6-18 決意をくじかれた



 実は、巨人との戦いでニケが死にそうになったとき見えた謎の光が、また見えたのだ。

 セレーラさんがやられたときに、その光が弱くなっていくのが見えた。それも救うための参考になったのだ。

 いつの間にか〈第三の目〉が発動していたから、たぶん魔眼なのだろう。


「まったく問題ないよ」


 そのときはまた頭が痛くなったが、すぐに治まっている。

 それは話してあるので、みんなも心配のようだ。


「マスター、どんな魔眼なのかわかりませんが、あれはあまり使わないようにしてください」

「そう言われても、使おうとして使ってるわけじゃないからな……セレーラさん、〈源血げんけつまなこ〉ってどんな風に見えるようになるんですか?」


 〈源血の眼〉というのは、セレーラさんが錬成人になって得た魔眼のことだ。

 名前からはわかりづらいが、普通は目に見えない魔力を見ることができるらしい。魔力は源であり、血のようなものであるということなのだろうか。


「そうですわね……見えるというのとは少し違うかしら。頭の中の違う部分で感じるというか、視覚的には変化がありませんの」

「そうなんですか。じゃあ僕のは違いますね」


 もしかしたらと思ったが、俺のは目に映るもの全てが輝きを増すくらいバリバリに見えるもんなあ。

 一体なんなのか悩んでいたら、なぜか俺を見てセレーラさんが眉をしかめている。


「やっぱりあなたの魔力はとんでもないですわね……」


 〈源血の眼〉を発動させたようだ。

 触手まで出てるし……俺を使って一人で訓練とかしないでほしいんだけど。


 今度はそのセレーラさんを見て、ニケの表情が険しくなった。


「セレーラ、本当にその魔眼は今まで持っていなかったのですか」

「ウソなどつきませんわ。こんな魔眼、聞いたことすらありませんでしたし」


 俺もルチアも聞いたことがなかった。

 ニケだけは知っていたが。


 というか、どうしてセレーラさんにその魔眼がついたのかもわからないのだ。

 錬金するとき、魔眼を選んで素材に使う余裕なんてなかった。


 可能性としてあるのは、セレーラさんに使った巨人とか高ランクの魔物が偶然持っていたくらいか。

 俺たちはそれらの素材でステータスが上がるかはチェックしたが、魔眼のことなんて調べてなかったから。


「そうですか……すみませんでした」

「ニケ、その魔眼、なんかあるのか?」

「ええ。ですが私の考えどおりだったとしてもどうしようもありませんし、なにが変わるわけでもありません。知る必要はないかと」


 よくわからないが、それを知るニケも気にするつもりはないのだろう。


「そっか、じゃあいいや」

「いいのかそれで。報告連絡相談はどうした」


 どうやらルチアは気になってしまっているようだが、そこはほうれんそうとは別の話だ。

 当の本人であるセレーラさんも、俺に賛成した。


「ニケさんが吐き出したいというならともかく、そうでないなら聞かなくても私は構いませんわ。ニケさんのことは信頼しますし。それに本当に知らなくていいことは、知らないほうがいいことがほとんどですもの」


 そのとおりだと思う。

 俺はこちらの世界に来て、今までどれだけムダに情報に囲まれていたか痛感したのだ。


 この世界では知るべき情報をも知れなかったりもするので不便だし、良いことばかりではないのはもちろんだ。

 でもなんというか……楽なのである。


 本来世界なんて、その大きさを考えればほぼ全ての部分が自分に無関係だ。

 にも関わらず、自分に無関係な世界の情報でも、知れば感情を動かされることは多々ある。

 そして俺の場合プラスよりマイナスの感情が生まれることの方が多い。


 たとえばどこか違う世界にいるショタが、いい女何人もに囲まれてエロエロな生活を送っているなんて知ったら腹立つじゃないか。そんなうらやましいヤツなんているはずないけど。


 無関係でどうしようもないことに、そうやって不快になったり憤慨するならば、知らないほうがよほどいい。

 そのぶんのエネルギーで自分の大切な人に料理の一品でも作ってあげた方が、自分も相手も世界も幸せになれる。


 もちろん無関係じゃない情報ばかりを知って、それに対して正しくアクションできれば越したことはない。

 だがヘタにアンテナ立てまくってムダに情報を仕入れるのは、俺にとってはしんどいだけだと気づいたのだ。


「ふうむ、そういうものか……」


 ルチアは半分納得、半分疑問という感じだ。

 別に正解があるわけでもなし、ルチアなりの考えを見つければいいことだろう。

 手を後ろに回し、首をかしげるルチアの頭をポンポンしてあげた。


「まあ本人もいいって言ってるし、今回は年配者二人に素直にしたがオベァ!」


 ペチーンと触手ビンタ食らったぁ!

 痛くはないけど、屈辱感がすごい……一周回って興奮する。


「せめて年者と言っていただけますかしら」


 女王様っぽく髪をファサーってするセレーラさんの言葉に、ニケもウンウンうなずいていた。

 っていうか、もう相当触手使いこなしてませんかね。


「うう、あんなに伸びるのか……知りたくなかった。ほとんど部屋に逃げ場がないぞ……」


 知ることの恐ろしさを知り、ルチアは少し大人になった。






 夕飯はルチアとニケの懇願により、俺が作った。

 セレーラさんも毎回悔しがりながらも、おいしいと言ってくれるのでうれしいかぎりだ。


 夕食後まったりしてから、セレーラさんが先にお風呂に入った。

 そして俺たちの番となり、体を洗って湯船に浸かる。


 たぽんたぽん浮かぶ四つの浮島を眺めつつ、俺は決意を伝えるためにニケとルチアに切り出した。


「二人とも、このあとなんだが──」


 しかし二人は、それをさえぎって立ち上がった。

 浮島が離水して浮遊島になるときの躍動感は、着水時の衝撃に負けず劣らずいつ見ても胸が高鳴る。

 選ばれし者しか到達できない、まさに秘境。世界の神秘が全てここに詰まっていると言っても過言ではない。


「マスター、私たちはやらなければいけないことがあるので先に上がります」

「ちゃんと千数えてから出るんだぞ」


 神々が与えたもうこの世の楽園。それを意のままに支配する俺は、全能の支配者。

 ひれ伏すがいい、我が名は……って、あれ?


 いい女何人もに囲まれてエロエロな生活を送っている優越感に浸っていたら、二人はさっさと出ていってしまった。

 ちゃんとこのあとのことを伝えておこうと思ったのに……いや、これで良かったのか。反対されたら決心が鈍るかもしれないし。

 それにしても、千は長くないかな……。





「ふ~、緊張する」


 ちゃんと数えて風呂を出てから、とある部屋の前で深呼吸。

 そしていざノックをしようとしたら、カチャリと扉が開いた。


「……貴方はここでなにをしているのですか」


 出てきたニケに驚く。

 だってここは、セレーラさんが使っている部屋だから。

 さらにニケの横からルチアまで顔を出した。


「なぜこの部屋に来たのだ、主殿」

「ここでなにしてんだ二人とも」

「私たちが聞いているのですが」

「俺はほらあれだよ……ラボの空調設備の点検とか、不審者がいないかとか」

「いるはずないだろう、お前以外」


 二人のジト目が刺さるので、あきらめて白状することにした。今はセレーラさんいないみたいだし。トイレでも行ってるのかな?


 俺がこんな夜更けにセレーラさんの部屋を訪ねた理由だが、それは──


「セレーラさんを夜這いしにきました」


 二人のジト目が刺さりすぎる。


「いや、違うんだよ。別に一つ屋根の下にいることに我慢できなくなったとか、そういうんじゃないのよ。錬成人にしてしまった以上、セレーラさんをこの街に残しておくのは難しいだろ? だから改めて俺の気持ちをちゃんと伝えて、それでついてきてもらうために形から入ろうというか、土下座したらいいかな?」


 説得にくじけ、ヒザをつく。

 その俺の頭上から、二人のクスクスという笑いが降りそそいだ。


「さすがの貴方でも、今回は気が引けて自分からは動けないのかと思いましたが」

「心配する必要はなかったな」


 心配ってなに?

 首をかしげる俺を、ニケが手でシッシッと追い払う。


「貴方はいつもの寝室に行きなさい」

「えっ、でもセレーラさんとせめて話だけでも」

「いいからいいから。じゃあおやすみ」


 ルチアにもそう一方的に言われて、バタンと扉を閉められてしまった。

 わけがわからん……おやすみって、今日は一人で寝ろってことか?

 途方に暮れつつ寝室に向かった。


 すると──


「────────────」


 ──部屋の中から聞こえてくるのは、ラララとメロディーだけを追った歌声。

 もうここにいるのは一人しかいない。まあリリスという可能性もあるが、まだ戻っては来ないだろう。


 ……ニケとルチアめ。

 意地悪な二人に感謝して扉を開けると、やはりそこにはベッドの上に座るセレーラさんの姿があった。


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