葉も聞かず、ルチアは速度を上げていく。
「子供が、子供の泣き声がするんだっ」
徐々に大きくなるその音は、たしかに子供の泣き声に聞こえる。
それにしても、なんだかやたらと頭の中に響く……。
路地を抜けた先は、いくぶん開けた場所だった。
屋台らしきものの残骸が転がっていることから、市場などが開かれていた場所なのだろう。
その奥、大きな枯れ木の根本にそれはいた。
しゃがみ込み、丸めた背をこちらに向ける子供だ。
お母さん、お母さん、とすすり泣いている。
「なぜこんなところに……待っていろ、今」
「ルクレツィア!」
駆け寄ろうとするルチアの肩を、ニケが掴んで引き止めた。
しかしルチアは、それを振りほどこうとする。
「離せニケ殿! あの子を保護せねば!」
「やはりこれは……すみませんマスター」
急いでニケが俺を
「落ち着きなさいルクレツィア。貴女は正気を失わされているだけですっ」
「なにを馬鹿な! 子供が泣いているんだぞ!」
攻撃こそしないが、暴れるルチアはニケの言葉に耳を貸さない。
「くっ、まさかルクレツィアをこれほど簡単に陥れる強力な術を……っ! マスターは!? 大丈夫ですか!?」
「俺は普通だぞ」
「良かった……抵抗できていたのですね」
ふむ、ルチアは精神攻撃を食らっていたのか?
ニケはそういった攻撃を防ぐスキル〈神鋼の意思〉があるので、効いていなくても不思議ではない。
でも……本当にそうなのだろうか。
揉み合っている二人を横目に、俺はマジックバッグからある物を取り出した。
五百ミリリットルのペットボトルくらいの大きさの、持ち手がついた筒状の物──手持ち魔導砲である。
もちろん昔事故った物ではなく、アダマントで作った新作だ。
「マスター、いつの間にそんなものを……」
ガチャコンと弾を込め、狙いをつける。
その砲口が向いた先は──
「え……」
「マスター!?」
──驚きに目を見開く、ルチアとニケの二人だ。
その顔は、俺の知る二人そのものに見える。
だが……。
「なあ……本当にルチアが精神攻撃でこうなったのか? それで簡単に俺を置いていこうとするのか? 俺は普通なのに? それに、ニケは俺を放り投げたし……お前たちは、本当にルチアとニケなのか?」
たしかに精神攻撃なのかもしれない。しかし、そうではない可能性がある。
気づかぬうちに偽物と入れ替わっていたり、幻などで化かされている可能性も否定できないのではないか。
そして精神攻撃を食らっているのだと、俺をだまそうと……ああ、そうに違いない。
俺をだませると思ったら大間違いだ!
「そんな……主殿が私を疑うなんて……」
ルチアっぽい者が、悲しげにつぶやく。
その瞳はすっかり潤んでしまっている。
「うっ、すまん……いやっ、だまされんぞ! ルチアがそう簡単に泣くはずがない!」
「術の影響下にあるだけですよ。ハァ……マスターもしっかりかけられていましたか。しかもあらぬ方向に」
「なに!? 俺を疑う気か! やっぱりお前は偽物だな?」
「疑っているのは貴方でしょう」
俺のクールなニケがこんなことを言うはず……言うかもしれない。
ぐう、どうすれば……ていうか、うるせぇんだよ。
魔導砲の向ける対象を変え引き金を引く。
ドバンと放たれる、魔力の塊。
そして泣いていた女の子はバラバラになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます