4-03 ウソ泣きは驚くほどヘタだった



「狙い撃つ……ストーンブレット」


 冷徹なスナイパーと化したルチアにより、まだ触手も出していないフロートローパーは儚く命を散らした。

 落下するローパーを、ニケが俺の作ったクリアケースで受け止めにいく。


「ニケー、もうわざと転んだりしないようにー」

「……わざとではありませんが、わかりました」


 今回は普通に受け止めたニケが、そのまま〈無限収納〉にしまう。


 あれ以来、ルチアはローパーと対峙すると心を凍らせ、機械のように処理するようになってしまった。

 そしてニケはローパーの真下で転んだりして、体で受け止めるようになってしまった。

 ローパーは二人の心に深い傷を負わせたのだ。


 俺はやさぐれたルチアと、ウソ泣きをするニケを夜ごと慰める日々を送っていたが、それもこれで終わりだ。


「ローパーはこんなもんで十分だなー」

「そうですね、だいぶ貯蔵することができましたから」


 現在四十八階層にいるが、ここまでフロートローパーを見かける度に遠回りしてでも倒してきた。

 というのも、ローパーの素材でステータスが上がったからだ。


 俺たちの〈アップグレード〉は再生治療ができるが、失った部位を新しく作るとなると、そのとき使った素材によってステータスが変動してしまう可能性がある。

 戦力低下を避けるために、できれば良質な素材はストックしておきたい。ローパーは増血剤にもなるし。


 ちなみにローパーの素材ではMPと、地味に重要なDEXが上がった。

 他には鳥の魔物でAGIも上がり、ついに俺たちの成長期が到来した兆しが見える。ここから先、五十階層以降からは力がどんどん伸びていくだろう。

 それはつまり戦いも厳しくなるということだが、行けるところまで突き進むのみだ。


「そうか、終わったのか……うううっ」


 俺の前にひざまずき、癒しを求めてぎゅっと抱き締めてくるルチアをいい子いい子してあげる。

 そんな俺を、戻ってきたニケが容赦なくひっぺがす。


「ああぁ、もうちょっと……」

「ローパーごときがなんだというのですか。情けないですよ、ルクレツィア」


 ローパー狩りが終わったのでウソ泣きを自白するニケに、ルチアが唇を尖らせた。


「そうは言ってもな……生理的な嫌悪感というのはどうしようもないと思うのだが」


 でも俺の股間についてるローパーのことは嫌っているようには……うん、下品過ぎるね。

 でも言っちゃう。


「だが俺のローパーは嫌いじゃないんだろう? うひひ」

「ニケ殿は苦手な物などはないのか?」


 だよねー。相手にしないよねー。

 ローパーのことは嫌いでも、私のローパーのことは嫌いにならないでください!


「特に思い当たりませんね」


 ルチア同様、俺のお下劣発言を澄ました表情で流したニケだが、その言葉には異議あり。


「え? あるじゃん」

「おお! それはなんなのだ、主殿」

「ズバリ、乗り物だ」

「そうなのか?」

「いい加減なことを言わないでください。別に苦手になどしていません」


 ふーん、俺が「乗り物」って言った瞬間ビクッとなったけどね。


「じゃあ逃避行してるとき、馬車とか魔獣馬車に乗ってるとやたら静かだったのは?」

「あれは……私が念話すると、貴方が口に出して喋るからです。他の客が乗っていましたから」

「俺が自動車作ったとき、試乗するの絶対嫌だって言って乗らなかったのは?」

「あんな得体の知れないものに乗りたいと思う方がどうかしています」

「自動車というのはなんだ?」

「ああ、ルチアには見せたことなかったな。馬も魔物もなしで動く馬車だ」

「そんなものがあるのか!? それは面白そうだな」


 うんうん、やっぱりルチアのように目を輝かせるのが普通の反応だよな。


「そういえばリースに来るとき、馬車ではなく走ることをニケ殿が有無を言わさず決めていたな」

「それは単純に走った方が早かったからです」

「なんでニケはそんなに乗り物が嫌いなんだ?」

「ですから違うと言っているでしょう? もう無駄話はおしまいです。さっさと行きますよ」


 話を勝手に切り上げ、ニケはスタスタと歩き出す。


「……間違いなさそうだな」

「だろ?」

「違います!」





 そんなこんなで、四十八階層も半ばを越えた。


「四十九に入ったら、一度セレーラさんに報告しにいくか」

「それがいいだろう。彼女のパーティーはB級で終わったそうだからな……心配もひとしおだろう」


 そうなんだよな……。

 俺たちはスキルが優秀でステータス値的にもゆとりがあるから、今のところ危機らしい危機はない。


 だがこのトリッキーな空間といい、空を飛ぶ魔物といい、通常であれば簡単には攻略できないだろう。壊滅するパーティーが多くても不思議ではない。


「あいつとか結構強かったもんな」


 ちょうど向こうから、土管ダンジョンより白みが強いグレーの毛に覆われた巨大な魔物が、ゆったりと飛んできている。

 周囲の魔物も恐れるように近づかないケージバードという魔物だ。

 フクロウのようにずんぐりむっくりとした鳥形の魔物だが、こいつが奇妙なやつなのだ。


 まずクチバシのような形状のものが顔についているが、これがクチバシではない。というか口がない。

 ではどうやって獲物を補食しているかといえば、まず胸から腹にかけてがパカーンと開く。その胸の中には釣り針のような形の硬い骨が何本か飛び出ていて、それで獲物を引っかける。そして引っかけたら胸を閉じ、そのまま消化液で溶かして吸収するのだ。

 三日前、他の魔物と戦闘中に上空からあいつに急襲されて、なかなか手こずった。


「どうやら仕掛けてくる気はないようですね」


 こちらが見えているだろうが、ケージバードは羽ばたくこともなく無重力の中を漂っている。ニケの言うとおり、戦闘にはならないだろう。

 ルチアはじっと見ていたが、ふとなにかに気づいて呼びかけてきた。


「……なあ、あのケージバードは妙に胸の辺りが膨らんでいるように見えるのだが」


 言われてみればそんな気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。

 土管の中央で、ゆったりと自転しながら飛ぶケージバードをよーく見てみる。


「……胸の中心から人の手が飛び出ていますね」


 ……うん、俺もそんな気がしてる。


「どうする、主殿」


 ルチアがどこかうかがうような表情なのは、助けたいからだろうな。

 でも「もう死んでるんじゃないか?」と思って言ってみたのだが──


「ケージバードを叩いたり、拳を握り締めたりしているのが見受けられます」


 つまり、風の影響とかで動いてるわけではないと。


 ちなみにニケの声色は平常運転だ。俺がどっちを選んでも気にしないのだろう。

 俺は少し考え、結論を出した。


「助けるぞ」

「えっ」

「えっ」

「えっ?」


 なんでそんな意外そうにしてるの? 助けたいんじゃないの? 気にしないんじゃないの?


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