4-11 押しちゃった




 カポーンと、ししおどしの音が浴室に響く。

 ドボドボドボと、お湯が天狗の鼻先から湯船に注がれている。


「いいお湯ですね」

「ああ、まったくだ」


 〈研究所わがや〉自慢のお風呂に美女二人。

 みずみずしい肌はお湯を弾き、上気して赤みが増して色気も増す。

 俺は隣あって座る二人の片ももずつの上に座り、ムニムニに背中を預けている。


「極楽極楽。もうずっとこのままでいたいわ」

「そうですね」

「そうだな」


 …………。


 カポーン。

 ドボドボドボ。


「もうずっとこのままでいたいわ……」

「そうですね……」

「そうだな……」


 ……このやり取りは何度目だろうか。

 もうのぼせてきてるのだが、誰も風呂から上がろうとしない。


 なぜ俺たちが無限ループに陥ったのか。

 それは幾分か前にさかのぼらなければならない──




 ──岩嵐鳥を倒し、五十階層台に突入した俺たち。

 そこは情報通り、雪原地帯だった。


 ていうか水属性で雪ってなんだよ……どうせなら常夏の海辺とかにしてくれよ。そしたら二人とキャッキャウフフできたのに。


 ニケやギネビアさんや誰かからしっかり情報を得ていたので、防寒グッズはしっかり集めてある。

 とはいえ買ったのは寒さに強い魔物の革で作られたツナギと手袋くらいだ。

 ダウンジャケットに、帽子耳当てネックウォーマー他小物などは俺が地球知識を使って錬金した。


 だから他のパーティーなんかよりはよほど暖かいのが揃ってるはず。ルチアとニケもそれらに感心したり喜んでたりしていた。

 ダウンとか羽毛が片寄らないよう、二人を夜にノックアウトしてから夜なべして手縫いした甲斐があるというものだ。


 それらを着込んで、実際攻略自体はスムーズに進んでいるのではないだろうか。

 まず五十一、二階層は四十一、二と同じようにとても楽だった。というか、その前とかも一、二階層は楽だった気がする。

 ここを作った神様とやらが、まずは慣らさせようとしているような、そんな意図を感じるね。


 で、やっぱり五十三階層から厳しくなってくる。

 雪は深く、地形は起伏が激しく。雪が降るときは吹雪に。

 ただ、救済措置もある。


 ずっとではないが、通ることのできる広い洞窟があるのだ。

 なので洞窟を出たり入ったりで進んで行き、階層ごとにいくつかある、出口のゲートを目指すことになる。


 それとあんまり道から外れると入り口に戻されるのも、救済措置と言えるだろう。

 もう地図はないので、俺たちも二回ほどその救済措置にお世話になってしまった。持ち物を失うようなことはないが、なんとなく嫌な気分にはなった。


 そうやって、俺たちはなんとか五十七階層までやってきた。

 現在心休まる洞窟を抜け、氷雪吹きすさぶ山岳地帯ど真ん中である。


「さぶい……さぶいよお」


 どんだけ着こんでも、やっぱり寒いものは寒い!

 子供の体のせいもあるかもしれない……体薄いし。


「頑張ってくだささささい、マスター。あと三階層ですすすす」


 俺を抱えて震えるニケもかなりやばい。今の体になってから、寒さとかほとんど味わったことなかったから。

 そのせいで敵が出ても、剣と神雷でそっこー倒しに行っている。楽ではあるけど。


 出てくる敵は雪の上を滑るウサギとか、雪の中を泳ぐ魚とか、丸まって転がり落ちてくる氷のゴーレムとか結構レパートリーが豊富だ。

 洞窟の中では憎き狼男の上位種もでてきたので、こてんぱんにした(ニケが)。


「たしかにこの寒さはこたえるな……次洞窟に入ったら休憩にしようか、主殿」


 俺たちの中で一番寒さに強いのはルチアだ。

 なんでも師事していた人に、雪山訓練とかやらされていたらしい。


 それにVITも多少は影響があり、極端な環境から体の機能を守ってくれるようだ。

 高VIT職ずるい……それでもきつそうだけど。

 そのルチアを先頭に、もっそもっそと雪をかき分けながら進む。


 ふいにルチアが立ち止まり、俺が編んだ毛糸の帽子の穴から飛び出ているウサギ耳がピンと立った。

 〈第六感〉が早めに仕事をしたのか、なにかを感知したようだ。


「来るぞ」

「そのようですね」


 ニケもすでに気づいてるようで、山の上の方を見ている。

 当然こんなところで来るのは敵しかいない。


 二人は装備を取り出すが、ニケから降ろされた俺はシータは出さない。残念ながら重さのせいで雪に埋もれて使い物にならないのだ。


 すぐに遠くから音が聞こえてきた。

 雪の中を進むような音は魚の魔物かと思ったが、他にも音がする。

 ピキンパキンと、氷がひび割れるような音だ。


「これは……マスター、すぐにラボにっ」


 音がこちらに向かってくる中、ニケが慌てて俺に指示を出す。

 普段俺はザコとの戦闘ではラボに逃げ込むまではしていない。これはただごとではないのかも……。


 障害物があると、ラボの玄関は形状とか出現位置が変わってしまう。周りの雪のせいで入り口が狭くなってしまったが、急いで飛び込んだ。


 その瞬間──俺の立っていた場所から、ズボッとなにかが突き出た音。

 振り返って見てみると、その槍は透きとおっていて……これはさっきの音からしても、氷でできているのか?


 二人の下からも槍が突き出たようで、ニケは大きく飛び退いていて、ルチアは盾を下に向けている。


「あっぶねー……って、やば」


 ボケッと見ていたら、槍の穂先がパキパキと音を立てて曲がった。蛇のようにゆっくりとこちらを向いたのだ。

 急ぎ扉を閉め──ギリギリセーフ。俺に伸びてきた穂先は、扉に当たって砕けた。


 あっ………………。


「面倒な相手に捕まってしまいましたね」

「ニケ殿、これが言っていたアイシングリバティか」

「ええっ」


 ルチアに返事しながら、ニケが剣を振るう。再び生えてきた氷槍が粉砕された。

 二人が魔物の攻撃をしのいでいるあいだ、俺は怒りにうち震えていた。


 なぜなら、人差し指で扉の開閉スイッチを押してしまったからだ!


 ここは〈研究所ラボ〉なのだ……俺は指紋認証的なイメージを大切にして、初めてラボを出したときから今までずっと、親指でスイッチを押してきた。

 聖国から逃げる際、狼男に殺されかけたときですら。

 それをこいつのせいで……どんなやつか知らんが、絶対に許さん!


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