7-21 我が家の妹神とは比ぶべくもないが、まあちょっとくらいなら認めてやっても……いっ、いや、そんなこと思ってなかった
自分が妹だと知ってヨロヨロと外に出た美紗緒は、速攻でティルとかいう獣人にしがみつかれ、押し倒されていた。そしてその頭をしばらく優しく撫でていた。
「あれが義弟になるかもしれんのか……」
「あら、兄としては妹が心配かしら」
「別にそんなんじゃないって」
美紗緒の落ち着いた雰囲気とか、案外嫌いじゃないけど。
「でさ、ルチア。ちょっと聞きづらいんだが、奴隷について教えてくれないか」
「それは構わないが、なぜ今唐突に?」
「あいつら勇者もその家族も、みんなまとめて奴隷にしちゃえばいいかと思ってな」
「それは……彼らを帰すためにか!?」
奴隷にすれば、あれこれ口外しないように強制することはできるだろう。そうなれば帰してやっても問題がなくなる。
最悪勇者の口だけ閉じさせてもいいのだが、家族すら今までどうしていたか知らないというのは支障が出すぎると思うのだ。なので家族にも教えた上でまとめて奴隷にするのがベストだろう。
「意外ですわ……」
なぜルチアとセラは口を半開きにして驚いているのかな。なぜニケは俺のおでこに手を当ててるのかな。
「言っとくが、他の勇者のこと自体はどうでもいいんだ。ただ、美紗緒がな」
「なるほど……どう見ても自分一人だけ帰れることに気が引けてましたわね」
「うん。だから美紗緒が帰らないとか言い出したときのために、どうするか考えておこうかと思ってな」
せっかくあきらめた美紗緒に変に希望を持たせたくなかったのでさっきは言わなかったが、方法が皆無ではないと思うのだ。
「そういうことか。乱暴なやり方ではあるが……いや、やはり無理だろうな」
少し考えたルチアは、そう言って首を振った。
「なんでだ?」
「魔術的に奴隷とするには通常は契約魔術が使われるのは知っているな? だが、行動を制限するような強制力の強い契約だと、首に紋様が浮かぶからな。奴隷紋と呼ばれるあれだ」
奴隷ルチアにもあったあれか。あとでジルバルさんに奴隷契約を解除してもらったときに消えたのだ。
「あの紋様は出ないようにはできないのか?」
「ああ」
「そうなのか。融通がきかねえのな」
「悪い面もあるとは思いますが、その者が契約に縛られていると他者からもわかるのは、必要なことかもしれません。それにより本人や他者が助かる事例も多いでしょう」
なるほど、たしかにそうかもな。
たとえば自分の身近な人がいつの間にか奴隷にされてて自分を殺しにきたとしても、操られているとわかれば警戒できるだろう。
紋様が首に出るのは、腕などだと切り落とすことができてしまうからかな。
さすがに勇者家族が揃って首にそんな紋様があるのは異常すぎる。常に人に首を見せないようにするのも難しい。
ニケにうなずいて同意を示し、ルチアは続けた。
「それに契約魔術の使い手は、その全員が国に把握され、管理されていると考えたほうがいい」
「悪用されては危険ですもの、仕方ありませんわね。どの国においても、悪用されるような事態になったときは全力で潰すのが鉄則ですし」
術者を日本なんかに連れてこうとしたら、その前も後も面倒くさいことになりそうだ。
「ふーむ……じゃあ契約魔術はあきらめるとして、他になにか代わりになるのないか? 人に強制力を働かせられるようなスキルとか」
「思いつくものがないわけではないですが……契約魔術よりさらに希少なスキルになるので、よほどの巡り合わせがないかぎり出会うのは難しいかと」
まさに生き字引であるニケが言うなら、そのとおりなのだろう。あいつらを日本に帰すのはあきらめたほうが良さそうだ。
しかしそのようなスキルがあると知れただけでも良かった。
「じゃあ美紗緒が帰らないって言い出したら、そういうスキル探しといてやるからとりあえずお前は帰れって、だまくらかしとけばいいか」
「だまくらかすって……もう、ちょっとは見直しましたのに」
「実際そのようなスキル持ちを探すのは難しいと思うが、気に留めておいてやってもいいと思うぞ」
口では呆れたようなことを言っているが、なぜかセラとルチアの口もとには笑みが浮かんでいる。
どうやらニケも同じようで、笑った息が頭に吹きかけられた。
「ふふ、ミサオが帰らないなどと言い出したら、そのまま見限るかと思いましたが」
「連れて帰ることにはかなり前向きのようだな」
たしかに見限ろうとかは考えなかったけど……いや、違うよ。だからそんな暖かい目で見ないで。
「それはそうですわよ。ねえ、お兄ちゃん?」
ちっ、違うからっ。別にそこまで本気で妹だと思ってるわけじゃないんだからねっ!
俺たちがラボから出たあと、ここから少し離れた開けた場所に獣人たちは移動することになった。ケガ人も多いし、今日はそこで一泊するようだ。
帝国のことなどを聞くために、俺たちもついていくことにした。
その際重傷者をラボに入れて運んだのは、あまりにも移動が遅くてだるかったからである。
本当は他人なんて入れたくないのでリビングには入れずに玄関に押しこんだから狭かっただろうが、自分で歩くよりマシなはずだ。
その甲斐もあって、まだ日の高い内に到着することができた。
運び出されるケガ人を見送り、最後にルチアがラボから出てくる。
リビングに入らないように見張りと、獣化しなくても使える回復魔術での治療をしていたのだ。スキルレベル上げにもなって良かっただろう。
「ありがとうございました! 回復魔術まで使えるなんて、ほんとスゴイっすね」
出てきたルチアに、よく喋る日本人の男と全然喋らない男が頭を下げる。道中ではよく喋るほうにあれこれ尋ねられてわずらわしかった。
ずいぶんかしこまっているのは、ルチアのことを年上だとでも思っているからだろう。実際は俺より少し若いのだが、落ち着いてるし色気たっぷりだし勘違いしてもしょうがない。
「大したことはない。全て主殿のおかげだしな」
「俺のおかげでは全然ないけどな」
「そんなことは……おや?」
俺を抱っこするニケの周りを軽く見回し、ルチアは首をかしげた。
「セレーラ殿はどうした?」
「ああ、セラなら美紗緒とかと話を……あれ?」
少し離れている美紗緒とカヨのほうに目を向けたが、セラが見当たらない。さっきまで話をしてたのに。
「おい美紗緒ー」
「……なに」
ティルにしがみつかれた美紗緒が、ブスッとした様子でカヨと共に寄ってくる。
なんだ、まだ怒ってるのか。
「あんなことをマスターに言われてしまっては当然でしょう」
ニケは美紗緒の肩を持つが、俺は助けてやっただけなのに。
それはここにくる前、ラボで美紗緒と話をしたあとのこと。
外に出ると、美紗緒は周りから問い詰められていた。なんの話をしたのかーとか、ひどいことされてないかーとか。
それに対しうまい言い訳が思いつかず、しどろもどろになっていた美紗緒が目で助けを訴えてきたので、仕方なく応じてやったのだ。
『イジメの詫びとして、美紗緒さんに僕の女になってくれるよう迫っていただけですよ。ハーレム増やしたかったので』
と、ウソをついて。
そのあと捨てられると思ってまた泣いたティルをあやすのに苦労したのはわかるが、俺に怒るのはお門違いじゃなかろうか。せっかく兄として助けてやったのに……いや、まだ妹だとは思ってないけど。
「流れとして
「ええ、お門違いではありませんね」
二人にツッコまれつつ、怯えてるのかにらんでるのかわからないティルの視線を流しつつ、美紗緒に尋ねる。
「セラはどこ行った? トイレか?」
「……違う。伝えてくれって頼まれてたけど、彼女なら──」
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