5-31 絶望した



 俺のご褒美が決まり日本に帰れるようにはなったが、少なくともルチアの復讐が済むまではこちらの世界での戦いは続く。

 それにたぶん……いや、今考えても仕方がない。全ては一度帰ってからだ。


 とにかく次は、ニケとルチアのご褒美だ。

 二人とも転移問題が俺だけで済めばどうするかという構想はあったようだ。昼食にサンドイッチ食べながら、比較的すんなりと決まった。

 ルチアのスキルには心配する部分もあったが、それを補助する能力もついていたので結局押し切られてしまった。


 これでもう地上に帰還するだけ……ではあるのだが、俺には思うところがあった。

 水晶さんのことだ。


 そこでまずは水晶さんをラボに招待してみた。興味があったようで、入ってみるとのこと。

 なぜか玄関ドア前で少し躊躇ちゅうちょした水晶さんだったが、ふわんと飛び込んだ。


『これが汝のラボという力か……我でも入れるようだな』

「どういうこと?」

『我はこの迷宮を管理する鍵ゆえ、外へ出ることは叶わぬ。汝の空間にいることに僅かなさわりは感じるが、どうやら迷宮内でもあると判断されているようだ』


 それじゃあと思って試しにラボの玄関ドアを閉めてみたら、水晶さんがフッと消えて外に出てしまっていた。

 そして不服そうに外できゅるきゅる回ってる。


『なにゆえ試みる前に言わぬ』

「マスターですからね……」


 ドアを閉めちゃダメということがわかったし、いいじゃない。


 しかし『外に出ることは叶わぬ』、か。

 それはただの言い回しという以上に本心がこもっているように聞こえた。

 それにこれまで話をしていたときも、言葉の節々から思いを感じることがあった。


 やっぱりそうだよな……こんなところにずっといてもつまんないよな。


 神様ならそういう感情は超越してそうだけど、本体との接続が切れてから精神が変化していると水晶さん本人が言っていた。そのあたりも影響しているのだろう。


 俺は外で微妙に人臭さを感じさせながら回っている水晶さんのことが嫌いじゃない。

 ご褒美決めは親身になって考えてくれたし、動きとか結構かわいいし、殴っても許してくれたし。


 だから俺は水晶さんに──ドアを開く。


「ねえ水晶さん……水晶さんはこの世界を自分の目で見て、自分の足で歩きたいとは思わない?」

『なにを……唐突になにを言っている?』


 開かれたドアに戸惑い、軸がブレた回転をする水晶さん。


 そして──突き刺さるニケのジト目。


「マスター……どこかで聞いたようなセリフですね」

「き、気のせいじゃないかな」

「そういうことか……主殿、穴を見てししを夢見るという言葉を知っているか」

「知らないけど、わかるので説明しなくていいです」


 柳の下のドジョウとか、株を守りてウサギを待つとかと同じようなこっちの格言だろう。


 ……違うのだ。

 これは……えっと……そう、まだ先ではあるが、水晶ダンジョンとともに水晶さんがひっそりと消えてしまうのは残念だと思っただけなのだ。

 それにそれに、ご褒美もらった恩を返さなきゃいけないし?


 つまり練成人にしてニケのように俺の女になってくれたらハッピーとか、そういうことではない。断じてない。

 だというのに、二人のジト目はとどまるところを知らない。


「お前は相手が何者かわかっているのか?」

「神をも恐れぬとは、まさにこのことですね」

「だから違うってば。だいたい婚約したばかりで、そんな節操のない考えを持つはずがないじゃないか。もちろんルチアとニケが反対であればやらない。二人は俺の大切な婚約者だからな」


 呆れていた二人の表情が、ぬへ〜っと崩れる。婚約者効果は絶大だ。


「なんだその、別に反対というわけではないぞ。むしろ私は悪くない案だと思う」

「そうですね。これの知識は有用でしょうし、本人が望むのであれば私も構いません」

『一体いかなることだ』


 二人のオッケーも出たので、ぎゅるんぎゅるん回り続けている水晶さんをリビングにつれ込み、俺たちのことを説明してあげることにした。

 途中で縦回転まで加わってしまったが、話し終わってしばらくして落ち着いてきた。


『純粋な驚きだ……汝らはいかにして生まれた種かと思索していたが、まさか己自身の力で生まれ変わっていたとはな。なれど、それは真に我すら可能なのか』

「うん、できる」


 さっき入ってもらったとき、ホムンクルスポディがないので代わりにカラーガードに水晶さんを宿らせるシミュレーションをしたらできたのだ。

 素材として使えるのであれば、練成人にすることだってできる。


 しかし懸念はある。


「とはいえ練成人になっても、ここから出られるとは限らないんだけど……」


 水晶さんは自分のことを、ここを管理する鍵と言っていた。

 水晶ダンジョンそのものというわけではないようだが、つながりがどの程度なのかがよくわからない。錬成人になって、そのつながりがどうなるのかもわからない。

 さすがにそれは、やる前から判断はできないのだ。


 水晶さんは煙を上げそうなほど高速回転している。

 たぶん出られない可能性も踏まえて、いろいろ考えているんだろう。


「今すぐ答えは出さなくても」

『しばし待て』


 そう遮って回り続けたが、やがてピタリと止まる。決意を表すように、中心の光が輝きを増した。


『頼もう』

「いよっしゃあ!」

「主殿のその喜びよう……」

「やはりそうなのですか」

「よくないなぁ、そういうのは。二人とも、そんなふうに人を疑ってかかっては──」

『なれど先に一つ言っておく』


 ウキウキしながら首をかしげた俺に、水晶さんが突きつけたのは──絶望。


『我は汝らと行動を共にする気はない』


 な……に…………。


「バカな! 俺のハーレム拡張計画が!」

「いっそ清々しいまでの自白だな主殿……」



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