7-09 大きければいいというわけじゃないらしかった……



「はっ、マジで俺とやろうってのかよ。誰にケンカ売ってるのかわかってんのか? つうか……」


 ルチアを上から下まで眺め、剣聖は舌なめずりしそうなほど顔をニヤけさせた。

 それにしてもあいつあんな顔だったっけ? あそこまでアゴのラインとか丸くなかった気がするんだけど。


「どうせならベッドの上で勝負しようぜ。あっちの二人もクソいい女だし、まとめてメチャクチャ悦ばしてやるからよぉ」


 鼻を伸ばしてニケとセラにも目を向ける剣聖。

 だが返ってきたのは、熱量ゼロのニケの言葉だった。


「女一人悦ばせることもできないくせに、よく言うものです」

「……あんだと?」


 剣聖はスゴんでいるが、俺もニケに賛同せざるを得ない。


「うむうむ、あいつの神剣カッコ笑いじゃあな」

「おいガキっ、テメェなんで……それを、どうして知って!」


 俺が昔お腹に書いたメッセージを思い出したのか、顔が引きつった。

 しかしそばにいた騎士を殴り殺したニケは、剣聖に構わず首を振った。


「言っておきますが、持ち物の大小などというくだらない話をしているわけではありません。誰かさんは大きければいいと思っているようですが、そもそも持ち物の大きさなど些細な問題にすぎません……たぶん」


 なっ……なんやて!? 大きいほうがいいんちゃうの!?


「そうなのセラちゃん!?」

「しっ、知りませんわ! でも……たぶん」


 なんてことだ……。

 あまりのショックに気が遠くなる中、騎士を蹴り殺したニケが、ビシッと剣聖を指差した。


「ですが女に対する奉仕の精神も探究心もまるでなく、自分の快楽だけを求めて腰を振るような者に、女を悦ばせることができるとは思わないことです」


 な、なるほど……でもそれなら自信があるな。

 俺は自分より三人が悦んでる姿を見るほうが楽しいし、いつだって女性の神秘を解き明かす求道者でありたいと思っている。

 きっとこれは大きさにおごることなく、今のまま迷わず行けよ行けばわかるさというニケのメッセージなのだ。頑張って励みますニケさん!


「てっ、テメェなにも知らねぇくせに、なにを言ってやがる!」


 ニケがそばで見ていたことを知らない剣聖は反論するが、美紗緒も「あの女の人の言うとおり」とうなずいていた。

 あと、剣聖ハーレムもこっそりうなずいてた。


「……いったいなんの話をしているのだ。もういいから始めないか」


 気の抜けたルチアが、突きつけていた剣をダラリとさせる。

 分が悪い状況になっていた剣聖は、これ幸いとルチアに向き直った。


「しっ、仕方ねえ、ベッドじゃなくてたっぷりここで可愛がってやるよ。おい、お前らは手を出すんじゃ……」


 ルチアをいたぶって鬱憤を晴らす気満々で、嗜虐的に笑いながら女や騎士たちに顔を向ける。


 しかし次の瞬間、お手本のような二度見をした。

 ギョロッとむき出した目で見たのは──ルチアの手に握られている剣。

 どうやらその形状に、いまさらになって気づいたようだ。

 そして表情は一転。眉間に深いシワを寄せ、頬をひくつかせる。


「お、おいっ! その剣……なんでテメェがその剣を、神剣を持ってやがる! それはあの野郎がっ」


 ルチアの剣は、元神剣ニケ監修のもとで作られた神剣レプリカである。それをすっかり神剣だと思い込んだようだ。

 俺のことでも探しているのかあちこちに目を走らせる剣聖に、ルチアが首を振った。


「違うぞ。これは私のシュバリエールだ」

「っざけんな! それは俺のシュバルニケーンだろうが! ──ぐあっ!?」


 突然横から飛んできた騎士に巻き込まれ、剣聖が転げた。

 もちろん騎士を蹴り飛ばしたのはニケだ。たぶん『俺の』とか言われて、イラッとしたのだろう。


「クソッ、ジャマだオメェ……っ!?」


 背中にのしかかる騎士を押しのけて立ち上がろうとしたところで、剣聖がギクリと固まった。

 その目に、右足を振りかぶるルチアを捉えて。


 よける間もなくサッカーボールのように腹を蹴られた剣聖は、グエッとカエルみたいに鳴いてノーバウンドで木に激突。

 戦うのを楽しみにしてたわりに、ルチアもなかなか容赦のない先制攻撃をする。


 でもそこまで思い切り蹴ってはいないので、ダメージは大きくない……と思ったけど、意外と効いてそう?

 慌てて立ち上がりはしたが、苦しそうに腹を押さえてむせている。


「ゲホッ、ゲホッゲホッ……てっ、テメェ……」

「すまないな、つい足が出た」


 俺からだと角度的にルチアの顔は見えないが、詫びたその声はまるで悪びれていない。むしろ挑発的にすら聞こえる。


「クッソ、ゲホッ、なにが正々堂々だ……セコい不意打ちしやがって」

「お前が私の主にしてきたことを思えば、可愛いものだろう?」


 なるほど、そういうこと考えてたら、蹴っとこうってなったのかな。

 武人ルチアより恋人ルチアが勝ったみたいで、なんかうれしい。


「あぁ? フーッ……わけわかんねぇこと言ってんじゃねえ! んなことより、その剣をどうやって手に入れた! 返しやがれ!」


 呼吸を整えた剣聖が、ルチアのシュバリエールを指差す。

 とはいえ威勢がいいのは口調だけで、蹴られたときに剣を落として丸腰だから少し腰が引けている。そしてそろりとマジックバッグに手を回した剣聖は、予備の剣でも出そうとしていたのかもしれない。

 しかしその前に、ルチアが落ちている剣を拾い上げた。


「このシュバリエールは私が主から拝領した剣だ。お前などにはやれん。こっちは返してやるがな」


 拾った剣をルチアが軽く投げると、剣聖の足もとに突き立った。

 優しいルチアに感謝もせずに、苦々しい表情で剣聖は剣を掴む。


「くっ、舐めやがって……拝領だと? まさか主ってのはあのザコ野郎のことか? アイツはどこにいる!」

「さあな。私に勝てれば教えてやってもいいぞ」


 ……やっぱり武人ルチアのほうが強いかもしれない!? 恋人おれの情報をエサにして己の闘争欲を満たそうとするのはどうなんでしょうか!


「俺が勝てねえとでも思ってんのかよ、マジで舐めてんな……いいぜ、格の違いってやつを思い知らせてやるよ!」


 こめかみに青筋を走らせた剣聖が一直線に飛びかかり、ここに戦いの火蓋が切られた……ようやく。

 すでにニケは適当に七、八人の騎士を倒しているのだが。


 いずれにせよ、ルチアに乗せられた剣聖も本気モードだ。

 激闘の予感に、俺はとりあえず甘納豆を取り出した。昼飯まだだし、腹にたまらない軽めの観戦おやつにしようね。


「セラも食べるー?」

「もう、こんなときに……いただきますわ」


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