5-17 これはいいものだった



 まだなんのスキル習得スクロールかはわからない。

 スクロールが見えた瞬間、今度こそと動こうとしたのだが……この状況である。土魔術のと似てるから、魔術じゃないかとは思うんだけど。


 俺がニケに捕まって動けない中、手四つで組み合っているシータが、ルチアに覆い被さられるようにして膝をつく。

 そのままルチアに、「とうっ」と軽く投げ転がされてしまった。


 よくない、それはよくない。

 そこから逆転してルチアが膝をついて、さらにそこから逆転して……というのがプロレスのお約束だろうに。

 しかし悪玉ヒールルチアは観客オレのブーイングを無視してふてぶてしく歩き、スクロールを奪ってしまった……。


「これは……回復魔術だ!」


 スクロールを広げたルチアの上げた声に、ニケも驚いている。


「それは珍しいですね。回復魔術は、氷や雷といった上位の魔術よりも出ることが少ないようですから」


 ほほう、それはラッキーだったな。

 さすがこんな深い階層だけあるということか。


 うーん、攻撃魔術ではないが……二人のピンチに駆けつけ傷を癒やす……もう大丈夫、俺がついてる……ふむ、そういうのも悪くないか。

 というか俺は攻撃関連のステータスが低いし、回復役の方が向いているかもしれない。これなら二人も認めてくれるだろう。


「よし、では渡したまえ。ルクレツィアくん」

「やはりこれはニケ殿が使うべきだろうか」

「なんで!? 普通に考えれば」

「ルクレツィアがいいでしょう」

「イジメよくない! 欲しい、欲しいーーー!」


 暴れたらニケが離してくれたので、そのまま水の張った地面でゴロゴロバチャバチャ駄々をこねる。

 でもほほ笑ましげに見られるだけで効果がない。


「二人のバカー! バカショター!」

「もう、これこそ駄目に決まっているでしょう」

「なんでや!」

「回復魔術を使う者は狙われるからです。おそらくマスターが考えているよりずっと」

「そうだぞ。たとえ知性の低い魔物でも、目の色を変えて狙ってくるからな。だからパーティーなどを組んで、本格的に戦闘をする回復魔術師はほとんどいないのだ」


 たしかに回復役がいるなら、そこから潰そうとするのは道理だろうけど。


「そこまで狙われるのか? 俺はてっきり街の中で十分稼げるから戦闘しないのかと思ってたけど」

「それもあるでしょうが、ルクレツィアが言った理由のほうがよほど大きいですね」


 戦闘の合間に回復するだけでも助かるだろうが、それならポーションでなんとかなることも多いか。


「ですから回復魔術師が狙われないように、剣聖のパーティーにも二人盾役がいたのです。攻撃面では剣聖と魔術師で十分でしたから」

「あー、そういえばあのパーティーに回復魔術師いたっけな」

「わかってくれたか主殿。土魔術も同様だ。主殿の体はまだ幼い。ステータスに表れているより脆いだろう。心配だから敵を引きつけて欲しくないのだ」


 体を起こした俺の頭を撫でるルチアと、神妙な顔でうなずくニケ。


「そうだったか、俺のために…………って、だまされるかぁ!」


 その二人に、手でバシャーンと水をかけてやった。

 キャアと二人から悲鳴が上がる。


「なにをするのだ、主殿」

「だってそれ、ウソ……じゃないけど理由の全部じゃないじゃん」


 本当に俺のためなのであれば、初めから説明してくれればよかったのだ。

 そして使いすぎないように注意した上で、魔術を覚えさせてくれればいいのだ。


「貴方は注意してもどうせ守らないでしょう」

「そんなことないよ! 弱いんだから、意味なく狙われたくないし」


 ……なんでそんな不信の目で見てくるん?


「マスターはそのとき思いついたことをやらずにはいられない人ですからね……」

「わかってくれ。意味の有る無しではなく、主殿が狙われることはどうしても避けたいのだ」


 すごくもっともらしいことを言っているが……。


「それは本当に、俺の安全のためにだけか?」


 ギクリといった様子で、二人の体が固まる。


「別にいいんだけどさ、二人が水晶ダンジョン攻略に一生懸命なのは」


 以前から攻略熱は高かったが、ここにきて二人の熱が加速度的に上がっているように俺は感じている。


 その熱のせいだ。

 今ゆっくりではあるがちゃんと進めているから、二人はリズムが乱れるのを恐れているのだ。俺がリズムをかき乱すのを防ぎたいのだ。

 そしてそれは、地上に戻らずに突き進む理由でもあると思う。


 潜り始めてから一月以上。俺としてはもう戻りたい。

 真実を知って改心したセレーラさんが、首を長くして待っているはずなのだ。


 それにもちろん二人にも、戦い続けてる疲れがあるだろう。

 だから一度帰ってゆっくり休もうと言っているのだが、二人は決して首を縦に振らない。


 新階層を攻略した現状、戻れば絶対にいろいろ面倒なことになって足止めされるというのが二人の言い分だ。

 他にも理由はあるんだろうけど。


 たとえば、もし今セレーラさんが俺たちに加入したら攻略はどうなってしまうのか、とか。

 一度帰って休んだら、俺がもう攻略をほっぽりだすんじゃないか、とか。

 実際そのあたりは、そのときになってみないとどう転ぶか俺にもわからない。


 それはともかくとして、二人は攻略したくてたまらない病なのだ。

 どこかで詰まらないかぎり、現状を大きく変える気はないのだろう。


「ノッてるときに水を差されたくないという気持ちはわかるし、二人が最善と思うならそれでいい。ここまで来たんだから、できれば俺だって攻略したいし。でも、だからこそナイショにしないで、ちゃんと話して欲しいんだ」


 二人には今一度、報告・連絡・相談の大切さを教え込まなければ。

 たとえそのときは傷ついたとしても、誤解を恐れず、隠し事をせず、思いの丈をはっきりとぶつけるべきなのだ。


「わかりました、では話します。今の状況でヘタに使われては邪魔なので、魔術は覚えさせません」

「わーーーー、邪魔って言った! めっちゃはっきり言った!」


 思いの丈を火の玉ストレートでぶつけられて傷ついた俺が浅瀬でバタフライしていたら、ニケにヒョイッとされた。

 そして二人に挟まれ、撫で撫でされる。


「ふふっ、すみません」

「だが、なによりも主殿のためだというのは信じてくれ」


 そうなのかねえ。大切にされてるのはわかってるし、二人の撫で方でも感じるけど。


「ハァ、もう好きにしてくれい。俺は残り物調べてるから、回復魔術どっちが使うか決めといて」


 うなずくニケから降りて、遺宝瘤へ向かうことにした。

 うう、俺の魔術ぅ。


 ……まあ今回多少なりとも吐き出したことで、二人が落ち着いてくれればいいんだけど。

 焦りにも似た攻略意欲が、少し危険に感じる。


 水晶ダンジョンの攻略が二人の望みであるなら叶えてやりたいが、なんでそこまでムキになるのかがわからない……聞いてもはぐらかされるし。

 やっぱり二人には、ほう・れん・そうが足りてないな。

 ポパイ並にほうれんそう好きな俺を見習って欲しいものである。


 そう思いながら遺宝瘤の中身をゴソゴソやっていたら──


「あれ? まさか、これ…………」

「どうしました?」

「いい物でもあったのか?」


 俺は聞いてくる二人に、


「いや、高そうな宝石があっただけ」


 見られないようにして、そのお宝をマジックバッグに入れた。


 二人にはナイショにしとこーっと。


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