1-07 逃げた 2
今の具体的な現在地は、帝国の東部地方の中央寄りにある街の近郊である。
この二ヶ月間、俺は一切人里に立ち寄らなかった。俺の足取りはユージル南端の街で完全に途絶えているはずだ。
こんなこと通常は無理だろうが、俺には〈
『私は食料備蓄庫ではありませんが』
とは本人の談だが、俺は食料備蓄庫などとは思っていない。彼女は戦闘用食料備蓄庫なのだ。ただの食料備蓄庫と一緒にしてもらっては困る。
まあ実際ケーンの能力がなければ、ここまでスムーズにことは運ばなかっただろうというのは想像に難くない。
何よりも、道中で喋る相手がいるということが心の支えになっている。
「愛してるよケーン」
『突然なんですか気持ち悪い』
「クンカクンカペロペロしたいくらい愛してるよ」
『本当に気持ち悪いのですが……』
この通りすっかり仲良しさんなのだ。
「そんなことより見たまえケーンくん、この景色を!」
この地方は帝国の食料庫と呼ばれる、ケーンのライバルである。戦闘用でないのでケーンの勝ちだが。
ババーンと腕を広げる俺がいる街道の周囲には、小麦畑が見渡す限り広がっている。まさに刈り入れ時であり、金色の絨毯が波打つ様は圧巻の一言に尽きる。
刈り入れしてるおっちゃんの目が不審者を見る目でも気にならない。
『……貴方はなぜ念話を使わないのですか。行く先々で不審者扱いされていましたが』
なんと……そこのおっちゃんだけではなかったのか。
「俺には口があるからだよケーンくん。そしてどこにでも行ける足もある。君とは違うのだ、君とは。ふふふ」
『はいはい、そうですね』
「でも見えてはいるんだろ? この景色、美しいとは思わない?」
『理解しかねます。私には目もありませんので』
「ん? 見えてないの?」
『上手く言えないのですが……ただ色や形状を感知している、と言えばいいでしょうか。物体が存在していることはわかりますが、人とは見え方がまるで違うかと』
コンピューターが0と一の二進法で色々計算したりしているのに近い感じだろうか? そうだとすると味気ないな。
「うーん、よくわからんが残念だな、こんな綺麗なのに。見てみたいと思ったりはしないの?」
『私は一振りの剣に過ぎません。無意味な問いです』
その夜、いっぱいクンカクンカペロペロしてみたら、三日間口を利いてくれなくなった。
帝国の中部に入ってからは、そろそろ大丈夫だと判断して魔獣馬車で移動することにした。必要以上に無理して歩いて膝とか壊したくない。
そして色々買い込みつつ広い広い帝国を横断し、西にあるマリアルシア王国に入った。
南西にはまだ他の国が存在する。だが、もういいんじゃないかと思う。移動も飽きたし。
つまり、この初代女王の名前がマリアなのかルシアなのかわからない国で、逃避行は終わり。
苦節五ヶ月。
俺は安住の地に辿り着いた。
街にそれなりに近く、人がほとんど来ない荒れ野に居を構えることにした。もちろんラボなんだけど。
まだ街にがっつり住み着く気はない。俺は疲れ果てているのだ。
「ということで、錬金しようと思います」
『三日前ここに来て、二年くらい何もせずにゴロゴロして過ごす、と言っていたと記憶しています』
「だって暇なんだもの……」
『そうですか、好きにしてください』
相変わらずクールなあん畜生である。でもそこが素敵。
早く私を譲渡する相手を探してください、とか言われなくてよかった。忘れているのかもしれない。脳味噌とかないし。少なくとも俺から言い出す気はない。
で、色々作ることにした。
素材なら腐るほど確保してある。とくに帝国では、さすがでかい国だけあり珍しいものがいっぱいあって買い込んだ。ケーンに怒られるくらい買い込んだ。米も北方から流れてきていたので、各街で買い占めた。
まずは今後を考え俺の武器として魔導砲とか作ろうとしたが、事故ってひどい目にあった。やめた。
体力を回復する『スタミナポーション』なんてのもできた。これがあれば、あの時ワーウルフに見つかるようなヘマは犯さなかったろうに。おかげでケーンに助けてもらえたのだが。
そしてこれまで移動で大変な思いをしてきたので、車を作ることにした。錬金術は金属の加工までできるのだ。ただMPの都合上、普通は大きいものは無理である。俺はできるけど。
一応それっぽいものが完成はしたが、質のいい魔石を大量に使用するので、気軽には運用できそうにない。
そうこうしているうちに錬金術のスキルレベルが、ついに八になった。
そのおかげで、俺が一番作りたかったものを作れるようになった。それまでは素材を色々組み合わせて作るぞと念じても、ラボの直感補助機能が全く働かなかった。スキルレベルが足りなかったせいだ。
『錬金術の技能階位が八ですか……世界中探しても、他に存在するか疑わしいですね。素直に称賛します』
「いい子いい子してもいいのよ? あっ、手なかったね」
『そうですね残念ですそれで何を作りたいのですか?』
「おざなりぃ……まあいいでしょう。ワタクシが目指すもの、それは、ホムンクルス、でっす!」
俺が力強く言い放っても、ケーンはふーんって感じでゾクゾクしちゃう。
『ホムンクルスですか……遥かな昔に存在を噂で聞いたことがある程度で、実物は見たことがありませんね』
「
『はい』
魔導人形とは魔術やらからくりやらで動くという、定義的に幅広い人の形をしたなにかである。基本的な動力源を魔石とし、命令によって動くが自律行動はとらない。
ホムンクルスはそんなものではない。自分で考え自分で動く、言わば一つの生命なのだ! 見たことないけど多分、きっと。
『ホムンクルスなど作ることができるのですか?』
「いや、無理」
ケーンは静まり返った。
「だ、だってだって目指してみたいじゃん! 錬金術って言ったらホムンクルスとエリクサー……ここだとエリクシルだっけ? その二つが花形でしょ! っていうかぶっちゃけ自分好みの女性を
『文句はないですし、そもそも何も言っていません。純粋に、作れもしないのに何を言っているのだろうこの唐変木は、と思っただけです。というか作ったところで本当に傅くのですか、貴方に』
「それは盲点だった……ていうか言い方! それだと、貴方なんかに傅くのですか? って聞こえちゃうよ?」
『そう言ったつもりですが』
「やったね正解! うわーん!」
最近うちのケーンちゃんは反抗期なのです。
「えー、た、確かにホムンクルスは作れません。ですが、ホムンクルスの
俺はバンバンと机を叩く。机に乗っているケーンは迷惑そうにしている。雰囲気でわかるのだ。
だから机を揺すってみたり、傾けてケーンを滑らせて遊んでみる。
『やめなさい! ハァ……そんなことをしてなんの意味があるのですか』
「ケーンが困ってて楽しい」
『何が楽しいかわかりませんが、そうではなくホムンクルスです。中身のない入れ物だけを作るということでしょう? その意義を問うているのです』
「目で愛でるため……ププッ」
『貴方は本当におめでたい頭をしてますね……プププッ』
やっぱり二人は仲良しなのである。
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