1-02 スキルレベル上がった 




 異世界に来てから十日が経った。


 一日とか一年の長さは地球とほぼ同じ。大昔に召喚された地球人のおかげで、距離や質量はメートル法で表される。


 俺を召喚したリグリス聖国は、この世界の一大宗教リグリス教の総本山であり、唯一神リグリスを信奉している。


 奴隷制はあるが、この国は徹底的な人間至上主義であり、ステータスに表記される種族が『人間』であれば奴隷にしてはならないという教義を貫いている。

 おかげでこの国が俺たちを奴隷にすることはないようだ。


 人間以外の魔族、亜人、獣人は悪であり討ち滅ぼさねばならないが、亜人獣人は帰順すれば飼ってもいいというスタンスを聖国は取っている。要するに彼らを奴隷としているのだ。

 そして俺たちはそれら悪を打ち倒す勇者となるべく召喚された。

 他の地球人がそれを強制されたときどうするかは知らん。知らんが、結果は見えてる気がする。


 それと俺たちを召喚した召喚陣はリグリス神から授かったものであり、俺たちは死ねば日本に、召喚された時間に帰れると言っていた。


 知り得たことはそれくらい。


 それもしょうがないと思う。

 監視つきの汚い部屋に閉じ込められ、不味い飯を食いに食堂に行く。

 食堂で戦闘職の地球人(クラスメイトになるはずだったとか、もうどうでもいい)に馬鹿にされ、この国の人間に鼻で笑われ、部屋に戻ってたまに錬金する。


 それくらいしかさせてもらえていないのだ。

 奴隷にすることはなくても、これくらいはやってくるよね。


 もっとも生活も錬金も全て〈研究所ラボ〉の中でやってるから、部屋に関してはどうでもいい。玄関ドアを閉めると怒られるから開けっ放しだけど。

 ただ、ちゃんとしたベッドは欲しい、切実に。わらの上にきちゃないシーツをかけて、どうぞ寝てくださいというのは正直きつい。


 他の多くの地球人は飯も部屋も家具も立派なものがあてがわれているらしいが、俺と同じような扱いを受けているのも何人かいる。中年の元男性教師なんかもだ。


 彼らのステータスはよく知らないが、クラスで浮いてたり嫌われてたりしていたのかもしれない。

 俺も含めて、多分スケープゴートなのだろう。

『我々聖国は数名以外の皆さんを高く評価しています』という姿勢を見せて、他のやつらが優越感を持つように。そいつらが聖国になびくように。


 それにまんまと乗せられている地球人も少なからずいて、俺が被害を被っている。

 特に神剣を授与されたとかいう、職業が剣聖のヤツとか……。


 あ、もうじきMP完全回復しそう。




「それでは錬金を始めまーす」


 もちろんラボの中には誰もいない。

 こっち来てから独り言が増えた気がするが、舌がなまらなくていいだろう。


 ということで、下位ポーションをレッツ錬金!




 ……終わってしまった。


 薬草をすり鉢でゴリゴリすって、錬金壺にベチャッと入れる。『下位生命水』をトクトク注いでムムムンと錬金術を使うと、壺の模様がペカーッと赤く輝く。

 やることはそれだけなのだ。あとは待てば結果が出る。


 下位生命水というのは、回復魔術を使える者が、蒸留水に浄化と下位の回復魔術を込めた水だ。

 生命水そのものが湧き出るような泉もあるらしいが、ごく希にしか見つからないので回復魔術士が作るのが一般的だ。


 MPを補充できるマジックポーションを作るには、魔物などから獲れる魔石を錬金術で蒸留水に溶かした『魔力水』を使う。俺にはまだ、素材すら与えられていない。


 錬金術が簡単なのはいいよ。ダルいよりよっぽどいい。

 でも下位ポーション作るのに必要なMPが五十。

 MP二百ちょっとの俺が作れるのが、。一時間半で終わる。

 MPは通常一時間に一割しか回復しないので、暇すぎるんだよ!


 異世界人はスキル習熟にもアドバンテージがあるそうだから、さっさとスキルレベル上がってくれると…………おや? 上がってる。







「ふおぉおおっ!」


 俺の前にあるのは、背の低い大きな台。

 喜びのあまり、顔から飛び込んだ。


 バフッと受け止められ無傷……でもなかった。敷かれている高反発素材が薄かったので、ちょっと鼻が痛い。

 でもこれならじゅうぶんいける。


 これは……ベッドと呼んでいい!


 幸せすぎてゴロゴロしてたら、シングルベッドより少し狭いので落ちてまた鼻を打った。俺の日本人らしいお鼻がさらに低くなったらどうしてくれるのよ。


 で、なにもこのベッドは、外から運び入れたわけではない。聖国はこんなの俺にくれない。


 ではどうしたのかといえば……これだ!




研究所ラボ2〉


 研究所二部屋。部屋の間取りを変更可能。


 研究所内に、所持する生産スキルに関する設備を設置することができる。

 ただし、設備や設備によってもたらされる素材は持ち出すことができない。素材は加工後であれば持ち出し可能。


 研究所内で所持する生産スキルを使用時、支援を受けることができる。




 ふふっふー。

 ついにラボが本気を出したぜ。


 ベッドはラボの能力である設備設置によって作ったのだ、傷みやすい資材置き場が欲しいと願って。そしたらニュルッと出てきた。

 そんなふうに指定して願う必要があるかはわからないが、雰囲気は大切にしたい。


 ということで、どんどんいこうか。




「一気に充実したな。というか、狭……」


 錬金道具、ソファー、バスタブ、入れたものがどこかへと消える(動物は無理)亜空間ゴミ箱? それを応用したトイレなど。

 なんせそれらを全部一部屋に詰め込んだから。

 新しく増えた二部屋目は、使っていない。


 二部屋目には一部屋目を経由して行けるが、間取り変更で入口を完全にふさぐこともできた。

 なので誰にも知らせず、隠しておくことにしたのだ。

 そして間取り変更で部屋を仕切って小部屋を作ることも可能になったので、一部屋目内にトイレなどを設置したら狭くなってしまった。


 それでも今までを考えれば雲泥の差だ。またスキルレベルが上がれば部屋も増えそうだし。

 もはやラボなしでは生きていけない。もう外に出たくないでござる。地球で研究室にこもって家に帰らない人の気持ちがよーくわかる。


 さて、次は……やっぱバスタブがあったらシャワーが欲しいよね。


 そこでシャワー的な蛇口を設置してお湯を念じたら、適温のお湯も出た。

『設備によってもたらされる素材』というのはこういうことなのだろう。


 取りあえず鼻歌歌いながら、股間を一生懸命洗った。今まで濡れた布で拭うくらいしかしてないし。被ってないよ? ほんとだよ?


 そしておもに股間がさっぱりしたところで、ふと気づいた。


 俺が今まで作ってきた下位ポーション。

 その素材は『薬草』と『下位生命水』である。




 結果として、薬草を得るのは無理だった。

 どんだけ薬草出ろと念じても出てこなかった。


 ならば栽培してみようと思い立ち、簡単な野菜工場みたいな設備を作った。でも薬草はデリケートらしく、頼んで持ってきてもらった新芽はすぐ枯れた。

 そもそも薬草栽培の成功例はまだ存在しないらしく、森とかで摘んでくるしかないそうだ。今は素直に諦めることにした。


 そして下位生命水だが……普通に得られてしまった。下位マジックポーション製作に使う、下位魔力水すら。


 どちらも人が飲んでも害はないどころかメリットしかない。ラボに蛇口を二つ作り、それぞれ使いたい放題になった。

 今は多分無理だが、上のランクである『中位』水もいずれは使えるようになると踏んでいる。




 さしあたって設備に関してはこのくらいだろう。あまり物を増やしても生活スペースがなくなる。

 そんなわけで、最後の記述──


『研究所内で所持する生産スキルを使用時、支援を受けることができる』


──を検証することにした。


 その結果、なんと錬金術スキル使用時の消費MPと、完成までの時間が半減することがわかった。

 二倍作れるようになったよ、やったね!

 作成時間も半減なので、暇は潰せないけど……。


 スキルレベル上がったら、この支援も強力になるのだろうか……。

 まあそこはわからないが、とにかくとてつもない効果だ。

 

 しかし、支援はそれだけではなかった。


 実は俺、かなり錬金成功率が高い。

 最初期こそ右も左もわからなくて下位ポーション作りを失敗していたが、慣れてからは八割がた成功していた。

 理由は、作れるかどうかなんとなくわかるから、としか言いようがなかった。


 錬金術というのはそういうものだと思っていたが、そうじゃなかった。

 普通はなんとなくなんてわからないし、しかもなんの不備もなくても失敗する。駆け出しの錬金術師なら、下位ポーションが三割の確率で作れれば万々歳だそうな。


 その錬金成否に対する直感と成功率アップが、ラボがレベル二になってから確実に強まった。


 スキルレベル二になって『下位マジックポーション』も作り始めたが、下位ポーションより難度が上がったにもかかわらず成功率は十割である。


 〈研究所ラボ〉のほかの能力は聖国に伝えたが、この直感と成功率アップの支援は伝えていない。

 錬金を失敗したことにして、素材や完成品をちょろまかすためだ。

 ちょろまかした物の置き場所? ラボの二部屋目に決まってるじゃないですかー。




 さて、こうして〈研究所ラボ〉について考えてみると実に有用なことがわかる。有用すぎるくらいに。


 スキルレベル一のときから、シェルター利用以外にも片鱗は見えてはいた。MP消費量軽減の支援効果なんかも、うっすら発現していたし。

 それらがレベル二になって、はっきりと形になった。


 …………ああ、そうでなきゃ困る。そうでなきゃおかしい。


 俺だけだったのだ。

 地球人の中で、俺だけが職業の基本スキル以外に一つしかスキルを持っていなかった。


 他のやつらは、いくつもスキルを授かっている。

 魔術を何種類もとか、生産職なのに十分戦えるような戦闘スキルを持ってたりとか、逆に戦闘職が生産スキル持ってたりとか。

 なぜそうなるかは知らないが、異世界から来た者はスキルの面でも、現地人とは隔絶した能力を持つ。


 その点、俺のスキルは一つ。


 しかもポーション以外の製作は器用貧乏で、MP消費の多さを考えれば使い勝手の悪い錬金術師。

 おまけに仲間もいない。

 聖国が冷遇枠に入れたのは当然だろう。


 だが俺は信じていた。

 俺には〈研究所ラボ〉しかない。

 だからこそ信じていた。

 このスキルで一点突破できるのだと。


 ここからだ。


 俺の生活は向上した。

 聖国からの待遇も変わるだろう。そのためにスキルについて明かせる部分は明かしたのだ。


 俺はこの国で、必ず成り上がってみせる。


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