4-35 しょんぼりした



「ねえねえ……やっぱり正面からやることないと思うんだ」


 ルチアを治療したあと俺とニケも甲羅で強化したが、治療がなかったぶんルチアより早く済んだ。

 それでも日が暮れてしまったので、翌日になってからアダマンキャスラーを追いかけたのだが、意外なほど近くにいてしまった。ラボの周りは荒れ果てていたので、こいつはしばらく俺たちを探したのだろう。


 正直言って、ルチアのバーサクが解けるまで見つけたくなかったのに。


「やっぱり打ちどころが悪かったのかな……もっかいアップデートで治療しよっか?」

「だから私は正気だと言っているっ」


 いやいや、イカレてるって。

 あんなのと正面衝突したいとか。


「大丈夫だ、あのステータスを見ただろう?」


 たしかにルチアのステータスを見たときは、目が飛び出るかと思ったけどさ……。


「ほら、ニケちゃんもなにか言ってあげて」

「ルクレツィア……やるからには勝ちなさい」


 そうじゃないよ……止めてよ……。


「ああ、任せろ」


 そう言ってルチアは歯を見せる。

 ハァ……もう止まらんか。


「ったく、死ぬのだけはなしだからな」

「二度負けたら許さないのではなかったか?」

「そんなのはどうでもいいんだよ」


 ニケやルチアを失うくらいだったら、いくらでも負けていいわ。

 人の気も知らないで、二人はなんかうれしそうに笑ってるし。


「ルクレツィア、あちらはもうお待ちかねのようですよ」


 アダマンキャスラーは足を止め、威嚇するように頭を地面に何度も打ちつけている。

 走って潰そうとしても無駄だとわかっているから、待ち構えているのだろう。

 それとも、仕留めたはずのルチアがぴんぴんしてることに驚いているのか?


「そうだな。では行ってくる」


 ニケに抱かれる俺の頭を、昨日みたいにまた一撫でする。

 でも……その手は震えているように感じられた。


「ルチア」

「これは、私があなたの盾であり続けるために必要なことだ」


 バカかな。どうであろうと、お前は俺にはもったいない女だよ。


「……よし、行ってこい!」


 しっかりとうなずき、ルチアが駆け出す。

 今度は真っ直ぐアダマンキャスラーに向かって。

 その背中を見ながら、俺も一応シータを準備しておく。

 

 ルチアがずんずん近づき射程に入る。アダマンキャスラーは頭を高く上げ、そのまま振り下ろす。

 いとも簡単にルチアが避けると、首を引っ込ませて喉を膨らませた。

 いきなり空気砲! 一度食らわせて味をしめたのか?


「もう食らわんっ」


 発射直前、ルチアが選択したのは回避ではなく直進。素早く飛び込み、地面に手をついた。


「ストーンピラー!」


 発射しようと突き出されたアダマンキャスラーの顔の下から、極太の岩の柱がせり出した。

 開こうとした口をアッパーで強引に閉ざされ、でかい顔が跳ね上がる。


 口から超巨大なオナラみたいな音が漏れ響くのと同時に、頭の両横から血しぶきが噴き出す。

 まだ刺さっていたルチアの槍も、それと一緒に飛び出た。


 もしかして……耳の穴か!?

 穴が空いてるなんてまったく気づかなかったが、偶然槍が飛び込んでくれたおかげで命拾いすることができたのか。


 自爆させられたアダマンキャスラーは、本格的にキレたようだ。

 ルチアはすでに下がっているが、頭を振り回して岩の柱を砕く。

 そのまま止まることなく振り続ける。


 イカリの横部分から斜めに地面に突き刺さり、外に土砂を弾き飛ばす。それでも振られる頭が減速することはない。

 右、左と振り続け、頭で無限を示す記号を描きながら歩み始めた。


 触れるもの全てを破壊せんと迫る巨体を前にして、ルチアは腰を落とし、左手の盾を引いて力を蓄える。


 本気でやるのか。

 俺たちともだいぶ距離が近いが……ルチアを信じる。引かずにここで見届けてやる。


 一歩、また一歩と破壊の境界線が近づく。

 そして境界線がルチアを飲み込むその瞬間、左腕とともに上がる掛け声。


 キレ良く。力強く。ルチアらしく。


「バッシュ!」


 ──俺は、天を仰ぎ見た。


 信じがたい光景だった。

 アダマンキャスラーの長い首。それが雲にまで届けと、一直線に伸びきっていた。


 その下でルチアは盾を持つ手を掲げている。

 それは、まさに勝者の姿だ。


 やがて、千切れそうなほど細く張り詰めた首が弛緩した。頭が一度大きく後ろに振られ、ゆっくりと前に落下する。

 俺たちのすぐ前に頭が墜落すると同時に、かつてないほどの揺れが起こる。

 それは頭だけが引き起こしたものではない。


 アダマンキャスラーが、腹を完全に地面についたのだ。

 その足は全て力なく曲がったり、投げ出されている。


「すっ…………スタンです!」


 ニケが驚きに満ちた声とともに俺を離した。

 俺も驚いてアダマンキャスラーの目を見ると、わかりづらいものの、わずかにその眼球が揺れているように思える。

 脳震盪のうしんとうか……!


 これを狙っていたわけではない。

 ただ、バッシュの威力はVIT依存だから、ステータス的に現状では最も攻撃力があるだろうということ。


 そして「どうせなら顔のイカリを破壊して奪って、STRを上げよう」とルチアが言い出したせいで、正面から当たることになったのだ。


 本当は何度もバッシュを当てる予定だったが……一発でいけるなら、その方がいいに決まってる!


「ニケ!」


 タフなこいつが復活する前に早く!

 そう思って呼んだのは空振りに終わる。


 ニケはもう、イカリを蹴って高く跳ねていた。

 雷撃を放ち、右足を出す。


「ミーティアキック」


 バッシュでヒビが入っていたイカリのふちにアーツを撃ち込み、即立ち上がって両腕を引く。下に向けてその手を突き出した。


「衝破」


 ヒビは更に広がるが、まだ砕けない。


「ニケ! どけぇ!」


 アダマンキャスラーの頭に登ったシータでジャンプして、ニケがいた場所に体当たりのような鉄球パンチを食らわす。

 それでもまだ砕けない。


 でもこっちもまだなんだぜ!


「おらあぁ!」


 シータだけじゃなく、俺も頭に登っていたのだ。

 ジャンプしながら金属バットを振り上げる。


「フルっスイングぅう!」


 〈鈍器術1〉のアーツ、フルスイング。

 ついに来たのだ! 俺の時代が!


 イカリに向けて、思いっきり振り下ろす。

 バキーンとイカリが……砕けなかった。あれぇ?


「主殿っ、どいてくれ!」


 その声で慌てて転がり落ちる。キャッチしたニケがバックステップで離れた瞬間──


「バッシュ!」


 飛び降りてきたルチアが右腕に持つ盾で、ついに砕けた。

 それはもちろんイカリ全体からすればわずかだが、俺たちの強化には十分な量だ。


 うん……今日の主役はルチアだからしょうがないね……。


「主殿は鈍器術を覚えたのか! やったじゃないか!」

「驚きました。よかったですね」


 降り立ったルチアと、抱っこしているニケに褒められた。

 俺が仕留めることはできなかったが、悪い気はしない。どや。どやどや。


「ニケ殿のただのパンチくらいは威力があったのではないか?」

「ええ。全力で殴った威力まではいきませんが、普通に殴った程度はありましたね」


 しょぼーん。


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