1-04 ようやく話が動き出した
「ダンジョンですか、久しぶりですね。もちろん構いませんよ。この国の方々のためになるのですから」
我ながら実に胡散臭いが、こんなセリフを口にするのもすっかり慣れた。
ニコリと微笑みかけてあげれば、騎士の中でも上から数えた方が早いお偉いさんが安堵の息を漏らした。
「無理を言って申し訳ありません。剣聖様がどうしても、とおっしゃいまして……」
「そうですか。ダンジョン攻略は大変ですからね。僕なんかで力になれるなら喜んで」
もちろん力になるのは〈
攻略パーティーの後ろで護衛に囲まれつつ進み、戦闘中は護衛とラボに籠り、ポーションを作る。夜は攻略パーティーに安全な寝床を提供して共に寝る。
これっぽっちも血沸かない肉踊らないダンジョン攻略である。
目的があったので、もともと一回目は自分から言い出したんだけどね。
ダンジョン攻略を依頼されていた地球人パーティーに俺も連れていってくれるよう頼んだら、むしろお願いされた。ラボのことは広まっていたから。
聖国側には猛反対されたが、俺を気に入ってくれている偉い人に頼み込み、なんとか押し切った。
その後は二回ダンジョンに行く機会があったが、どちらも相手から頼まれてのことだ。
とてもありがたがられたものの、口を揃えて『お前も戦えればもっとよかったのに』と言うのはヤメロ!
「今回の場所はどこなんでしょうか」
「それが、今回は幾分遠方になりまして……」
遠方か……。
聖国は嫌がっただろうが、剣聖が強権を発動して俺を引っ張り出したのだろう。
「西方にある国、ユージルとの国境い近くのダンジョンになるのですが──」
話を終えた騎士が部屋を出てから、俺は心臓を押さえた。まだバクバクいっている。
場所を聞いてから後の話は、全く聞いてなかった。
召喚されてから一年半。
俺はこの国で確固たる地位を手に入れた。
お偉いさんには、死んだら聖人として認められるだろうと言われている。気が早すぎ。
人生を何回も遊んで暮らせる財産も手に入れたが、様々な素材買う以外には全然使ってない。色々作れたからいいんだけどね。
そんな俺の、今のステータスがこれだ。
レベル 16
種族 人間
職業 錬金術師
MP 1190/1190
STR 197
VIT 205
INT 260
MND 352
AGI 218
DEX 310
〈錬金術7〉〈
言わなくても魔物捕まえてきてくれるから、レベルはそこそこ上がってる。レベルアップ時の数値の上がり方はかなりムラがあるようだが、MPの伸びは異常。
それとこのスキル。
〈MP消費4〉
MPの消費量が軽減される。
レベル一つにつきMPの消費が、五パーセント減る。
これはダンジョン産の、大変貴重なスキル習得スクロールを半ば押しつけられて覚えた。ありがたかったけど。
他には増えてない……。
ずっとポーションとか作ってたということもあるが、どうやらこの世界思ったよりスキルは簡単に生えたりしないらしい。特に職業に関係ないスキルは、ほとんど生えないんだとさ。
錬金術はなんだかんだで七まで上がった。〈
世界で何人かしか作れる者がいないと言われている、『上位』のポーションも作れる。
ただ素材は買い漁ってあるが、そんなに作ってない。ほとんど失敗してることにして一月に三本くらい、「なんとか成功しましたー」とか言って暴利で売るくらい。
やっぱり作るべきは『中位』ポーションなのだ。
素材が手に入る分だけ毎日作り続けた。とにかく作りまくった。
その結果、とても楽しいことになった。
長ーく息を吐いて心を静める。
おおよそ上手くやれた。軌道修正することはあったが、大きく道は外れなかった。
そして四回目のダンジョン。
俺は『当たり』を引き当てた。
この世界には二種類のダンジョンがある。
一つはいつから存在するかも定かではないほど昔から存在しているのに、未だ最下層に到達していない水晶ダンジョン。
これは世界に五つあり、リグリス聖国にもあるのだが、今俺がいるダンジョンではない。でっかい水晶を触って攻略階層へと転移できるらしいので、俺の出番はないから行ったこともない。
そしてもう一つは自然発生するダンジョン。
マリスダンジョンだ。
水晶とマリスの違いはいくつかあるが、問題となるのはマリスが魔物を吐き出すスタンピードを起こすことだ。
だからマリスダンジョンが有効に利用できない場合、核となる存在を殺すなり壊すなりして破壊しなければならない。それがダンジョン攻略である。
攻略されたマリスダンジョンからは魔物が徐々に消え、最後は綺麗さっぱりなくなってしまう。
そんなマリスダンジョンを、現在剣聖パーティーの六人と、俺の護衛八人と共に進んでいる。
「ったく、誰かのせいで時間ばっかかかるぜ」
でっかいトカゲ型魔物を斬り捨てた剣聖くんが、ラボから出てきた俺を見て大声で愚痴る。
聖国から授与された神剣を振り、こっちに血を飛ばしてくる彼の本名は忘れた。『剣聖様』と呼ばないと機嫌悪くなるから。
「ホントにねー。水晶ダンジョンならあんなやついらないんだけど」
地球人ヒーラーの言葉で、「だよねー」とか言いながら剣聖パーティーが一人を除いて笑い合っている。残りの一人は興味なさそうにマジックバッグにトカゲを入れていた。
マジックバッグとは、簡単に言えばサイズの割にいっぱい入るバッグである。
生物は入れられず、普通のは入れた物の時間の流れは外と一緒で、時間が止まったりはしない。
それにしても、俺に来るように要請したやつらが取るような態度じゃなくね? つうか何回同じこと言ってんだよ。
そうは思うものの、反論はできない。
俺、ダンジョンなのに騎士さんに、お殿様が乗るような
運ばれてるのはね、仕方ないの。剣聖パーティー速いんだもの。彼らが警戒しながら進んでるのに、小走りでないと追いつけないのだ。
遅いと文句を言われたので、錬金術でちゃちゃっと駕籠を作って運んでもらうことにした。その方がまだ早い。疲れないし。
それにしても、剣聖くんが俺を連れてきた理由がよくわかった。
ラボシェルターも大きな理由だろうが、彼は自分のパーティーの前で俺をこき下ろしたくてたまらないのだ。
彼は強いイコール偉いという脳筋思考なので、常に上から目線で平然と他人を馬鹿にする。というか自分がレアで強い剣聖職だから脳筋思考になったんだろう。そうすれば自分が一番偉いと思い込めるから。
剣聖くんにしてみれば、俺は戦えもしない雑魚。
そんな俺が、なぜか聖国でのし上がってきたというのが腹立たしいのだろう。俺も彼も、こんな力ただの拾い物だろうに。
だから剣聖くんはこんなことまで言う。
「ここでお前だけ置いてったら、そっこー死ぬんだろうな……へへ」
「剣聖様、それは!」
ほーら、うちの護衛さんたちが怒ったり慌てたり。
というかわざわざ置いてかなくても、剣聖くんに斬られれば普通に死ぬんだけどね? なんでそんな回りくどい脅しを言うのかよくわからん。
「まあまあ、実際僕なんかじゃ剣聖様の足元にも及びませんし。冒険のお宿を提供するくらいしかできませんから」
とりあえずへりくだっておくと、剣聖くんはつまらなそうにツバを吐いた。
うーん、こんなところで揉めたくないんだが。
仕方ないから切り札を出すぜ!
「今日の夕飯はカレーにしようと思うんですが、いいですか?」
「カレーだと!?」
「ええ、頑張って錬金してみました。だいぶ再現できたと思いますよ」
剣聖パーティーから歓声が上がる。
さすがソウルフード。日本人はカレーには勝てない。あんまり手に入らないけど、米もあるのだ。
その日は早めに切り上げて、カレーをみんな腹一杯食べていた。護衛さんたちも。異世界人にも無敵だった。
そして夜も更けて寝る時間になる……前に、お楽しみタイム。
「今日も見ますか?」
「ぜ、是非」
護衛さんたちが全力で頷くので、俺はラボ内の壁の一部を可視化する。これは今まで秘密にしてきたのだが、壁も玄関ドアと同じようにマジックミラー的なことができるのだ。
壁の向こうは剣聖パーティーが占拠している部屋。そして、剣聖パーティーは剣聖以外女。つまりハーレムパーティーなのである。だからこそ回復魔術が使えるのに、街に留まらず戦闘についてくるヒーラー職が入ってたりする。
まあそれはともかく、ハーレムパーティーなのである。
「ふぉぉお、あんなことまで……」
「ミサオ様があのようにはしたない格好を……」
護衛さんたち大興奮の図。
仕方ないよね、人ん家で勝手におっぱじめるんだから。覗かれても仕方ないと思うんだ、うん。
俺も将来に向けて勉強させてもらう。
それにしても──
「──ちっちゃ」
ダンジョンボスは何事もなく無事に討伐された。蛇の魔物だったらしい。
あとは帰るだけである。魔物も減ってきているし、来たときよりは楽に外へ出られるだろう。来るときに作った地図もあるし。
そして実際、帰りは早かった。あと一日二日でダンジョンから出られる。
相変わらず剣聖くんは絡んでくるが、いましばらくの辛抱だ。
「今日は十層の層ボスがいた部屋で休みませんか? あそこなら魔物も出ませんし」
五階層とか十階層ごとにいる層ボスは、マリスダンジョンでは一度倒せばしばらくの期間復活しない。ダンジョンボスが倒された今では、復活することもない。
「あ? 別にその辺でいいだろうが」
「起きてすぐ戦闘はだるいって、剣聖様が行きに言ってたじゃないですか。あ、今日はカレーにしますよ」
ただちょっと噛みつきたかっただけの剣聖くんは、舌打ちして歩いていった。
一度目のカレーのあと、剣聖パーティーは毎日カレーをねだってくるようになったが、ルーが少ないので断ってきた。
でも今日はいいだろう。とびきり豪勢なやつを作ってやるよ。
しばらく彼らは、ろくなもの食えないだろうから。
その夜、護衛さんたちのお楽しみはなかった。
剣聖くんがさっさと寝たから。剣聖ハーレムも寝た。護衛さんたちも寝た。
起きているのは、俺一人。
ここからは俺だけのお楽しみタイム。
誰にも言わなかったラボの秘密は、まだあるんだよね。
この世界に来てすぐのころ、ラボの能力を検証した。
あのときおっさんや騎士たちが土足で部屋に入ったせいで、床が汚れてしまった。だが検証を終えたときには、床はピカピカになっていた。それは掃除したからというわけじゃない。
おっさんたちが歩き回って汚すのを見て、怒り任せに『汚れよ消えたまえ!』と願ったのだ。
すると、本当に綺麗になったのである。
おっさんたちは気づかなかったか気にしなかったか知らんが、何も言わなかった。
だから俺はそのことについて誰にも伝えず、こっそり検証したのだ。
始めはラボ内のものを消去できる機能かと思ったが、そこまでのものではないことがわかった。
それは『排出』。
ラボ内のものを外に出すことができる機能だった。
これは亜空間ゴミ箱とは違い、動物でも対象にできる。部屋に出たゴキブリやネズミを捕まえて試したが、問題なくできた。更には自分自身すらできたので、他人もできるはず。
なぜこの機能がスキルの説明に表記されないか定かではないが、他の機能に比べてあまりにも見劣りするせいかもしれない。ちょっとした隠し機能という位置付けだろうか。
今回はこの隠し機能に活躍してもらう。
ということで、早速始めますかー。
ラボよ、俺以外の人間
その瞬間──ラボにいるのは俺一人になった。
玄関ドアから外を見れば、剣聖も、剣聖ハーレムも、護衛たちも、全員が素っ裸で転がっている。
そして、誰も起きる気配がない。
ああ…………ダメだ。もう、いいよね。
「……く、くくくくっ、ウヒっ、ヒヒヒヒヒヒヒハヒヒヒヒヒヒヒヒシヒヒぃ!」
母さんに何度も注意された笑い方。だいぶ治してきたが、今日くらい許してもらってもいいよね。
ひとしきり笑ってすっきりしたら、怒りがあふれて止まらないっ!
「バーーカバーーカブヮーーーーーーーカ! 何が剣聖様だ痛すぎるわバーカ! なにが聖国だ人さらい国家が! なにが聖人だ! んなもんなりてぇわけねぇだろうがバーカ! 死んだら帰れる? 信じるわけねぇわボケーーーーー!」
…………生き返る。
やっと呼吸ができる。
まだまだ言い足りないが、今の俺に時間は宝石より貴重だ。
俺はこれから一人で、可能な限り急いでこのダンジョンを脱出しなければならないのだから。
とりあえず武器を……あ、神剣があるじゃないか。
マジックバッグには所有者登録が可能であり、基本的には本人しか物を出し入れすることはできない。しかし神剣はなぜかマジックバッグに入らないと、剣聖がぼやいていた。
なにせ神剣だ。器用貧乏の錬金術師が自作した武器より、遥かに強いに違いない。
そう思って剣聖パーティーの部屋から神剣を持ってきたが……思いのほか重い。ププッ……ダメだ、テンションがおかしい。
この神剣、確か剣に認められれば所有者に絶大な力をなんとかかんとか。もしかして認められてなければ重く感じるとかじゃなかろうな……。
試しに鞘から出して振ってみたけど、やっぱ重すぎじゃね? 剣なんてほとんど振ったことないが、こんなもんなのかな?
他の武器を探したが、やはりみんな自分のマジックバッグに入れているみたいで見つからなかった。
「まあ槍とかよりはマシか……仕方ない、これくらい我慢するか」
俺が使ってきた槍なんて、檻の外から突っつく用なので神剣より重くて長かったしな。
神剣は斬れ味が良さそうだし、それにきっとこれくらいの重さは必要なのだろう。魔物の硬い体を斬り裂くためには。
ということで神剣を腰にぶら下げる。
あとは各種ポーションと自作した魔物除け薬などを俺のマジックバッグに詰め、インクを手にして準備万端。
外に出てラボの扉を消した。
周りでは、剣聖たちがよく寝ている。
お手製睡眠薬を入れたカレーをあんだけ食ったら当然だろう。《状態異常耐性》とかのスキルがあると困るので、たっぷりと入れた。睡眠薬にちょっと臭いがあったからカレーにしたのだが、上手くいったな。
俺は腹痛と偽って食べなかったが、怪しまれることはなかった。日頃の行いの賜物だね。
持ってきたインクを指につけて、剣聖の腹に書いておく。
『↓神剣(笑)』
よし、行こう。
このダンジョンから……そしてこの国から脱出だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます