7-02 新しいスキルのお披露目だった



 以前、水晶さんだったころのリリスはこの召喚陣の召喚方法では、二つの世界の境界への損傷が大きいと話していた。

 その傷で世界が崩壊するとかそこまで深刻なものではないが、小さな問題がいくつか発生する可能性はあるようだ。


 そしてどうやら、もし傷が治りきらない内にまた召喚が行われるようなことがあれば、その場所が再度破られる確率が高いようなのだ。

 つまり俺が転校した学校のあの教室と、この世界が再び繋がるということである。

 そんな場所に千冬が通おうとしてたなんて、考えただけでゾッとしてしまう。


 もっとも、聖国がすぐにまた召喚を試みるようなことはないとは思う。

 召喚にはとてつもない量のMPが必要なので、質の良い魔石をかなり必要とする。簡単に都合できるものではない。

 しかも、俺たちを召喚した結果もかんばしくなかったわけだし。


 それでも万が一ということもある。なにか問題が起きる前に破壊した方がいいのは間違いない。

 なによりこれは、ニケのたっての願いなのだ。


『これがただの八つ当たりであることはわかっています。いまさらそんなことをしても、私の愚かさはなかったことにはなりません。それでも、ケジメはつけなければなりません』


 召喚陣を壊そうという話を出してきたとき、ニケはそう言っていた。

 たぶん俺がこっちに召喚されて苦労してたのを少しは知ってるから、そのあたりのことなんだろうけど……別にニケが気にするようなことじゃないのに。


 そういえば昔、聖国相手なら戦争してもいいみたいなこと言ってたのもそういうことなのかな。

 まあそれはともかくとして、ルチアやセラも賛同したし、俺もその方がいいと思ったので召喚陣を破壊することにしたのである。


 もちろん壊したところで新しく作り直されてしまえば元も子もない。リリスは転移術スキルを極めた者なら作れると言ってたし。

 でもそんな者はめったに現れはしないと思う。


 それに昔聖国にいるころに調べたが、召喚陣は聖国が立国される遥か以前から存在している。

 この部屋などは、リグリス教がここにあった国を乗っ取ったときに手に入れたままである。


 聖国は召喚陣を神が作ったなどと言っているが、実際にはその成り立ちを理解していないのだ。

 異世界召喚陣など他には存在していないようだし、ここで破壊すれば二度と異世界召喚が行われない可能性も高いだろう。


 とはいえこの召喚陣は幾重にも魔法的な防護が施され、傷ついたときには修復されるようにもなっている。

 それに今も部屋の扉の外には警備の者が立っているはずだ。なにかあればすぐに兵が飛んでくるだろう。

 そういうわけで、通常の方法で完全に破壊するのは容易なことではない。


 だが今の俺たちには、対物における最強カードがある。


 その持ち主であるニケが、召喚陣に向けて左手を突き出した。

 集中しているのか、大きく長く息を吸い、静かに吐き出す。


 そして──


王剣おうけんしょく


 ──召喚陣の中央部は、跡形もなく消え去った。


 陣全体の三分の一ほどの広い範囲が、さほど深くはないが床ごと綺麗に四角くくり抜かれたのだ。

 まるで初めから存在していなかったかのように。


 さすがにこうなってしまえば、召喚陣は完全に機能を停止したはずだ。

 それをセラも保証してくれた。


「うまくいったようですわね。わずかに流れていた魔力の流れも、断ち切られて霧散していきますわ」


 おそらく防御や修復用の魔法効果を維持するための魔力か。魔石でも使っていたに違いない。


 それら魔法効果ごとあっけなく召喚陣を破壊した〈王剣・拭〉は、ニケがリリスにもらったご褒美スキルである。

 その力は、指定空間内の存在を消失させるというものだ。


 ……と言うとチートすぎるように聞こえるが、残念ながら生物やそれが直接触れている装備品などには効かない。微生物まではどうかはわからないが。

 それとMP消費やクールタイムなどの代償も大きかったりと、やや使いづらい部分もある。

 それでも攻守において切り札となる力を秘めた、超絶的に優秀なスキルだと思う。


 ちなみにルチアの新スキルは〈王盾おうじゅんよう〉であり、名前は二人で相談して決めていた。

 両方とも王を冠するにふさわしい性能ではあるが、俺は勝手に名前決められたのにズルい。


 それにしても……。


「……かなり音が出ちゃったな」


 倍音多めで心地いい音だったが、部屋には大きな音が響いたのだ。

 今まで何度か試しに使ったときは、規模のせいか対象物のせいか断然小さな音だったんだけど。


 そしてその音は分厚い部屋の扉を越え、外まで伝わってしまった。

 警備が騒いでいる声が、小さく聞こえてくる。


「なっ、なんだ今の音は! 中から聞こえなかったか!?」

「ああ、報告してくる!」


 どうやら彼らは鍵を持っていないようで多少の猶予はあるが、突入してくるのも時間の問題だろう。


「すみません、マスター」

「いいって、こんなもんしょうがない。よくやったよ」

「ああ、そのとおりだニケ殿。しかしどうする? 騒ぎにはなってしまったが、予定通りに進めるか?」

「うーん……いや、予定変更。少しこちら側で暴れとこ」


 俺たちの聖国での目的はあと二つ。

 一つは、晴彦さんの娘である美紗緒の情報収集、あるいは拉致。


 もう一つは、とある高僧の殺害である。

 その高僧とは異世界召喚を主導した者であり、俺がこの世界に来ることになった元凶である。


 ──主席枢機卿ビチス。


 ケジメをつけるというのであれば、やはりヤツを生かしておくわけにはいかない。


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