1-05 死ぬとこだった




 この世界に連れてこられてすぐ、俺はリグリス聖国での目的を決めた。


 一人でやっていけるだけの力を得ること。

 日本に帰る方法があるか探ること。

 できたらこの国に復讐すること。

 そして、最後にはもちろん国から逃げ出すこと。


 一人でやっていけるだけの力というのは、微妙に未達成だ。

 金と技術と知識は得たが、魔物あふれるこの世界ではいつ戦いになるかわからないというのに……錬金術師なんだもの。ろくに戦えませんから! どうせなら戦闘職がよかった……。


 次の目的の、日本に帰る方法。


 そんなものがあるのなら、それを聖国で探るのは当然だよね。だって召喚したのがあの国なんだから、召喚について一番詳しいはず。


 こっちで死んだら喚ばれた時間に戻れるなんて戯言たわごとは、全く信じていない。

 普通に考えて、俺たちがこっちで生きてる間だけあっちの時間が止まってるとかあり得なくない? そもそも誰が戻ったこと確認したんだよという話。

 召喚陣はリグリス神が作ったから大丈夫だ、なんて言われたが、そんな言葉だけで信じるほど頭お花畑じゃねえから。こっちは、頭のてっぺんからつま先までどっぷり浸かってるようなキミたち信者とは違うんだよ。


 他の地球人も信じてはいないだろう。

 逃げ出したやつらも多いし、残ってるやつらもどうしようもないから従って、帰れると信じようとしている……のだと思うんだが。剣聖あたりはかなり怪しい。


 そして聖国で探った結果として、日本には帰れないということがわかった。

 というか、死ぬという戯言以外の方法での帰り方は見つからなかった。

 調べるの大変だったのに……。


 こっちは誰でも入れる図書館なんかがあるわけではないのだ。信用されるまで従順に振る舞いつつイイ人演じて、役に立つところ見せて、書庫とかに入れるようになるまで頑張ったのよ。

 更に入るのが難しい禁書庫? 入っちゃダメと首を振る司書さんが頷くまで金貨を積み上げたら、なんと頷いてくれましたー。話のわかる司書さんでよかったヨ。


 そうやってコソコソ調べた結果、少なくとも帰った異世界人などいないことははっきりした。

 俺たちの前に召喚が成功したのは優に百年以上前で文献も多くなかったが、そういう記述は一つも見つからなかった。

 あまり期待はしてなかったけどね……。


 三つ目の目的の復讐は、結果が出るまで時間がかかるから上手くいったかどうかまだわからない。


 聖国の錬金事情を知り、〈研究所ラボ〉のレベルが三に上がってスキルの方向性がはっきりしたころに俺は決めた。

 あの国における中位ポーション作りを、完全に俺に依存させると。それが俺の復讐だった。


 そのために俺はひたすら作った。

 作り過ぎで供給過多となり、中位ポーションはどんどん安くなった。多いときには、聖国全体で作られていたポーションの四倍くらいを俺が作っていたのだからさもありなん。

 そして中位ポーション用の薬草はどんどん高くなった。採ってくれば売れるので乱獲され、森から数を減らしたせいだ。


 そんな状況で他の錬金術師はどうしたのか。

 国を捨てて逃げたのだ。


 俺があの国にいる限り、中位ポーションを作れる錬金術師でも食っていけない。だが中位を作れる錬金術師なら、他の国に行けば厚待遇で迎え入れられる。

 だから大概の錬金術師が逃げていった。

 聖国はそれを問題視せず、俺に好き放題に作らせた。俺がいれば十分だったから。景気がよくなって浮かれてたから。バブルは弾けるものなのよ?


 回復魔術を使える者もちょっとは減った。

 まず俺は、彼らが作ってきた『生命水』を自前で用意できるから彼らの稼ぎは減った。そして彼らが治療する金額より、中位ポーションの方が安くなったせいでも稼ぎが減った。だから少し逃げた。


 今の聖国は、回復関連がかなり寒いことになっている。俺がいたせいで。


 そして最後に、俺が国から逃げ出す。

 これで俺の復讐が完遂される。


 さて、どうなるかな? 錬金術師戻ってくるかな?

 稼げるようになれば戻ってくるだろうが、いつになるのかねぇ。薬草は大分ヤバいことになってる気がするし。栽培できないくらいデリケートな薬草が、今後元通りの植生を取り戻す日は来るのかね?


 リスクヘッジって言うんだっけ? リスクが生じる因子を分散させたりして対策するのって。お馬鹿な聖国はそれを怠った。

 そもそもこんなことができる人間を喚んでしまうことこそ馬鹿げてる。


 敵を撃てるなら味方も撃てる。国を救えるなら国を滅ぼせる。そんな危険物をわざわざ手もとに引き寄せるとか、どうかしてる。

 必ずしも味方になるとは限らないだろうに。


 それにしても──


「疲れた…………」


 剣聖たちを放り出してからひたすら走り続け、魔物がいたらラボに籠ってスルー。

 魔物避け薬は、あんまり効果がない気がする。あれは使用者を強く見せる効果があるはずなんだが……もともとの俺が弱過ぎなんですね今わかりました。


 そうやって四層抜けたが、ここはフィールド型ダンジョンなのに時間がわからんのがつらい。空に太陽っぽい光源はあるけど、沈まないのだ。あとは見渡す限り荒野で、林がちょこちょこあるだけ。


 うぐぅ……岩だらけの地面を走って足が痛い……この層抜けたら少し休憩しよう。


「剣聖たちはもう起きてるかなぁ」


 今日このダンジョンで逃げ出したのには理由がある。

 まず場所が最高だった。

 国境近くのダンジョンに行けたら逃げ出そうと思っていたが、できればいくつもの国がある西や南方面に行きたかった。このダンジョンは西の外れにあり、これ以上は望めないだろう。


 ダンジョンの中で逃げ出したのは、追っ手を出されるまでの時間稼ぎのためだ。

 剣聖たちは強いが、さすがに裸なら進むのに苦労するはずだ。そして俺でもこの程度の浅い層なら、魔物に見つかってもラボに逃げ込むくらいはできる。そのバランスだ。俺には地図もあるし、可能な限り時間を稼ぎたい。


 殺したいほど剣聖たちへの強い感情はないが、本当はそれができれば手っ取り早かった。全滅したことになれば、俺も探されないから。

 殺さなかったのは単純に、力量的に殺せる気がしなかったのだ。


 毒を仕込むことを一番に考えたが、ヒーラーいるしアイテムもある。瞬間即殺剤的な毒は作れなかったからやめた。

 寝てる間に攻撃しても、一撃で殺せる気がしない。起きてしまえば終わりなのでそれもやめた。魔物が出ない場所でやつらを放り出したのも、起こさないためだ。でも神剣で喉とか思い切り突けばれたのかもしれぬ……ちょっと後悔。


 道中であいつらが死んでくれればいいが、まず無理だろう。剣聖は剣がなければ攻撃面ではあまり役に立たないがステータス高いし、魔術使うやつらがいるのがなあ。

 飲食についても水魔術使えるやついたし、食える魔物多いし。魔術使い系はかなりの確率で殺せただろうから、殺っとくべきだったか……。

 剣聖が仲間置き去りにして魔物無視してダッシュしてきてたらどうしよう……。


 ああ、いかんいかん。疲れで思考がどんどんネガティブに。ほんとにここ抜けたら休もう……爆睡しちゃったらどうしよう……。


 あっ、あった! 次の層へのゲート!


 巨大な岩と林のあいだを抜けた先にある、黒いもや。あれに飛び込めば階層を移動できる。もうちょっとだけ頑張ろうと自分を奮い立たせる。

 魔物に気づかれないようそろりそろりと、刑務所の塀のような威圧感の大岩と、暗い林の合間を歩き──


 カラン。


 足元に転がってきたのは、大岩から落ちてきた小石。

 恐る恐る岩の上を見上げると……なにもいない。ビビらせんなよ。


 安心して息を吐き、前を向いた俺にできたのは……視界の端、林の中から飛び出してきた影に対してできたのは、体をひねることだけで──


「っ!? ぅぐあぁぁっ!」


 熱い! 背中が熱い!? 違う、痛い! やられた……なにに? ホラーパターンかよ、畜生!

 なんとか倒れこまずに距離を取れた自分を褒めたい。

 振り返りながら神剣を抜く。


「ワーウルフ……最悪だ」


 この階層で一番会いたくなかった相手。いわゆる狼男というやつだ。

 攻撃力と素早さが高い反面、防御力が弱い。

 俺の攻撃でも当たれば十分ダメージが通るだろう。当たれば、ね。まあまず無理だ。


 クソッ……油断してた、疲れてた。だから魔物も減ってきたし大丈夫だと自分に言い聞かせてしまった。林か岩を大きく回ってゲートへ向かうべきだった。


 ワーウルフの指先からポタポタと俺の血が垂れて、乾いた地面を潤している。

 背中は爪で裂かれたのだろう。凄く痛い。ポーション使いたい。それに欠陥品だが攻撃アイテムも一応作ってある。


 でも、斜め掛けしていたマジックバッグは、ワーウルフの足元に転がっている。背中をやられたときに紐が切れたみたいだ。

 そして次の層へのゲートは、ワーウルフの向こう側。


 取れる手は一つしかない。


「〈研究所ラボ〉」


 素早く手を伸ばし、俺の前に現れた玄関ドアのタッチパネルを押す。

 早く開け! 中の内ドアはシュパンと開くのに、なんでこっちは遅いんだっ。


 こっち来た始めのころに騎士と検証したからわかってる。俺の体が半分以上入っていれば、ラボの裏側からは俺を触れない!


 ドアでワーウルフが見えない恐怖の中、俺は素早く体を滑り込ませ──て────






 ──あ? 俺はなんで寝てる? 砂利が不味い、体痛い、腹が痛い、背中はもっと痛い! 背中…………ワーウルフ!


 幸運と言っていいのか……意識が飛んでたのは一瞬だったらしい。

 痛む体を無理矢理起こせば、ワーウルフはラボからも俺からも距離を取っている。突如現れたラボを警戒しているのだろう。


 間に合わなかった……ラボの裏側から殴り飛ばされたのか蹴り飛ばされたのか、とにかく腹が痛い。吐きそう。


 ……もう詰んでね?

 アイテムはない。ゲートはさらに遠くなった。

 頼みのラボはワーウルフの方が近いし、ドアが開いていて消せもしない。


 …………俺は間違えたのかねぇ?

 こっち来てから大体全部上手くいった。だから今回も大丈夫だと思ってた。

 時間稼ごうなんて欲をかかずに、ダンジョンの外で逃げればよかった?

 もっと時間をかけて強くなってから逃げればよかった?

 それとも……逃げようなんてしなければよかった? ……いや、それは無理だわ。だって聖国にいるの普通に飽きたし、あんなとこにいられるか。


「ふざ、けんな……」


 幸いにも、神剣はすぐそばにあった。

 ワーウルフはまだラボに気を取られている。

 ツバと共に砂利を吐き出し、神剣を杖代わりになんとか立ち上がる。


「ここまで我慢、して、きたんだ……やっとあの狭い世界か、ら、オサラバできんだ。お前なんかっ、に邪魔されてたまるかっ」


 クソ疲れてるし転がされたせいか体中痛い。背中には激痛が走る。でも無視。神剣を両手で持って高く掲げる。


 男は黙って大上段だ。黙らないけど。


「俺は、自由に、なるんだっ!」

『……っ』


 誰かが息を飲むような音が聞こえた気がした。幻聴ってほんとにあるのか。

 俺死ぬの? いやいや、死ぬのはアイツだ。

 ぶったぎってやんよ!


「かかってこんかいぇゃあ!」


 応えるようにワーウルフが俺を向く。深く腰を落として、いつでも飛びかかってこれそうだ。

 俺にできるのはもう、それに合わせて剣を振り下ろすだけだ。残った力を全て込めて……!


 ジリジリと詰まる間合い。

 あの足が止まれば、来る。


 全意識を集中させ、俺は──








『私を敵に向けなさい』


 ──ビクーンってなった。


 え? 私? 誰? 幻聴?

 キョロキョロしなかったのが奇跡。


『剣を向けなさい、早く! 死にたいのですか!』

「あっ、はい、ごめんなさい」


 怒られたので剣をワーウルフに向けてみた。

 今飛びかかってこられたら、それこそ死ぬんですけど。


『魔力を込めなさい!』


 魔力ってMP? それなら今まで錬金で腐るほどやってきた。

 MPを神剣に込める。どれくらいかわからないからありったけ。


 切っ先が光を放つ。いや、光を吸い込んでる? 表現できない。けど、困惑する俺を置いて、光は徐々に膨れ上がっていく。

 プラズマボールのようになった剣先の光球から、時折大地を舐めるように電気が漏れだしてるんですけど……感電しない? 大丈夫か!? 凄く心配!


『好きに叫びなさい!』


 無茶振り!?

 でも…………乗るしかない!


「ぶっぱなせ!」


 その瞬間、バスケットボール大だった光球が、爆発的に広がって視界を埋め尽くす!

 俺は網膜をやられた!


「目が! 目がぁぁあ! なにこれ破滅の呪文!?」

『……騒がしい人ですね』




 ややあって、視界を取り戻した俺が見たのは……ワーウルフの足首から下と、その向こう側の林を横断する焼け焦げた道だった。


「……これは貴女がやったのかな、神剣さんや」


 どうやらこの剣は、意思持つ武器インテリジェントウェポンってやつみたいだ。

 頭の中に響いてくる涼やかな声が女らしかったから、女性と判断することにした。


『貴方の魔力を私が使っただけのことです。それと神剣と呼ぶのはやめなさい。私はシュバルニケーンです』

「ふーん、そうなんだ」


 俺はノロノロ歩いて行き、マジックバッグを拾った。

 上位ポーションを飲んだら、痛いところがなくなった。凄いな上位ポーション。不味いけど。


「あ、他に敵は……」


 全く無警戒だった。もう頭回んない。


『周囲にはいません』

「わかるんだ」

『ええ、なぜなら──』

「あ、今はいいです」


 ラボに入って扉を閉めて消す。どうにかこうにか靴は脱ぎ、糸が切れたようにベッドに倒れこんだ。


「神剣さん、二時間くらいしたら起こして。それと、助けてくれてほんとありがと」


 おやすみぃ……。

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