6-06 もちろんボタンつけは俺の仕事だった



「リリス殿!?」

「なぜ居る……」


 当然の疑問を投げかけると、ソファーに座るリリスはキョトンとしている。


「あれ? 言ったじゃないか、旅に出る前に顔を出すって」

「そういうことじゃねえよ!」

「リリス、一体どうやって入ったのですか」


 由々しき事態である。

 少なくとも玄関ドアを消していれば、ラボは完全無欠の防衛能力を有していると信じていた。

 それがまさか、侵入者を許すなんて。


「そういえば言ってなかったっけ。実はボクのスキル〈虹色水晶〉が持つ能力の中に、転移能力があったんだ」

「そんな力まであるのですか」

「事前準備が必須だから、本当の転移系スキルほど便利ではないけど」


 それでも能力の一つとして転移が使えるなんて、破格の性能だ。

 さすが元神様のスキルということか……って事前準備?


「待て、じゃあここに転移できるように、なにか仕込んであったのか!?」

「旅の前に顔を出すためにね」

「言っとけ……」

「ごめんね、すっかり忘れていたよ。たぶんこの前は、浮かれてたんだと思う」


 そう言われると悪い気はしないが……意外とリリスはマイペースなんだよなあ。


 もっともあのときは人になったばかりで、やれることとか刺激とかが大増量したばかりだった。

 そういったものに押し流されて忘れても仕方なかったかもしれない。


 頭をかいていると、難しい顔をして話を聞いていた安全保障担当ルチアが口を開いた。


「まずは無事なようでよかった。しかしリリス殿、転移スキルなどであれば、ここに直接入ることができるのか? そうであれば大問題なのだが」

「いや、本来であれば勝手に入るなんて不可能なはずだよ。でも今のこの空間には、穴があるからね」

「穴ぁ? なんだそれ? そんなの空いてるのかよ」

「うん。だけどそれは外から探して見つけるのはまず無理だし、中からでも普通は見つけられないかな。だから安心していいと思うよ」

「お前が勝手に入れるのが、一番安心できないんだけど!?」


 現在俺が知る中では、リリスこそが最大の脅威となりえる存在なのだから。


 その脅威(仮)は、不服そうに形の良い唇をかわいらしく尖らせている。

 さほど感情表現が大きくないリリスだが、ニケよりはわかりやすい。


「だからボクはキミたちや他の誰に対しても、敵対するつもりなんてないって」

「今は、だろ? ハァ…………まあいいか。もうどうせなら、定期的に帰ってこいよ」


 ニケとルチアも賛同のようでうなずいている。


「その方がいいかも知れませんね。都度近況を聞いた方が、変化もわかりやすいですし」

「そうだな。なにより心配だしな」


 軽く戸惑いを見せたリリスだったが、少しして歯を見せた。


「ふふっ、帰る、か……わかったよ。じゃあそうさせてもらおうかな。ボクのステータスなら、かなり遠くにいても飛べるだろうから」

「おう、そんときは卵料理作ってやる」

「それはうれしいね」

「今日も出発するには遅いし泊まってくだろ? 出立祝いとして、パーッと豪勢にいくかー」


 リリスだけでなく、ニケとルチアもうれしそうに笑っている。これは俺も腕によりをかけて作らなければ。


「じゃあ飯できるまで飲んで待ってていいぞ」

「ではお言葉に甘えて、また良いワインでも開けましょうか」


 ニケが無限収納からワインを取り出す。

 それを見て小さく拍手をして喜んでいたルチアだが、突如として真顔になった。

 そして手を突き出して開けるのを止めた。


「ちょっと待った! あまり酔うわけにはいかないし、今開けるのはやめておこう。大事なことをまだ聞いていないからな」

「大事なことって?」

「水晶ダンジョンのことだ……私も危うく忘れるところだったが」

「あー……そういえば」

「そうでしたね……」


 無断侵入のショックで、すっかり忘れてた。


「では今日はやめておきましょうか」


 そう言ってニケがワインをしまおうとしたが、ルチアの突き出された手はまだ引っ込まなかった。


「……食事のときに少し飲むだけなら問題ないのではないだろうか」




 ちなみにラボの穴については、リリスに詳しく教えてもらえなかった。

 絶対大丈夫だから心配するなとのことだが……ふさがれたら帰ってこれなくなって、卵料理食べられなくなるからではないかと思っている。

 もうリリスの変化を待つより、づけでなびかせるほうが早い気がしてきた……。






「それでリリス殿、なにか差し支えがあったのか? 水晶ダンジョンを消さなければ、リリス殿が外に出られなかったとか」

「いや、そんなことはないよ。たまに戻りさえすれば、なにも問題なく稼働させていられたと思う」


 夕飯を食べ終わり、リビングで話を聞くことになった。

 テーブルに置かれた俺以外のコップには、濃い紅茶と混ぜ合わせたホットワインがつがれている。食事のときの一杯だけというのも寂しいだろうし、作ってあげてみた。


 ちなみに俺はニケの膝の上で後ろから抱きしめられているのだが、シャツのボタンがないせいで後頭部の挟まれ感が著しい。

 ルチアに負けじと張り切って胸を張り、三つも飛ばした圧巻のオッパワーはさすがである。だが、ボタンをつけ直すのを誰がやると思ってるんだろうか。


 取りあえず今は、リリスの話を聞きつつ堪能するけど。


「では人になったせいで水晶ダンジョンを消したわけではないのですか?」

「うん、違うよ。それは本当に最後の一押し。人にならなくても、遅かれ早かれ消していたと思う」

「だったらなんでなんだ?」


 問いかけた俺を、アメジストの瞳がまっすぐ捉えた。


「キミが教えてくれたからだよ」

「俺が? なにを?」


 リリスが浮かべたのは、吹っ切れたような笑み。


「あの迷宮は、人を甘やかして歩みを鈍らせてしまうような『足かせ』、なんだろう?」


 ……そんなこと言ったっけ?


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