5-18 ケモっぷりが上がった



 結局、回復魔術はルチアが覚えることになった。

 いざというときニケが敵のターゲットになるために覚えるという手もあったが、それよりはルチアをガッチガチのガチ盾にしようという結論である。

 とにかく敵を引きつけて、傷ついても自らで回復するのだ。


 ルチアは譲られて恐縮していたがニケに、


「これで実質、聖騎士と同じになりますね」


 と言われて、顔が隠しきれないほど緩んでいた。


 聖騎士は回復が使える超希少な盾職であり、盾職にとって憧れの的なのである。

 ルチアは他にいないかもしれない獣騎士だし土魔術とかも使えるから、もっとすごいと思うけど。


 それにしても……気づいていたが、ルチアもニケ同様にM気質が強いのだろう。敵にがっちり狙われるようになることを喜ぶとか。


 そして俺を差し置き、ついにルチアがスクロールを使う。

 魔力を流し込むと、書かれていた文字がゆっくりとスクロールから浮かび上がり、空中に溶けて消えていく。

 全ての文字が消え去り、スクロールがまっさらな羊皮紙になったところで習得完了だ。


 そしてその日、ルチアのキツネ尾が一本増えた。


「……………………なぜだ!?」


 知らん。






 そんなこんなで攻略は進み、九十階層。

 ボスはメタリィアークという、水銀のような液体金属の魔物だった。

 というか、でかいメタルなスライム?


 人型になったり巨大な手になったり動物っぽくなったりと、変幻自在に形を変える掴みどころのない魔物だ。

 物理も魔術も強力な上、こちらの攻撃も効きづらい。

 剣で切断などしても、たちまちのうちに元通りになるし。なのでニケは終始格闘で戦っていた。


 しかし打撃もそこまで有効とは言えなかった。

 叩いて飛び散らせれば、分離した小さな雫は動きを止めるのだが……本体がそれに接触すると、くっついて元に戻ってしまうのだ。


 それに普通のスライムなどもそうだが、こいつは魔石を核として動く魔物ではないようで、どこにも見当たらない。

 だから魔石を壊して一撃必殺、というのも無理だ。


 一応、特に魔法などで攻撃すると少し体積は減るようだが、とてもやってられない。

 そこで、小分けに分離して保管することにした。


 外から押せば小さな扉が開く仕掛けの、中身が空っぽのアダマント製のボールを大量に投げつけたのだ。

 ボールは俺が即興で作ったのだが、観戦しながらタルト・タタンを作っていて、ちょうど焼き上がるまで手が空いていたので暇つぶしになってよかった。


 こちらのリンゴはあまり甘くなくて酸味が強いのだが、そのおかげでくどすぎず爽やかにタルト・タタンは仕上がった。

 いくらでもいけると二人にも好評だったし、また作ってみてもいいだろう。


 本当は洋菓子であればチョコレートケーキ系を作りたいのだが、チョコが見つからないのだ。

 近いものはあるのだが、あのネットリとした舌触りにはほど遠い。どうにかならないものか。


 こちらの世界では砂糖が貴重なので、甘味はフルーツのタルトなどの、果物を使ったものが一般的だ。

 でもまだ俺の知らない甘味もあるだろうし、帰ったらセレーラさんに聞いてみることにしよう。




 そして俺たちは今、九十二階層にいた。


 あれ? えっと……そうそう、メタリィアークにボールをたくさん投げたのだ。


 効果はてきめん。

 ボールに食い千切られ、見る見るうちにメタリィアークは小さくなっていった。

 最後にはバレーボールくらいの大きさに。


 それをペチペチしてたら、気づかないうちに次の階層へのゲートが出ていた。

 最後まで掴みどころのない魔物だった。


 素材は小分けにしたので俺たちの強化にはあまり役に立たないかと思っていたが、くっつけたらいけた。DEXが相当上がった。




 そして俺たちは今、九十二階層にいた。


 まばらに草の生える荒野に、衝突音が響き渡る。

 敵は空こそ飛べないものの、強靭な肉体を持つランドドラゴン。

 多くの傷を負ってはいるが、その膂力りょりょくはいまだ健在だ。


 しかし巨木をも優に薙ぎ倒すその太い前足は、二尾のルチアが盾で受け止めている。


「フリップシャフト!」


 そして受け止めた右の前足を、続けざまに右手に持った槍ですくい上げる。

 このアーツは対象を弾き飛ばすような効果があるらしく、バッシュと使用感が似ているようだ。槍を持つとき、ルチアはよく使っている。


 右前足を跳ね上げられ、右上体を浮かせたランドドラゴンに向け、ルチアが大きく一歩踏み込んだ。

 ねじっていた上半身を解放しながら、赤く光る血潮を持つ盾を突き出す!


「バッシュ!」


 響かせる先程より大きな衝突音。

 本物バッシュで側頭部が平らに陥没したランドドラゴンは、地面に沈んだ。

 絶命したことを確認したルチアは、すぐさま顔を横に向ける。


 その先ではランドドラゴンが、低く跳ねてニケに飛びかかっていた。

 巨体にそぐわぬ俊敏な動きではあったが、素早さではニケの方が上だ。


瞬歩しゅんぽ


 剣術の移動用アーツの力まで加え、ロケットスタートの踏み込みで地面を巻き上げる。

 その向かう先は、あえての前方。


 低く低く。ランドドラゴンの腹を、なびく銀髪で撫でながら潜り抜ける。


蟷螂カマキリ


 派生技を繋げば、前足よりは細くて短い左の後ろ足が宙を舞った。

 瞬歩は蟷螂と啄木鳥キツツキという、斬撃と刺突の二択が派生できるのだ。


 一体のトドメを任されていたルチアもニケに合流したし、あちらはもう大丈夫だ。

 俺はこっちに集中しなければ。


 ラボの中にいる俺が視線を向けたのは、ニケとルチアから少し離れた、混戦が繰り広げられている場所。

 こちらの敵も筋骨隆々、オークキング……の集団。

 群れを成して襲ってくる王様ってどういうこと。人で想像すると笑える。


 迎え撃つはシータ、そして──シータに雰囲気が似たモノたち。


 その装甲はシータ同様の和服モチーフだが、幾分か厚さがある。

 そして袖なしミニスカ和服のシータとは違い、普通の和服型だ。


 シータは黒を基調とし、銀のパーツや金の装飾、それと魔血留路でシックに決まっているが、こちらはそれらが派手に配置されている。

 さらに鮮やかなオレンジ色のパーツも多く追加され、その姿は戦場に咲き誇る花のよう。

 おまけに身長も高く、その手にはきらびやかな旗のついた大きな槍を持つ。


 簡単に言えば、派手派手重装甲版シータ。

 それが三体。


 〈人形繰り〉がスキルレベル四になった俺が操る、カラーガード隊である。

 名前はマーチングバンドとかで、旗を持ってパフォーマンスしたりするパートから拝借した。


 カラーガードがこれほど派手で重装甲なのには理由がある。

 ぶっちゃけ無理だからだ。俺がちゃんと操るのが。


 〈憑依眼〉は一つだけしか使えないからシータ用であり、カラーガードはシータと俺の目視もくしで動かさなければならない。とてもじゃないが細かい動きはできない。

 本来はシータと自分を動かすだけで精一杯なのだ。慣れればもっと動けるようになるのかもしれないが。


 とにかく今は無理なので、カラーガード隊は重装甲にして補助の盾役に徹することにした。

 派手な外観で、対多数時にザコ敵を引きつける役目を担ってもらうのだ。

 ということで今もオークキングと、殴ったり殴られたりしているのである。


 それにしても……なんなんだここは。

 敵の数も質も異常だ。

 オークキングクラスがザコとしてわらわら出てくるし、各種下位ドラゴンとかそれと同じくらいヤバイのが至るところに徘徊している。


 これまでは慣らし階層があったが、それどころじゃない。

 今もそうなのだが、すぐに連戦になっちゃって全然進めないし。


 といっても今は、こいつらさえ倒せば周りには…………いたよ。

 遠くからゴールドグリフォンが空飛んでこっちに来てる。もうあかん。


「二人とも、急いでこいつら倒して撤退だ!」

「……了解した!」

「ですがっ」


 ルチアは飲み込んだが、ニケは反論しようと声を上げた。

 ゴールドグリフォンも倒して進みたいと言うのだろうが、当然却下。


「撤・退・だ!」

「……わかりました」


 MPを空にする勢いで二人は全開で戦い、一気にランドドラゴンとオークキングを仕留める。

 そうしてなんとかゴールドグリフォンが来る前に、ラボに避難することができた。


「ニケ、正座」

「……すみません」


 帰ってきたニケは、素直に従って正座した。

 自分の判断が危ういものだったことはわかっているのだろう。

 とてもレアな光景である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る