7-24 閑話 敗者の旅路・謎の組織行き 1 〜予定は未定にして決定にあらず〜
たしかセレーラとかいう、一目見たときから妙に気に入らなかった橘の女。
あの橘のどこがいいのよ。前は顔は悪くなかったけど、今なんてただのガキじゃない。キモイ。ほんとキモイ。
大体なんなのその胸! エルフなんてほとんど見たことないけど、みんなぺったんこってイメージがあったのに……ムカつくわー。
林の中から歩み出てくるそのエルフに、ネイが新たに取り出したナイフを向けた。
「フェアリープランクか……盗み聞きとは、他者に関心の薄いエルフらしからぬ趣味の悪さだな」
〈フェアリープランク〉って、音に影響を与えることができる風魔術だったはず。
さっきあの女の周りから音が聞こえなかったのは、それを使っていたからなのだろう。でも、あそこまで遮音できるものなの?
「そんなつもりはありませんでしたのよ。用があって追いかけてきただけですの」
いけ好かない女エルフの口もとには笑みが浮かんでいるが、その目はまるで笑っていない。凍えるような流し目が、私を捉える。
「そうしたら面白い話をしているじゃありません? なので少しだけ聞いていたら仲間割れが始まってしまって……見ているしかありませんでしたの」
そんな前から!? それって神奉騎士を連れてきて橘たちを殺すって言ったのとか、全部聞かれてたってことじゃない!
ヤバ……とっ、とにかくネイの後ろに隠れとこ。
「……用というのは?」
私が這って移動するのを横目に、ネイが女に尋ねた。
「お貸しした書物を返してもらうのを忘れていたもので」
書物って……JonJomのこと?
ネイ、わざわざ振り返ってにらまないでよ。たしかにネコババしようと思って、気づいてたけど返さなかったのは私だけど。
「ケチくさ! っていうか雑誌なんかのことで、わざわざ追いかけてこないでよ!」
あ…………違う。
私の言葉に女がフッと笑ったのを見てわかった。
「ではその書物を返したら帰ってもらえるのかな?」
ネイも気づいているのか、投げかけた問いは空々しい。
そして返ってきた返事は、輪をかけて空々しかった。
「ええ、そのつもり……でしたわ。もうそういうわけにはいかなくなりましたけれど」
はっ、ウソばっかり。
雑誌のことはただの口実。盗み聞きしていたのはただの理由づけ。
この女は──もともと私たちを始末するためにきたのだ。
もしかしたら……最初から? 健吾を救うように橘に言ってたのも、健吾もまとめてあとで殺す気だったからなんじゃ……。
「できれば投降していただけませんかしら。あなた方がどちらに所属しているのかも気になりますし」
「それはできない相談だ」
首を振るネイを見て、女エルフはやれやれといった様子で、巻き髪を手で後ろに流した。
「では仕方ありませんわね。終わってから聞かせていただきますわ」
「ふっ、ずいぶんと自信があるようだが……状況が見えていないのではないのか、なっ!」
言い終わるや否や、ネイが左足を大きく踏みこんだ。
渾身の一投。プレイボールの掛け声もなく戦いが始まる。
横投げで放たれたナイフの速さはさっきの比ではなく、後ろから見ていても見失いかけた。
当然それは女を貫く──そう思ったのに、女が信じられない反応速度で横に跳んでかわす。
だがネイたちは、それを予測していた。騎士二人はネイがナイフを投げると同時に、前に飛び出している。
そしてさっきネイの左にいた騎士が、自分の前方に着地した女にそのまま突っこむ。
「魔術の使えない魔術師なんてのはねえっ」
そうか、あの女エルフは使っていたフェアリープランクを切ったばかり。いくらステータスが高かろうが、まだクールタイムは終わっていない。
なら今のうちに一気に……えっ?
その瞬間、背筋が凍りついたのは私だけではないはずだ。
突撃する騎士に向けて、女が杖を突き出していた──左手に持ち替えて。
「アイスブレット・スワロウ」
「なっ……」
虚を突かれた騎士に逃れる術はなかった。
こちらに向けられた騎士の背中から飛び出たのは、赤いシロップをまとった氷。
鋭く巨大な氷塊に胸を貫かれた騎士は、そのままこっちにまで飛んできて地面に串刺しに。
これじゃ回復を使う選択肢も出てこない。あの発動の速さでこの威力って、インチキすぎでしょ!?
「レフィト! ちぃっ!」
仲間の騎士の名前を叫んだネイだったが、駆け寄るどころか跳んで離れた。
助けようがないのはわかるけど、なんで離れて……って、騎士が音を立てて氷漬けになってく!?
しかもそれは騎士だけにとどまらず、地面を伝って広がってきて……ヤバっ!
「やだっ、ちょっと、なによこれぇ!」
逃げようと立ち上がったところで、右足が捕まってしまった。
幸いにもそこで氷の浸食は止まったが、ブーツの足首から下が硬い氷に捕らわれて動かない。
もがく私を見て、女エルフがムカつくほど優雅に笑う。
「あまり暴れないほうがよろしくてよ。ポキリと足が折れてしまいたくなければ」
「ひぃっ、ウソでしょ……」
「だまされるなリンコ。そのアイスブレットの派生は、深部まで凍らせるような魔術ではない」
「ホントでしょうね!」
女エルフに顔を向けたまま、ネイがうなずく。
スゴイ怖いけど信じるしかない。このまま動けないのはヤバすぎる。
氷に包まれたブーツをあきらめ、足を思い切って持ち上げる。なんとか脱げて自由の身になった。
ただ……それに擬音をつけるとすれば、スポッというよりベリッだった。
「ぎゃぁ、いだいぃ! あっ、足の皮がぁ! ネイのウソつき!」
冷たすぎて気づかなかったが、特に足裏とかが凍って張りついてたみたい……ベリベリに破けて、絶望的に痛い!
「言ったとおり表面だけだったろう、文句を言うな」
このっ、他人事だと思って! あとで死ぬほど文句言ってやるんだから!
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