1-03 美人だけど大きくなかった
「あの……いつもよりずいぶんと数が少ないように思うのですが」
俺が作った『中位』のポーションを受け取りに来た美人さんが、困惑した表情を浮かべている。
こちらもまけじと、全力の決まりの悪い表情を浮かべる。
「すみません。全然集中できなくて、いっぱい失敗しちゃいました……本当に申し訳ないです」
「それは構いませんが、何かお困りごとでも? お話しいただければ、可能な限り対応させていただきますよ」
チャンスとばかりに、美人さんはずいっと体を寄せてくる。その上目遣い……誘ってるんですねわかります。
ヨッシャいただきまーす! とは、当然ならない。甘く見るなよ。こんな見え透いたハニートラップに誰がかかるか。
召喚されて半年が経ち価値を認められた俺に、聖国は美魔女からロリまで色とりどりの女性をあてがってくる。
だが俺は、女性たちを鋼の意思で弾き返しているのだ。
……ごめん、本当はハニトラすごくかかりたい。蜜でドロドロになりたい。
でもね…………俺は病気が怖いんや!
こんな中世チックな世界で性病とか、地獄でしかないと思うの。今まで処女云々など気にしたことはなかったが、こうなってくると処女信仰に改宗したくなってくる。
俺? そんなのもちろん、安心安全清廉潔白いつもニコニコあなたのとなりに這い寄る童貞橘真一君です!
「あー……えっと、とても言いづらいのですが、他の勇者から聞いてしまいまして。中位のポーションの値段は、安くても金貨一枚は下らないって」
一瞬、美人さんの表情がひきつった。すぐに持ち直したのはさすがだが。
そう、中位ポーションは金貨一枚以上──日本円に換算して十万以上する。中位マジックポーションならもっと高い。
だというのに、俺が一本あたりの製作で受け取っている金額はどちらも銀貨十枚、大銀貨なら二枚──日本円で一万円である。
ちなみに、人族の国共通で使える聖銀貨というものがある。これはなんと一枚いっせんまんえん。
「それは、素材の金額が高いので……」
俺が報酬に不満を持っていることを理解した美人さんが、言い訳を始めた。
確かにこれまで、素材となる薬草は無料で渡されてきた。だがそんな言い訳は通用しない。
「それがですね、勇者の彼はハンターズギルドのクエストで、中位ポーション用の薬草とか採ってきてるらしいのです。で、詳しく聞いてみたら、どう考えてもポーション一本に必要な薬草の値段って、銀貨十五枚を越えないんですよね」
「……錬金術師ギルドに委託していますし、その兼ね合いで」
「それが、彼は錬金術師ギルドにポーションを買いに行ったとき、他の錬金術師が中位ポーションを売っているのを見たそうなんです。そうしたら、ギルドは一本銀貨七十八枚で買い取っていたそうなんですよ」
美人さんは沈黙した。
俺の場合、材料費は薬草だけだ。今や『中位生命水』と『中位魔力水』も自分で生み出せる。そして受け取った薬草の八割分ほどの中位ポーションを渡してきた。
それなのに一本で銀貨十枚。五十、六十もらえてしかるべきところをだ。
どんだけこいつら抜いてんだよという話である。
もちろんポーションの委託時の販売価格など、地球人勇者が偶然知っていたわけではない。
地球人の中で中堅層の彼が、ポーション高ぇとぼやいているのを聞いて買収したのだ。報酬は中位のポーション二種を五本ずつ。
彼はその日のうちに、俺が欲しかった情報を調べてきてくれた。
それも当然か。すぐに調べられるような情報で金貨十枚以上の報酬なのだから。
あいにくと、俺はすぐに調べられるような情報を得るのに苦労してるわけだが。
「ああ、すみません。そんなこと言われても困りますよね。お姉さんが決めてるわけじゃないでしょうし。いや別に、お金お金って言うわけじゃないんです。綺麗な部屋に住まわさせてもらって、美味しい食事をいただかせてもらって、皆さんにもとても感謝していますから」
綺麗な部屋と美味しい食事は事実である。中位ポーションを作れるようになって、俺の扱いは変わった。
別棟に移動し、食事は豪勢、聖国の人間は表面上笑顔で俺の応対をする。
だが俺に自由はない。
その理由は至極単純。
俺が新進気鋭のポーション作成マスィ〜ンだからだ。俺が利益になるからだ。
だから弱っちい俺に、万が一のことがないように過保護になっている。
それが、召喚されてから半年間での俺の成果だ。
「ただ、この暮らしに本当に感謝はしているんですが……なんというか、自分の仕事に報酬が見合っていないんじゃないか、などと考えるとモヤモヤしてしまって……なんて、ここで甘えさせてもらってる人間の言うことじゃないですよね。僕もそろそろ他の勇者さんたちを見習って、街で暮らすことを考えようかなぁ」
だからこんなことを言えば当然──
「お、お待ち下さい! 担当の者に必ず伝えます、説得いたしますから!」
こうなるのである。
美人さんが大慌てで帰ってから、結局やることもなくポーションを作ることにした。退屈だ……。
他の地球人は好き勝手街に出入りしているし、街で暮らしてるやつらもいるのに。もちろん監視役はついてるだろうけど。
そもそも無理があったのだ。
魔族は色々いるのでよくわからんが、亜人や獣人なんて、見た目耳が長いだけの人や、獣耳と尻尾がついてるだけの人だ。
それを殺したり捕らえに行けなどと言われて、普通の日本人が「行ってきまーす」なんて言うはずがない。
むしろ亜人獣人にハァハァするのが、HENTAI大国日本で育った者の義務だろう。
当然のことだが、強くなって地位も上げてきた勇者たちから猛烈な反発にあい、聖国が折れた(反対しなかった、日本人と呼べない地球人もいる。残念ながら)。
そこで地球人たちにはある程度自由を与え、魔物退治やダンジョン攻略をやらせているというのが現在の状況だ。
亜人や獣人を地球人が直接害さなかったとしても、この国に利益をもたらしていれば、巡り巡って害をなすことになるのだから聖国としてはそれでいいだろう。
それを考えてやっているのかは別として。
単に困ったから放任しているという可能性もある。この国かなり馬鹿に思えることがあるからなぁ……。
そして、そんな馬鹿な国に利益をもたらしている筆頭が──俺だ。
実はここ聖都で俺が来る前に売りに出されていた中位ポーションは、一日にたった十本前後だったそうだ。二十万人も人がいるにもかかわらず。
冒険者的な仕事に一日に千人が出れば、百人に一人しか中位ポーションを使うことができない。
なぜそんなに中位ポーションが少量しか生産されないのかというと、作り手が少ない上に作るのにめちゃくちゃMP食うからだ。
錬金術師は別にレアな職業というわけではない。
それでも作り手が少ないのは、スキルレベルを上げようと思えば金がかかるからである。ポーションしか売れる物がないことが原因だ。
従ってたいていの〈錬金術〉持ちは、全く錬金しないか下位ポーションで小遣い稼ぎ止まり。
まあ中位ポーションを安定して作れるようになるまで上げられれば、左団扇ではある。
しかし作成時のMP消費の基本が二百なので、失敗も考えると普通は一日に二、三本しか作れない。
錬金術師は弱いから、レベル上げしづらいのが悪い。
だから売られる本数が少なく、下位ポーションの二十倍も高い金貨一枚以上の値段になってしまうのだ。
うん? だったら下位ポーションいっぱい使えばよくね? と早まってはいけない。そうすることができない理由があるのだ。
・全ポーション共通のクールタイムがある。
・怪我を一度のポーション使用で治しきれない場合、稀に消せない傷跡が残ったり、障害が残ったりしてしまうことがある。
この二つが大きな理由だ。
だから戦士たちは御守り代わりに中位ポーションを懐に忍ばせ、下位ポーション飲みつつ慎重に戦っている。
さて、話は戻って俺の現状である。
俺は毎日、三十本近い中位のポーションを作っている。
三十本だ。
数で言うと少なく感じるが、これまで聖都全部で十本だったことを考えれば、どれだけ突き抜けているかわかるだろう。というか、この国全体で生産される中位のポーション数よりも多分多い。
もちろん、おおよそラボのおかげだ。
ラボのスキルレベルはこのあいだ四になった。
部屋数は四つ、そのうち隠し部屋は二つ。
MP消費軽減と時短効果は驚異の六分の一!
だが今渡しているポーションの数は、レベル三で四分の一だった時から変えていない。ほとんど金もらえてないのはわかってたし。
錬金術スキルは五になっている。
ただ、どんなスキルでもレベル六以上に上げるのは相当難しいらしい。異世界人補正があっても時間がかかることを覚悟しなくてはならない。
あと、俺自身のレベルも八になった。
騎士(兵士と呼ぶと嫌な顔される)さんたちが生け捕りにした魔物を、檻の外から槍で突っつく簡単なお仕事です。
MP増えればポーション作りが捗るので、お願いしたらすんなりオッケーされた。おかげでMPは六百ほどになっている。
おまけに、
〈MP回復4〉
MP回復速度が上がる。
というスキルも手に入れている。
これはレベル一つにつき、回復速度が五パーセント上がる。
レアなものではないが、俺のレベルとか考えればとてつもなく早く取れて育ってるらしい。異常に多いMP量のおかげだ。
これらによって、俺は聖国に大量の中位ポーションをもたらしている。
人口を考えれば、俺の稼ぎから抜いてた金額だけでも聖国としては結構でかいだろうが、利益は現金だけではない。
これまでは強さ的に上位の戦闘職の者たちでも、怪我を恐れて安全第一だった。
回復魔術は存在するが、使える者がもとより少なく、ほとんど戦闘に出るようなことはない。街から出なくても十二分に稼げるから。
しかし中位ポーションの供給量が増え、外で戦う者たちは挑戦できるようになった。そうなればダンジョンの攻略も進む。
街ではこれまで目にすることがなかった珍しい素材やダンジョン製品が少しずつ並び始め、金が動く。
俺は利益を出してきた。価値を示してきた。今までどこまでも聖国に従順に、言われるがままに行動してきた。
だから報酬の増加くらい認められるはずだ。
今の状況を作り出した俺には、まだまだ伸びる余地があるのだし。
完全に監禁されて無理矢理働かされるという可能性もなくはないが、仕事効率は下がるし俺が
今も半ば軟禁状態ではあるが、強く言えば外出はできる。がっつりと監視がつくし、半年で二回しか外に出たことないけど。
翌日の交渉の結果、俺が薬草を買い取ってポーションを作り、錬金術師ギルドに売った金額から銀貨十枚減らした額が貰えることになった。
売った満額でいいと向こうは言っていたが、自分から銀貨十枚は払うことにした。
あちらさんの歓心を少しでも買えるなら大した問題じゃない。金はいくらでも
並べてあったビンを一本手に取る。
澄んだ緑の液体がチャプンと揺れた。
これが俺の生命線。
そして、武器。
さあ、これから俺は全力でポーションを作る。
景気が良くなって嬉しいでしょ、お馬鹿さんたち?
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