7-23 閑話 敗者の旅路・聖国行き 2 〜予定は未定にして決定にあらず〜
他の騎士たちは、三人に為す術もなく殺された。
混乱していたのもあった。他にも仲間がいるかもしれないという疑心暗鬼もあった。
だけどそれよりも三人の強さが群を抜いていた。
回復なんて使う隙もなく、見ているしかできなかった。
ネイが強いのは知っていたけど、二人の騎士もやたらと強い……どう考えても一般騎士なんかじゃない。
今さら逃げることもできずへたりこんでいた私に、正面からネイ、左右から騎士が近づいてくる。
「なっ、なななんなのよぉ、アンタたち……」
私も……殺されるの?
カチカチと鳴りっぱなしで止められない歯を止めたいけど、自分の意思ではどうにもならない……。
そんな私を見下ろしていた、ネイの右にいる騎士がずいっと顔を近づけてくる。
「ひっ!」
縮こまる私を見て目を細め、騎士が顔を引いた。
「ネイ様、本当にこんな女を連れ帰るつもりですか?」
「仕方なかろう。手ぶらで帰ってはあの方に合わす顔がない。せめてこれくらいの収穫は得なければな」
答えたネイに、今度は左の騎士が笑いかける。
「ははは、今回の作戦は散々でしたからねえ」
「……言うな」
「ネイ様が断腸の思いであんな男に股を開いてまで近づいたのに、まさか簡単に殺されてしまうなんて」
「言うなと言ったゾ!?」
あんな男って……健吾のこと? 作戦ってなによ!?
わけがわからないけど、二人と親しい様子のネイはガックリと肩を落とした。
「私がどんな思いであいつのつまらない
「ネイ様の〈
侵触縛呪というのはスキルだろうか? ネイは聞いたことないスキルを持っているが、そんな名前じゃなかったはずだけど……。
「レフィト、もうやめておけ、ネイ様は落ち込みやすいんだから。それにしても、剣聖を殺した奴らは何者だったのでしょう。少年は例の、聖国で悪名高い勇者とのことですが……果たして若返りなど有りうるのでしょうか」
「さあな。真実がどうであれ、剣聖をも寄せつけぬあの力……できれば仲間に引きこみたいところだが」
「接触するのは危険すぎるかと」
右の騎士の言葉に黙ってうなずき、ネイが私に顔を向ける。
どうやら今すぐ殺されることはなさそうなので少し落ち着いてきて、頭が回ってきた。
要するに──
「──だからアタシでガマンしとこうってこと」
こいつらは健吾を引き抜きにきた、どこかの組織の工作員だったのだ。
しかし肝心の健吾が死んでしまったので、代わりに私を連れて行こうということか。
よくできましたと言わんばかりにネイが浮かべる笑みが、バカにされている感じがしてムカつく。
「話が早くて助かる。これはお前にとっても悪い話ではないはずだ」
「……なんでよ」
「先ほど私とマリンが言っただろう。もう聖国にお前の座る椅子などない。あったとしても、肩身の狭い思いをすることになるぞ」
「そんなの……認めない」
私の言葉に、レフィトと呼ばれていた騎士がくっくっと笑う。
「すごいですねえ。あれだけ威張り散らして好き放題やっているのに。アナタのせいで職を失った使用人や、
イヤミったらしくよく回る舌を引きちぎってやりたい。
なによそんなの。こっちは勝手に召喚された被害者なのよ。ちょっとくらい周りに当たってなにが悪いのよ。
それに私にはハロルドがいる。二、三度抱かせてあげた枢機卿も私の味方になるはずだ。
こいつがバカにした私の〈
戦闘なんて野蛮で汚いことはやらないが、それでもみんな私が欲しいはずだ。
だけどもしこいつらの言うとおりだったら……いや、そんなことはないはず……こいつらは大げさに言っているだけだ。
でも健吾が死んだ今、私の立場が以前より弱くなってしまうのは間違いがないだろう。
それにそもそも、私に選択権など与えられていないのだ。
「ふん、もういいわ。どうせ断れば殺されるんでしょ。さっさと連れてきなさいよ」
こんなとこで死ぬより、こいつらについて行ったほうがマシだ。
私がそう言うと、ネイは満足そうにうなずいて笑みを見せた。
「ふっ、そうツンツンするな。我らの本拠地は遠い。長い旅路だ、仲良くやろうではないか」
「こんなやり方しといて、なにが仲良くよ」
「我らとしても、これは望むところではなかったのだがな……」
周りに転がる女や騎士に一度目を向け、
「仕方がありませんよネイ様。これが最も円滑に、聖国から離れる方策です」
「ガレ枢機卿にはこれからも働いてもらわねばなりませんし」
健吾が死んで目的が果たせなくなったので、ネイたちは組織に戻るのだ。
しかし勝手に聖国から離脱したことが知られれば、後ろ盾になっていたガレという枢機卿の立場は悪くなるだろう。だから私たちは全滅したということにして、それを避けるということか。
「わかっている。だが我らが与えられた力は、本来は人を討つためのものではないということを忘れてはならない」
「与えられた力?」
言い方に引っかかった私に、ネイが向き直る。
「教えておいてやる。我らに協力すれば、お前は力を得ることができるだろう。我らと同じようにな」
つまりこいつらは、なにか特別な方法で強くなったってこと? やたら強かったのはそういうことなのか。
「いや、それどころか異世界から来たお前なら、我らより強い力を得ることができるやもしれん。本当なら剣聖でそれを立証するはずだったが……」
そのために健吾を連れてくつもりだったのね。
なんのためにそんなことをしようとしているのかわからない。協力って、ろくでもないことをやらされるのかもしれない。
だけど──
「──本当に強くなれるの。どれくらい……アイツらより、橘より強くなれるの」
「さあな。だがお前に覚悟があれば、不可能ではないかもしれんぞ」
覚悟……。
「…………いいわ、やってやろうじゃない。私の手でアイツら皆殺しにしてやるんだから」
別に健吾の仇討ちとかじゃない。
だけど、この胸のモヤモヤは……きっと自分の手で殺したほうがスッキリ晴れるに決まってる。
「人を討つための力ではないと言ったばかりなのだがな」
呆れたような顔で、私を起こそうとネイが手を差し出す。
私はそれを掴んで──コントみたいに急に離されて、また地面に尻もちをついた。
「なにして、ひぃっ」
悲鳴を上げてしまったのは、ネイが離した手を腰に回して、黒塗りのナイフを取り出したからだ。
やっぱり殺されるの!?
……と思ったが、そうではなかった。ネイが振るった腕の向かった先は、私の後ろ。
──それは、とても奇妙だった。
ネイはそこにいるなにかを感知したのだろう。投げられたナイフは、たしかに後方にある大木の脇をえぐった。
だが……訪れたのは静寂。
そこにいたなにかの反応がなかった、という比喩ではない。
実際に無音だったのだ。
響くはずの音が響かなかったのだ。
気づかないうちに、テレビのミュートボタンを押してしまっていたような感覚。それがリアルで起こるのは、スゴイ気持ち悪かった。
「ぬかったか……」
ネイのつぶやきに応じるように、無音のまま大木の後ろから何者かが姿を現す。
その手に握るのは、見たこともないような美しい杖。それを軽く振るうと、その一帯のミュートが解除された。
本来のざわめきを取り戻した木々が、その奥にわずかに光をこぼす。
「あらら、気づかれてしまいましたわね」
……きっと錯覚だ。
暗い林の中で浮かび上がる、たなびくブロンドの巻き髪──それが、死神の手招きに見えたのは。
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