6-17 死体蹴りした



「しかしあのときはビックリしたな……」


 食後、リビングでテンション低めのルチアがつぶやく。

 味を濃くしたというセレーラさんの料理は、まだ余裕で薄味だった。


 俺の作る料理も日本基準では薄味のはずだが、セレーラさんの料理は輪をかけて薄味なのである。

 こっちでは調味料全般が高価だ。孤児院でやり繰りが大変なこともあっただろうから、仕方ないとは思うが。


 というかね、


「またその話か」


 セレーラさんがトゥバイにやられてしまったときの話だろう。

 もう三度ほどは話しているのに。


「だって本当に驚いたんだ」

「そうですね、私も驚きました」


 ルチアの話に乗っかったニケがパチリと駒を打つと、向かい合うセレーラさんから声が漏れた。そして顔を出した触手を慌てて引っ込める。

 触手制御の訓練も兼ねて、将棋で対局中なのである。


 実はセレーラさんは、たまにゼキルくんの対局相手になっていたそうだ。

 遊んでいるなと、ゼキルくんに怒ってたのに。


 たまにだけなのにゼキルくんには勝てていたようだが、俺が直々に仕込んでいるニケにはまだまだ及ばない。盤面は圧倒的にニケの優位で推移している。

 ルチアがニケに代わっても、結果は同じだろう。触手が嫌でやれないけど。


「トゥバイを倒してから私が治療しようとしたのに、いきなりセレーラ殿の下半身を蹴り飛ばしたのだからな。こいつは」


 そう言いつつも、俺を膝に乗せるルチアはえらいえらいと俺の頭を撫でた。

 もちろんセレーラさんからは十分な距離を取っている。


 ちなみにトゥバイは、セレーラさんを傷つけてからすぐにニケに一刀のもとに殺されている。

 ダンドンに返してやったあれは、その死体をいじくっただけのものだ。それを人形繰りで無理に動かしていた。


 本当は生きたまま地獄を見せてやりたかったが……あいつに構っている状況ではなかったので仕方ないだろう。

 結局いじるのも、三人にはやりすぎだと途中で止められてしまったけど。


「だから蹴り飛ばしたって言うなってば。最速で止めるために、滑り込んだだけだ」

「私は、ついにそこまでマスターの頭がおかしくなってしまったかと」

「もともとちょっと頭がおかしかったみたいな言い方はやめようか」


 ……なんでみんなビックリして、頭のおかしい人を見る目で見るん?


 あのときのことは、俺も驚いているけど。

 体が上下で真っ二つに分かれてしまったセレーラさんの命を、救うことができたなんて。


「正直に言うと、セレーラには悪いのですがあのとき私はあきらめました。もうどうやっても助けられるわけがないと。私がエリクシルを使ってしまったことを、心の内でマスターと貴女にわびていました」


 そうだったのか、それは初めて聞いたな。

 でもエリクシルのことは話が違う。あのとき使ったのは必然であって、ニケのせいなどではない。


「仕方がありませんわ。私だってあの瞬間、死んだと思いましたもの。目が覚めたとき、生きていることが信じられませんでしたわ」

「本当にすみませんでした、セレーラさん……」

「あなたたちはなにも悪くないのですから、そんなに何度も謝らないでくださいませ。悪いのはトゥバイですわ」


 〈追跡〉で俺たちの居場所を突き止め、〈隠密〉がニケの〈危機察知〉やルチアの〈直感〉を鈍らせた。S級ハンターとしての実力を、最悪な形で発揮しやがったのだ。

 しかもその場にいただけの、無関係なセレーラさんを殺しかけた。さすがにセレーラさんも擁護はしない。


 それに対し、これまで同様にルチアはフルフルと首を振る。


「いいや、私は主殿が思うように生きていくための盾なのだ。私の手の届く範囲でありながら主殿が守りたいものを守れなかったというのは、やはり私のとが以外のなにものでもない」

「はいはい、何度も聞きましたわ。頑固ですわね」


 ややうんざりしているセレーラさんを見て軽く口もとを緩めつつも、ニケもすまなそうにその口を開いた。


「マスターがそう生きていくことは、私たちの望みでもありますから。反発があるのは覚悟の上ですが、今回はしてやられてしまいましたからね……私としても責任を感じています」


 トゥバイは昔ニケがプチッとしてた暗殺者なんかよりよっぽと暗殺者として完成されていただろうし、二人のせいだなんて思わないが。

 むしろずっと甘えさせてもらっている感謝しかない。それはたとえ俺が敵の刃で死んだところで変わることはない。


 そういえば最近暗殺者は来ていないが……誰の差し金だったのか。

 あとでセレーラさんに、心当たりはないか聞いてみるか。


「まったく……変わりませんわね、あなたたちは」


 セレーラさんがあきれたように笑う。

 そういえば、説教部屋で昔そんな話をしたことあったな。


「それにしても……ふふっ」


 今度はうれしそうに笑い、セレーラさんが俺に顔を向けた。


「どうしました?」

「いえ、だって水晶ダンジョンが消えても気になさらないあなたが、私なんかのことであんなに真剣に謝るなんて」

「だから水晶ダンジョンなんかと、大切なセレーラさんを比べるのがおかしいんですよ。何度も言ったじゃないですか」


 ニケとルチアのような一蓮托生の関係性ではないが、セレーラさんは大切な人なのだ。

 こういったことがあると覚悟はしていても、実際起こってしまえば理屈なんて全て吹っ飛ばして申し訳なく思うに決まっている。


「ええ、何度も聞きましたけれど……うふふ」


 なぜかニヤニヤしたままのセレーラさんは顔を赤らめ、触手も飛び出た。

 なぜかそれをジト目で見ていたニケとルチアが、やれやれといった感じで話を戻した。


「あのとき……てっきりマスターもあきらめたのだと思いました」

「私もそう思った。主殿に声をかけても、すぐには動かなかったからな。だから独断で治療しようとしたのだが」


 滑り込んでセレーラさんの下半身を蹴る、直前のことか。


「あれは考えてたんだよ。どうやったら助けられるか」


 それに動かなかったのもわずかな時間だ。自分でも驚くくらい、考えが一瞬でまとまった。そうでなければ間に合わなかっただろう。

 間違いなくそれは、ルチアやニケを失いそうな危機を経験したからだ。ルチアのときなんて特に気が動転してたし。


 そして考えた結果、セレーラさんの下半身を蹴ったのだ。

 ルチアが上半身と下半身を繋げようとしていたから。


 いつも思うが、この世界で起こる魔法的な現象ってとてもあいまいというか、適当なのだ。

 たとえばラボの玄関ドアが現界するとき、周囲の地形によって形が変化したりする。

 それは事故が起こらないよう、良い具合に適当さが作用した結果だろう。


 しかし、適当さが悪い具合に作用することもある。

 そうそうあるわけではないが、ポーションで治しきれない傷が後遺症になったりするのがそれに当たるのではないかと思う。

 回復力が足りないのに、無理に全体的に治療しようとするせいだと俺は思っている。


 今回も体を繋げてポーションや回復魔術を使えば、全体的に治療しようとしただろう。

 つまり体を元に戻そうとしたはずだ。

 上級ポーションと回復魔術を併せて使っても、真っ二つになった体を戻しきるなんて絶対に無理なのに。

 そんなのほとんど無意味だと感じたのだ。


 だから下半身を蹴って、上半身だけにルチアに魔術を使ってもらってポーションをかけた。

 俺は、完全に延命だけに絞っていたから。延命のためだけに傷をふさぐよう、回復の効果を発揮させたかったから。


 もちろんそれが上手くいっても、長くは保たないことはわかっていた。

 でも昔、心臓が止まっても五分程度は脳が動いているというのを聞いたこともある。完全な死というのがどこで決まるのかわからないが、とにかくそれまでの時間を稼ぎたかった。

 その前であれば、助けられると思ったのだ。


 セレーラさんを、錬金してしまえば。


 しかし──


「結局こんなことになっちゃったけど……」


 ──実際には、そう簡単にことは運ばなかった。


 ポーションと回復魔術をかけてから、ラボにセレーラさんを運んだ。

 培養槽に水をためつつ、人工呼吸の逆をやって空気を吸い出してからセレーラさんの口にホースを突っ込んだ。肺を生命水などで満たすためだ。

 そうして呼吸すらいらない培養槽の中に沈め、わずかな猶予は得た。


 でも……錬金できなかった。


 巨人やアダマンキャスラーやドラゴンなどの高ランク魔物の素材を突っ込んでも、俺の脳内で錬金が成功しなかったのだ。

 しかもただの失敗とは違う。


 錬金後の形は鮮明に浮かぶのに、色がついていないような感覚。

 うまく言えないが……命の息吹を感じなかった。

 廃人化とか、なにかそんな嫌な予感しかしなかった。


 そこでランクに関係なく、生命力の強い魔物からの素材を使うことを模索して……見つけた。

 見つけてしまったのだ。


 ローパーという存在を。


 魔法生物であるローパーは、種類によってはケーンが持っていた〈再生〉スキルを持っていることもある生命力の権化なのだ。


 俺たちが確保したフロートローパーは、〈再生〉までは持っていない。そのため本体が修復されるタイプではないが、触手はいくらでも生えてくる。

 その高い生命力が、セレーラさんの錬金に適合した。


 かくして、セレーラさんは一命を取り留めた。

 ……その代償として、触手持つ錬成人となって。


「もう、そんな顔なさらないで」


 思い返していた俺に、セレーラさんのほほ笑みが向けられる。


「命があるだけでもありがたいことですもの。あなたが私を救ってくださったのよ。これだってすぐに制御できるようになりますわ。だから……」


 一度セレーラさんはニケとルチアに目を向け、なにか思いを汲むように、ゆっくりとうなずいてから続けた。


「あなたも変わらないでくださいませ、こんなことで」

「……はい」


 強くて優しい人だ。

 錬成人として目が覚めてから、セレーラさんは恨み言一つ口にしていない。

 ……怒りはするけど。


 やはり俺はセレーラさんが好きだ。

 今後のことについて今はなし崩しに一緒にいる感じになっているが、はっきりとさせなければならない。

 セレーラさんの意思を捻じ曲げてしまう結果になったことも含め、きちんと誠意を見せるべきだろう。


 その決意を胸に刻んでいると、ルチアが俺のオデコをさすった。


「お前のほうは大丈夫なのか?」


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