7-25 閑話 敗者の旅路・謎の組織行き 2 〜予定は未定にして決定にあらず〜
赤く染まる足に回復魔術を使っていると、軽く斬りかかってあしらわれたもう一人の騎士が、ネイの横に戻った。
そしてちらりと氷漬けの騎士に目を向ける。
「レフィト……」
「すまない」
「ネイ様が謝ることではありません。ダブルキャスターなどとは思いもよりませんでした。しかも氷魔術まで」
「ああ、まさかこれほどとはな。完全にあなどった」
もうっ、バカ! のん気に話してる場合じゃないわよ!
「なにやってんのよネイ! 今しかないでしょ!」
「いちいちうるさい、わかっている」
あのエルフ女、間違いなくステータスがバカみたいに高い上に、さらに両手で魔術が使えるダブルキャスターだなんて卑怯すぎる。
だけど今はどちらの手もクールタイム中。今度こそ攻める絶好の機会なのだ。
クールタイムが終わるまで問題なくしのげると思っているのか、笑みまで浮かべて待ち構えている女エルフ。余裕しゃくしゃくなのがムカつく。
その鼻っ柱をへし折るために、ネイが右手で抜いた細い剣の先を向ける。
「シャドウクレイドル」
ゆらり──揺れて生まれる、小さな黒い球体。
ネイの放った不可視の魔力が、女エルフの手前で実を結んだ。
それを見た女の顔色が変わる。
「これはっ……」
女の声に応えるように震えた黒い球体が、次の瞬間急激に膨れ上がる。辺り一帯と共に、間抜け面で驚く女を飲みこんだ。
それを見届けたネイは剣を左手に持ち替え、右手でナイフを取り出した。
「見たことはあったようだが、味わうのは初めてかな? どうだ、影のゆりかごの居心地は」
眼前に広がるのは陰影のかけらもなく、外から見ても距離感を掴めないような漆黒。
歪な形に広がったそれは、物体ではない。
一筋の光も差さぬ闇だ。
ネイが使ったシャドウクレイドルは、一定範囲の空間を対象として光を消し去る影魔術の一つ。
中が見通せないので味方も手出しできなくなるのが難点だが、術者には中の様子がおおよそは感知できるらしい。
こんな足場の悪いところでは、中にいるあの女は一歩踏み出すことすらためらうはずだ。今どんな顔で怯えているのか見れないのが残念だわ。
これまでその魔術を使ったときと同じように、ネイは闇に惑い動けない獲物を、投てきで仕留めるつもりだ。
ナイフを片手に、目を閉じて集中し──
「──────」
──これは……笛?
なぜか突然、笛の音のような細く高い旋律が響く。
耳を澄ませば、それは闇の中から漏れ聞こえてきていた。
「な、なんなの?」
「なにかマズいっ」
慌ててネイがナイフを投げたその瞬間──闇が
「きゃあっ!」
「くっ、馬鹿なっ」
闇を内から散らしたのは爆風。
後ろに押され、たまらず尻もちをついてしまった。その片方裸足の足のあいだに刺さったのは、風で跳ね返されたネイのナイフ……危なっ。
そのナイフから視線を上げれば、映るのは散り散りになって消えゆく闇の残滓。
そして──闇があった中心に、なにごともなかったかのように立つ女エルフ。
「驚きましたわ。影魔術だなんて希少なスキルを持っているとは思いませんでした」
風で乱れたのか、衣服を正している女に返すネイの声は硬い。
「それはこちらの台詞だ。今のはなんだ? まさか魔術ではなく魔法持ちなのか?」
風魔術にシルフズクラップとかいう風爆弾みたいのがあってそれかと思ったけど、言われてみればこの女は魔術名の詠唱をしていなかった。
そもそもクールタイムはどこいったのよ! なんなのこのインチキ女!
「お教えすると思いますの?」
一度クルリと回した杖を、女が両手で握る。
魔術師のくせに、自分から接近戦しようっての!?
「ネイ様、お退きくださいっ!」
飛びこんでくる女の前に、残るもう一人の騎士が立ちふさがった。
「ミゲル!? なにをっ」
「この者の力は未知数すぎます!」
かたや重い鎧を着込んだ屈強な男騎士。
かたやカジュアルな服を着た女魔術師。
真っ向から剣と杖を打ち合わせ──打ち負け、体勢を崩したのは……騎士。
「これほどかっ……くそっ、化け物め!」
続けて放たれた追撃をなんとか受け止めて押し合いになっても、女エルフの優位は変わることがない。
「ミゲル!」
「あなたを失えば、あの方が悲しまれます! 〈ブルーム〉!」
えっ……なんで? なんであの騎士がそのスキルを持ってるの?
影魔術だけじゃなく、ネイはみんなが聞いたことのないスキルを持っている。それと同じ名前じゃない。
それも授けられたとかいう力なの? よくわからないけど、ステータスを一時的に増幅できるというネイのスキルとおそらく効果も同じ。
その証拠に、騎士が女エルフを押し戻す。
だが──それでも追いつけはしなかった。
女は騎士の力が増したことに
「くっ、やはりこの力……どうかお退きを!」
再び押しこまれた騎士の背中越しの懇願に、ネイは拳を握りしめた。
「……すまない」
そして大きく後ろに跳躍して私を越え、木の枝に飛び乗った。
って──
「ちょっと! アタシは!?」
「悪いが連れて行く話はなかったことにしてもらおう。さらばだ」
あっさりと。
もう一度跳ねて、ネイは森の中に消えていった。
え…………ウソでしょ? 置いてかれた?
どうすんのよ、こんなところに残されて……いや、どうするもなにもない。騎士が時間稼いでるうちに私も逃げないと! あっ、裸足だった。
まだ氷漬けになっているお気に入りのブーツを引き抜こうとしていると、
「あなたは逃しませんわ。ウィンドブレット」
「ガふっ」
腰っ、折れた!? 折れてない!?
魔術? 腰を後ろからとてつもない力で突き飛ばされ、肺の中の空気を全部吐き出させられて宙を舞う。痛いには痛かったけど、それよりカカトが後頭部に当たったことが驚き。
もう魔術使えるとかふざけっ、あ、前、木──
──あれ、私……痛っ、腰いたぁ、鼻いったぁ!
腰や顔面の痛みで目が覚めて体を起こすと、
「ようやくお目覚めですの」
目の前には悪夢の続きが立っていた。
そのそばで地面に横たわるのはたぶん、戦ってた騎士。
なぜたぶんかというと……騎士には頭がついていなかったから。
「これは私がやったわけじゃありませんのよ。追い詰められてご自分でなされて……敵ながら
なにが起こったかよくわからない。
でもハッキリしていることが一つだけある。
詰んだ。
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