7-22 閑話 敗者の旅路・聖国行き 1 〜予定は未定にして決定にあらず〜
ムカつく。
どこまでも続く陰気な森。
なんだかわからない動物の鳴き声。
ため息と苦痛の
道が悪いせいでできた靴擦れが痛い。
なにもかもがムカつく。
存在が意味わかんない獣人。なんで人間に動物の耳とか尻尾とかつけてんのよ。ぬいぐるみみたいなのがついてればまだ可愛げもあるが、やたらリアルでキモいし。
あんなキモいのに味方するクラスメイト。特に美紗緒。
そしてなによりも誰よりも、
ムカつくムカつくムカつく。
それをさらに煽るように、前を歩くパーティーメンバーである双子姉妹が立ち止まった。
「大丈夫、姉さん」
「うん……ごめん、ミレーヌ」
姉のマリンは、私を殴った白髪女のアーツで足をやられたのだ。肩を貸す妹のミレーヌが、足を止めて担ぎ直す。
そうやってこっちまで足を止めさせられるのが、たまらなくウザい。
「チッ……さっさと行きなさいよ、大したケガでもないくせに。いつもいつもアンタたちトロいわね」
A級パーティーから引き抜かれた二人は、どちらも盾職だ。
頑丈なのはいいがAGIが低く、敵の攻撃をなんでもかんでも盾で受け止めようとする。後ろのことを守ってるなどと言うが、アンタたちがトロいだけでしょ。ちょっとはかわしなさいよ。
そんな戦い方で傷ついてヘラヘラしている二人を、仕方なくいつも私が治療してやっているのだ。これくらい言う権利はある。
そんな普段通りの叱咤だが、振り返ったミレーヌの目つきは普段よりずいぶん反抗的だった。なによ、生意気なんだけど。
「そう思うんだったら姉さんに回復魔術使ってくれない、リンコ」
「使ったじゃない」
「だからもう一度」
「イヤよ、MPだいぶ減ってるし温存するの。私だってまだ肩痛いの我慢してるんだから」
ウソだけど。さっきまた自分に使った回復で、痛みはすっかり取れた。
「大体さぁ、アンタたちがちゃんと守ってれば、アタシが痛い思いしなくてすんだのよ? わかってんの?」
自分たちの無能さを、その痛みで思い知ればいいんだ。
「なっ、アナタはぁ……!」
「ミレーヌ、もういい。しょせんはこういう女だ」
マリンにたしなめられ、ミレーヌはフンッと前を向いた。
しかしマリンの言い草がムカつく。返す言葉がないだけのくせに。
それに恨むなら、上位ポーションの一つも支給しない聖国を恨みなさいよ。それとポーション不足にした橘のヤツを。
腹の虫が治まらず、行きよりもだいぶ数が減った騎士たちを見回す。
「ほんっと揃いも揃って使えない……どうすんのよ! アンタたちのせいで健吾死んじゃったじゃない!」
生き残ることに必死で実感がなかったけど……そうだ、健吾は死んだのだ。
……別に健吾のことを本気で好きだったわけじゃない。もともとクラスメイトの中で一番使えそうだから近づいただけ。
だからショックなんて、ない。
頭も女癖も悪かったし、最近太ってきてたし、セックスだって他の男のほうがよっぽどうまい。
そうよ、神奉騎士団のハロルドとか若手の有望株だし、私にメロメロだし。
それでも、私の中での予定が狂ったのは間違いない。最高の男を捕まえるまでの繋ぎとしてはベストだったのに、なんで死んでるのよあのバカ。
なにが将来は俺が王様でお前が女王よ、死んでちゃ世話ないわよ。そもそもあの国にそんなのいないっての。
もちろん真に受けてなんていなかったけど、ホント……バカなんだから。
「あんなのどうしようもない……あの人たちは異常」
無能な騎士隊長をにらんでいると、後ろでそうつぶやいたのは魔術師のナナカだ。
健吾がロリ枠とか言って入れたこの皮肉屋のお子ちゃまは、普段は全部誰かに言わされてるのかってくらい言葉に感情が乗らない。それでも今回は妙に実感がこもっていた。
子供の言うことなんて気にしないけど。
「ふん、あんなヤツラがなによ。だらけてた健吾より強い人なんて、聖国にだっているじゃない」
「一番だらけてるから、リンコはなにもわかってない」
「うるっさいわね! とにかくアイツらは絶対に許さないんだから……橘も女たちも、全員殺してやるわ! 美紗緒のヤツもっ!」
美紗緒が逃げたせいでこんなことになったというだけじゃない。日本にいたときから、ずっとあの女のことが大嫌いだった。
常に自分は正しいみたいな顔で、人のことを見下して……高一のときには彼氏まで盗られた。美紗緒は否定してたけど、美紗緒のことが好きになったと言って私をフッたアイツと、こっそり付き合ってたに決まってる。
こっちに来てからも、あれだけイジメたのにパーティーからなかなか出てかないし。しかも出ていったら出ていったでこの始末。
いろいろ思い出していたら、たまらなくムカついてきた。あの女はなにがあっても許さない。
もちろん、一番殺さなきゃなのは橘だけど。
「あれほど無様な命乞いしてたくせによく言う」
「はあ? ガキは黙ってなさいよ。あんなのただの演技に決まってるじゃない。生きてれば次があるもの」
死んだらおしまい。
私はこんな陰気臭いところで死にたくない。死んでたまるか。
「次はこんな一般騎士のヤツらじゃなくて、神奉騎士つけてもらうんだから」
上位の神奉騎士を十人も連れてくれば、橘たちなんかひき肉にしてくれるはずだ。
しかし私の言葉を聞き、なぜか双子が揃って鼻で笑った。
「……なんか文句あるの」
やけに反抗的になった二人は、小馬鹿にするようにただ肩をすくめた。
その二人に代わり、珍しく口を開いたのはネイ。
一番先頭を歩いている彼女は、パーティーメンバーの残る一人だ。
「剣聖の仇を討ちたいのだろうが、それは叶わぬ願いだ」
「け、健吾のことなんてどうでもいいし! っていうかなんでよ!」
「剣聖抜きのお前のために、神奉騎士団が動くはずがない。いや、神奉騎士団どころか、お前のような女についてくる者などいない」
「なっ……」
なにこいつ!? 枢機卿の一人が推してきて加入したばかりで、ほとんど口もきかない暗い女だと思ってたけど……毒舌キャラなの!?
あまりのことに怒りより驚きが勝って言葉を継げない私に、マリンが振り返った。
「当然じゃない。そもそも剣聖自体が落ち目だったんだから。あんな程度の低い魔剣を持たされたのがその証拠」
「程度の低い魔剣!? なによそれ……聞いてないわ!」
「剣聖ももう期待なんてされてなかったということよ。当然アンタはそれ以下──きゃっ」
愉快そうに私を
肩を貸していた妹のミレーヌがその手を離し、マリンは地面に転がったからだ。
いい気味だ。
今度は姉が言いすぎたのをたしなめたミレーヌに目を向け……私はそれが勘違いだったことを知った。
その光景に声が出せずにいる中、マリンが体を起こす。
「ミレーヌ、なにが…………えっ?」
上を見上げるマリンの整った顔が、赤く汚される。
ミレーヌは……その胸を、黒く細い剣に貫かれていた。
信じられないと目を見開き、自分を貫く剣の持ち主──ネイを見、そしてマリンを見た。
「姉、さ…………」
その体がくずおれる前に、引き抜かれた黒い剣は
……果たして絶命したのはどちらが先だったのか。
妹か。
それとも、喉を深々と切開された姉か。
双子の血が大地に染み込んでいくのを呆然と見ていた私にわかるのは、姉妹とも二度と動かないということだけだ。
……なにこれ? なんの冗談?
「すまない」
理解が追いつかない私の前でネイがつぶやいた言葉は、まるで心の底から詫びているような……自分でやっておいてなんだっての!?
そんなネイに対し、騎士たちは戸惑いながらも剣を抜く。
後ろにいるナナカも杖を向けているのだろう。低く鋭い声が発せられた。
「どういうつもり、ネイ。なんで──」
突然、ナナカの疑問は悲鳴に転じた。
驚いて振り返ると、地面にナナカが倒れていた。その背中を縦に大きく斬り裂かれて……。
それをやったと思われる騎士がナナカをまたぎ、血の滴る剣を持ち上げる。
「ちょっやめっ、やめなさい!」
私の制止も届くことはなく……ナナカの小さな背中に、容赦なく騎士は剣を突き立てた。
なっ……なんなのよこれ! ムカつクヤツらだったけど、いきなりこんなあっけなく……。
「きっ、貴様っ! くっ、皆の者! そやつとネイを捕えろ!」
わけわかんないけど、こんなタイミングで凶行に走ったのだ。騎士はネイとグルとしか考えられない。
二人を捕まえるよう隊長が騎士たちに命じるが、その最中でさらに血しぶきが上がる。
騎士の一人が、他の騎士を斬りつけたのだ!
つまり、まだ仲間がいたってこと!? どうなってんの!
そして乱戦が始まり──あっという間に決着した。
残ったのは四人。
ネイと仲間の男騎士二人。そして私……だけ。
どうすんのよ、これ……。
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