3-19 でんせつのじゃがおけんをてにいれた
リースの街北東は、ダイバーとして財を成した者が住む閑静な住宅街である。
その中に、一際高い壁に囲まれた区画がある。
高い壁はどこまでも続いており、土地面積は相当なものだろう。
間違いない。ここが街の人から聞いた、〈リースの明け星〉幹部専用住居だ。
俺たちも子供の護衛をするまでの三日間、ウサギさんごっこをして遊んでいただけではない。
地道な聞き込みによって、仮想敵であった〈リースの明け星〉のアジトを突き止めたのだ。
「二、三人に聞いたらすぐに教えてくれましたが」
「どうやら有名なようだしな」
……いいんだよ。聞き込み自体が地道な行為なんだから。
仮想が取れ、明確な敵となった明け星の本拠地。その周囲を取り囲む壁づたいにとことこ歩く。
壁の上には何かしらトラップが仕掛けられているだろうから、ジャンプして飛び込むようなことはやらない。その必要もないし。
歩くことしばし、ようやく門が見えてきた。
華美な装飾が施された、鉄格子の門。その左右と内側には、屈強そうな男たちが立っている。
臆することなく近づいていけば、門番は少し驚いた顔をしながらも門を押し開いた。
内側の一人は、俺の来訪を告げにでも行ったのか、奥へと走っていった。
軽く手を挙げるのを礼の代わりとした俺が中へ入ろうとすると、門番が一人近づいてくる。スキンヘッドで頬にハートマークみたいなタトゥーを入れてるイカツイ男だ。
ゲイがそんなタトゥーを入れる風習があると聞いたことがあったような気がしないでもない。お尻を一撫でしてあげて中に入った。
なにか言っていたような気もするが、今日一発どうですかとか言っているに違いない。聞こえないから無視した。
というのも今中へ入ったのは、俺が〈人形繰り〉で操っているただの死体だからだ。〈憑依眼〉で視界は確保できるが、聴覚はどうしようもないからなあ。
〈人形繰り〉は、レジストされなければなんだって操れる。魔物だっていける。ただ、魔力が流れる道である魔力経路が存在しないと、上手く動かせないという弱点はある。
とはいえ人には魔力経路があるから、死体なんて余裕だ。
そして通常は人は死ねばその体は似たり寄ったりの強度になるのだが、〈人形繰り〉を使えば生前のステータス値で操ることができる。きっとステータスというのは、MPというよくわからない存在によって支えられているのだろう。
高い能力を持つ対象や、巨大な対象を操ろうとするとMPの消費が激しくなるが、俺の馬鹿げたMP量は簡単に尽きることはない。
ということで今回、ニケが首ちょんぱした男を使って潜入することにしたのだ。
初夏の今なら夜でも冷え込んだりしない。早々死後硬直によって動けなくなることもないはずだ。
首は両方に返しがついた鉄の棒を三本ぶっ刺して固定している。ちょっとずれたけど、包帯でぐるぐる巻きにしたから問題ない。
上着は血まみれだったから、俺のお古を着せた。
首ちょんぱ男はニケが手強かったと言うだけあって、やはり幹部の一人なのだろう。この幹部専用住居にすんなり入れたし。
それとどうでもいいことだが、この男はすごく地味な見た目だった。
茶色の髪で、いかつくもなくどこにでもいそうな町民って感じだ。
その個性のなさを生かして、これまで汚れ仕事をやってきたんじゃないだろうか。よかったね。最後は派手に散ることができるよ。
そして俺の本体がどこにいるかと言えば、近場に空き家を見つけたのでその屋根の上にいる。
隣りにいるルチアとニケはお手製望遠鏡を片手に、幹部専用住居を覗き見中である。
野球グラウンドくらいありそうなむやみに広い敷地を、腰にくくりつけた袋をぶらぶらさせながら、建物に向かってまっすぐ歩く。
建物は意外にも平屋である。と言ってもあれだ。無駄に土地をぜいたくに使った、中庭とかついてるセレブ感満載なやつ。
「悔しいが建物のセンスはいいようだな」
ルチアが望遠鏡を覗きながら、むむむとうなっている。
「将来はあのように広々としたところで子育てをしたいものです」
ニケちゃん、それ独り言のように言ってるけど、俺に聞こえるように計算した小声だよね?
ラボじゃダメなのか……コンパクトにまとまりつつも高機能で、この上なく安全で手入れもいらないという夢の住居なのに。
悩みながらも建物に近づくと、扉が開いて中から二人の男が出てきた。
一人はさっき走っていった門番の男。
もう一人は──見つけた。
名前忘れたけど、ヘビ顔の副クランリーダーだ。
ヘビ顔は神経質そうな顔を険しく歪めている。
こいつが俺たちへの襲撃に一枚噛んでるのは間違いないな。噛んでなかったところでやることは変わらないが。
襲撃を失敗したことはわかっているのだろう。ヘビ顔は口をパクパクさせて、絶対イヤミとか言ってる。首に巻いた包帯について心配してるような様子はまるでない。
というかイヤミ言うためにわざわざ家の外にまで出てくんなよ。
こっちとしては好都合だけどね。
くどくどとなにか言い続けているヘビ顔と、こっそり離れようか悩んでいる門番の二人。
俺は二人に向かってダッシュ! たちまちトップスピードになった勢いそのままに、殴りつけるようにダブルラリアットォ!
唖然とした顔で突っ立っている二人の喉元に、バチーンとはまった。
ぎんもぢいぃぃ! 二人が空中で二回転くらいしたよ!
やっぱりステータスが高いと技が派手になっていいわー。でも地味顔が持っていたスキルとかは使えないので、そこは残念だ。
ぶっ倒れた門番の男は邪魔なので思い切り蹴りを入れたら、建物の壁に頭から突き刺さった。
あとできっとゲイの門番が壁尻として有効活用してくれるだろう。
ヘビ顔は四つんばいで喉を押さえ、咳き込んでいる。その後頭部に、組んだ両手を叩きつけるダブルスレッジハンマーをお見舞いする。
石畳と熱烈なキッス。
興奮したヘビ顔が、鮮血をまき散らす。
どうやら石畳が大好きなようだから、髪を掴んでガツンガツン何度もキスさせてあげる。
鼻とか潰れてぺちゃんこになり、顔の凹凸が少なくなった。蛇界での男前ランクが上がったんじゃないかな?
こいつも高ステータスだし、
うんうん、そうこなくちゃね。
キミには最恐のフィニッシュホールドをプレゼントしてあげよう。
まず対面しているヘビ顔を前屈みにさせる。
その背中側で両腕を掴んで、がっちりロックする。そのまま持ち上げれば、ぐるんと回ってヘビ顔は天地が逆さまに。
そうやって頭上高くまで担ぎ上げた。高ステータスにより、本家よりも高く担ぐことができる。
意識がはっきりしたのか、逆さまのヘビ顔が足をバタつかせる。
これから自分がどうなるかわかったのかな。腕も外そうともがいているが、力の入りづらい体勢だし外れやしない。
怖いか? 怖いだろうねえ。
ま、俺たちとセレーラさん、ついでに子供たちにも手を出そうとした己の不明を恥じるがいいよ。
しばらくそのままで懺悔の時間を与えてあげようかと思ったけど、こいつにあまり時間を使うのももったいない。
では、さよならヘビ顔くん。短い付き合いだったね。
高いVITの効果で、俺が操る地味顔の足はがっしり大地に根を張っている。
その足を基点に、後ろに反らせた体全体を鞭のようにしならせ、ヘビ顔を振り下ろす。
腕をロックしたままなので、ヘビ顔は受け身一つ取れるはずもない。
脳天から垂直に墜落。
石畳を粉砕し、顔の半ばまでめり込んだ。
閑静な住宅地に響いた重く鈍い合体音が、少し遅れて俺本体の耳にまで届く。
大好きな石畳と一つになれた喜びでイッちゃったのかな。天に向けてピンと伸びた足先が、ビクビク震えている。
やがてヘビ顔は脱力して萎れた。
「うわっ、なんだあの技は! 危険すぎる!」
ルチアが望遠鏡を片手に大興奮している。プロレスの魅力が異世界に通用した瞬間である。
「あれは一人の天才が生み出してしまった悪魔の技だ。その名もタイガ◯ドライバー91」
「タイ◯ードライバー91……か。なんて恐ろしい技なんだ」
ほんとにね。あれ食らって死んだ人がいないのが不思議。プロレスラーってすごい。
「腕をこうして……こうして……」
ニケさん、なにをイメトレしてるのかな? 使う気なの? 死んじゃうよ? こいつみたいに。
ヘビ顔を引き抜いてみれば、首は陥没して短くなり、脳天も平らになってしまっている。
顔中の穴や、穴と呼んではいけないところからいろいろ飛び出ちゃってて、間違いなく即死だね。
さあ時間もないしガンガン行こうか。
まだ
そして壁や調度品などに、
出くわした使用人たちは、慌てふためいて建物の外に逃げていった。
クランメンバー以外はなるべく傷つけたくないし、そうしてもらえるのは助かる。
たまに警備中の下っ端メンバーらしいのが出てきて、両手を突き出して静止を訴えてくるが、それは容赦なく蛇顔剣の餌食にした。
伸びたりはしないが、蛇顔剣なかなか使えるじゃないか。
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