7-04 その者白き衣をまといて金色のなんちゃらだった



 セラの魔法お披露目をしてから、兵士を蹴散らしつつ正門に向かう廊下を進んだ。

 引きつけるのが目的なので急ぐ必要はない。

 ゆっくり進んでいると、右側からの廊下の合流地点で──


「ストーンブレット・バーストッ!」


 ──飛来する巨大な岩塊。今度はストーンブレットの派生だ。

 岩塊は俺たちに到達する前に弾ける。

 無数の石つぶてが迫るが、ルチアがその前に飛び出した。


「守護者の大盾!」


 完全にシャットアウト。

 淡い緑の障壁が廊下をふさぎ、石の一つも通さない。


「助かりましたわ、ルクレツィアさん」

「いらぬ世話だとはわかっていたが、念のためにな」


 たしかにセラもニケも避ける体勢には入っていたが、ルチアの動きを見てとどまったのだ。

 でもかなり石つぶては範囲が広かったし、避けても掠ったりはしていたかもしれない。


 その魔術を放ったのは、右の廊下の先にいる六人の内の誰かだろう。


「むう、あの大きさと強度……」


 盾を持った男が、ルチアのスキルに驚きの声を漏らしている。

 その男も含め、揃って六人ともが黒い修道服と、紫が多く配色された鎧に身を包んでいた。

 それを見たニケが、フッと笑う。


「釣れましたね」

「あれが、ですのね」


 そのとおり。神奉騎士だ。


 六人の中でも若い男が、前に進み出て腰を落とした。

 怒気で顔を歪め、手には波打った短剣が握られている。


「何者かは知らぬが、よくも神の御座たるやしろけがしてくれたな。その罪……」

「まっ、待て!」


 盾持ちの静止も届かず、短剣持ちは高く跳ねた。

 そのままジグザグに壁を蹴り、俺たちに肉薄する。


「死を以ってあがなえ! シャドウ──」


 空中で短剣を持つ右手を引き、きっとアーツを出そうとしたのだろう。

 でもその前に体が三パーツに分かれてしまったので、よくわからない。

 ニケが飛び上がって迎撃したから。


 首と、こちらに伸ばしていた左手。

 それらが切り離され、胴体とともに俺たちを飛び越えて窓から退出していってしまった。

 下り立ったニケが、剣を払って血を飛ばす。


「いきなり単騎で突撃して大技とは、迂闊うかつすぎるのではありませんか」

「ハロルド……馬鹿者が」


 盾持ちは仲間の死に唇を噛みしめていたが、ついでとばかりに放たれたニケの雷撃をとっさに盾で受けた。

 軽くだったし距離もあったが、難なく防いだというのはやはり油断ならない力を持っていることを感じさせる。

 その盾さばきに、ルチアも感心を隠さない。


「神奉騎士か……突っこんできた者はどうかと思ったが、こちらはさすがだな」

「たぶんあいつはかなり上位の騎士だ。なんとなく見覚えがある気がする」


 そしてあちらも警戒心を露わにしている。


「気を引き締めろ。あの侵入者ども、並ではない」


 あちらはまだ五人残っているが、どうなんだろ?

 俺は自分たちの強さがどの程度なのか今ひとつわかってないのだが、戦っても負けるようなことはないと思う。

 でもここでケガをしてもつまらない。目的はこいつらではないのだ。なので向こうにつき合い遠距離攻撃で牽制しあうことにした。


 俺も抱っこされながら手持ち魔導砲を撃ったりしていると、俺たちが通ってきた廊下の方からも神奉騎士が現れた。

 援軍を待つのが向こうの目論見だったのかもしれないが、こっちとしてもありがたい。


「ふむ、もう十分かな」

「そうですね。攻勢に出てこられる前に引きましょう」


 うなずきあった俺たちは、正門方向へ一目散に駆けだす。

 置き土産を残して。


「くっ、ルイスたちはそのまま追え! 我々は回り込んで──」


 盾持ちの指示は、俺たちが角を曲がったところで途切れた。

 ──鳴り響いた轟音によって。

 等級の高い無属性魔石爆弾二つ置いてきたから、あの辺りは完全に崩壊しただろう。ルイスくんたち無事だといいね。


 敵さんが大混乱しているあいだに俺たちは進み、適当な部屋の周囲の兵を片づけて中に飛び込んだ。

 ラボに入るわずかな時間だけ人目に触れなければいい。転移してビチスを殺しに行くのだ。


 しかし、その部屋には先客がいた。


「ななっなんだ! 一体なにが起こっている! おいっ…………おっ!? お前たちはなんだ!?」


 この部屋は資料室のようで、六人がけほどの大きな机があった。

 その下で僧が一人震えていたのだ。

 初めは兵士が来たと思ったのだろうが、俺たちの格好を見てそうではないと気づいたようだ。怖い面頰めんぽおつけてるし。


 その僧が着ているのは白ベースに緑の修道服。

 使用人とかなら逃がしてやってもよかったが、こいつは上位の僧なので手っ取り早く始末してしまおう。

 ニケもそのつもりのようで、僧が潜っている机を蹴り飛ばした。


「ひっ、ひいいいぃぃぃ!」


 悲鳴が上がり──そこに俺は『金』を見た。


「待てニケ!」


 間一髪。僧の首もとでピタリと剣が止まった。


 俺が止めたことにみんな首をかしげているが、説明している時間はない。

 ラボの玄関ドアを出し、ルチアに頼んでその僧も中に引きずり込んだ。ニケは絶対触るの嫌がるから。


 男相手だと返り血一つ浴びないように戦ってたりするし、ちょっとくらい触ることができるように訓練したほうがいいのかなあ……などと考えつつ、兵士たちが部屋に入ってくる前にラボを消した。


「この者を知っているのですか?」

「たぶんな」


 答え合わせはすぐにできた。

 初めは玄関で俺たちに囲まれたおっさんは、パニック状態でただ怯えていた。腰が抜けたように座り込み、助けて助けてと命乞いをするばかりだった。

 しかし俺たちが動かずに黙っていると少し余裕が出たのか、驚きとともに辺りを見回した。


「こ、ここはっ!? そんな……このスキルはあの者の!」


 やっぱりそうか。ここに入ったことがあるヤツはそう多くない。

 なによりその十本近い『金歯』。

 こいつは俺がこの世界に来たときに、スキル検証につき合せたおっさんだ。

 そしてそのときだけではなく、何度か顔を合わせている。


「こいつは俺たち勇者の管理責任者だったんだよ」


 もっとも初めのころ俺をぞんざいに扱っていたからか、俺がこの国で地位を上げてからはそんなに会ってはいないんだけど。


「そうでしたの。ではミサオさんのこともこの方が知っていますのね」


 あまり余裕はないが、こいつから聞き出すことに時間を割くのは十分に価値があるだろう。


「お、俺たち勇者……? 一体なにを……」

「どうもどうも、お久しぶりですね。覚えてますか? 橘真一です。ちょっと若返っちゃいましたけど」

「なっ……貴様がだと!? 若返った!? そんな馬鹿なことあるはずが!」


 面頬を外して挨拶してみたが、到底信じられないようだ。どうでもいいけど。


「ま、信じようが信じまいが好きにすればいいんですが、僕たちがあなたの敵であるのはわかりますよね? あなたがどういう状況に置かれているのかも」


 内側からは誰でも玄関ドアを開けられるので、ルチアがドアの前に立ちふさがっている。

 そのドアの向こうでは兵士たちが部屋の中を探し回っているが、当然見つけることなどできずに右往左往するばかりだ。


「助けを呼んでも聞こえませんからね。死にたくなければ、こちらの質問に正直に答えてください」


 ラボの機能を知っているおっさんは、青い顔でうなだれた。


 そうして美紗緒の消息を知ることができたのだが……彼女は生きてはいたが、すでに聖国にはいなかった。

 剣聖とはたもとを分かち、この国も捨て、今では他の幾人かの勇者と共に大森林の獣人たちにくみしているそうだ。


 剣聖が一度捕えに向かったものの、失敗して戻ってきたらしい。再び向かったので剣聖も今はここにはいない──とのことである。


 うーん、なんとも面倒なことになってるな……美紗緒がここで敵として出てこなくて良かったのか悪かったのか。

 とりあえず俺が裸で捨ててきたダンジョンで死んだとかじゃないのは、まあ良かったかな。


 次に、ビチスが今どこにいるか聞いたところ──


「死んだ? ビチスが?」


 ──いるのはあの世だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る