7-14 二転三転本決まりだった
俺のショタホッペを堪能しつつ、セラは俺の耳に顔を寄せた。
「今は別れたとはいえ、ミサオさんは剣聖と深い仲だったのですわよ。それを目の前で殺しては、今後の関係に差し障りませんかしら」
「むむ、なるほど……一理あるかもしれない」
もちろん美紗緒の態度次第ではあるが、やはり美紗緒を日本に連れ帰り、晴彦さんを喜ばせて母さんと千冬が喜んでくれるのが理想的な結果だ。
しかし剣聖を殺せば、とてもではないが健全な関係とは言い難くなる。
俺自身はどうでもいいが、美紗緒にとって母さんや千冬が、元恋人を殺した男の母親と妹という評価になってしまうわけなのだから。
チラッと見てみれば、美紗緒は顔を伏せて剣聖から目を背けている。
今は剣聖にどんな想いを持っているのかわからないが、剣聖が殺されるのを見たくないという思いはあるのだろう。このまま殺してしまえば、俺たちとのあいだにわだかまりができる可能性があるか。
だけどなあ……。
どうしようか悩んでいるあいだにも、地面で息止めチャレンジしている剣聖の反応は薄くなってきている。もがく手足には、力が入っていない。
それを見かねたのか、セラがまたささやく。
「もしかして、私のときのことを気にしていますの?」
気にしてないはずがない。結果論でしかないが、あのときトゥバイを殺していればと思ったことは一度や二度じゃない。
「であれば責任を感じてしまいますわね」
「別にセラのせいじゃ」
「だったらお忘れなさいませ、そんなつまらないこと」
「つまらなくはないぞ。俺の大切なセラが傷つけられたんだから」
「も、もうっ、そういうことではなくて、過去の失敗を変に引きずって判断を誤らないようにということですわ」
なんだか体をくねらせていたセラだったが、やがて止まった。
「もちろんあなたがあれを嫌いなのもわかっていますわ。ですがそれらを飲みこむ度量を持っていることを、私に見せてくれてもいいのですわよ?」
言い方は挑発的にも聞こえるが……たぶんセラは、俺の背中を押しているのだ。見逃す理由に自分を使え、と。
まったく……そこまで言われてしまえば、応えないわけにはいかないか。
心を決め、俺は泰秀たちに言葉を投げかけた。
「泰秀くん、みなさん、僕の心優しい婚約者に感謝してくださいね。彼女が、無用な殺生で同郷人のみなさんを悲しませるべきではないと言うので」
とりあえず、なるべく美紗緒に恩に着せとこう。
「そっ、それじゃあ」
泰秀にうなずいてやると、安心したように顔を綻ばせた。お前を喜ばせるためじゃないんだけどな。
「はい。みなさんがそこまで言うのであれば、見逃してあげることにします。僕もこの彼女と違って鬼ではないですし」
「心優しいの、鬼なの、どっちなの」
セラにほっぺを痛いくらいに潰されつつ、美紗緒に冷静にツッコまれた。
……なんか剣聖殺しても、あいつあんま気にしないんじゃないかって気がしてきたんだけど。まあいいか。
「ひゃあニケ、離しへやっへ」
「ですがっ」
「ニケさん、どうせそれは何者にも成りませんわ。むしろ生きていたほうが、あちらに不協和音を生んでくれるのではないかしら」
「それはそうかもしれませんが……ハァ、わかりました」
イヤイヤながらも、ニケはブーツのカカトに鎧を引っかけるようにして剣聖を引っこ抜いた。
仰向けに転がされ、しばらくのあいだ咳き込み荒い息を吐いていた剣聖は、状況を飲み込めていないようだ。怯えたように視線をあちこちに巡らせている。
「剣聖様、命拾いしましたね。いいフンを……オトモダチを持ってよかったですねえ」
「なっ、なにが」
「見逃してあげると言ってるんですよ。さっさと消えてください」
その瞬間、土まみれの顔に浮かんだのは──まぎれもない安堵。
憎い俺を前にしているにも関わらず。
ま、そんなもんか。きっと俺だって殺されかければ、怒りより恐怖が先に立つだろう。
それを俺に見抜かれたことに気づいたのか、剣聖はハッとして怒りの表情に切り替えた。
それは精一杯の強がりだったのかもしれないが……ことさらに歯を剥き出し、剣聖がなにかつぶやく。
「……してやる」
「はい?」
聞き返してみれば、こともあろうか──
「殺してやる、いつか絶対っ……テメェも、テメェの女もっ」
と、口走った。口走ってしまった。
あまりのことにポカンと口を開けてしまっていると、調子に乗ってさらにほざいた。
「女はテメェの前で犯して殺してやる。テメェの全部をぶっ壊してやる。俺を見逃したこと、ぜってぇ後悔させてやる」
あー、ダメだ。
これはダメだ。
たまらずぷぷっと吹き出したのはニケ。
「すごいですね。期待に違わぬ、いえ、それ以上の愚かしさ……感心すらします」
「そこまで甘い相手ではないというのがわからないのか……」
ルチアも驚きと呆れが混ざった半笑いだった。
「セラ、無理だ」
「ハァ……これはもうどうにもなりませんわね」
「降ろして。自分でやるから」
「はい」
こちらもまた呆れていたセラから降りた俺は、ぴょーんぴょーんと跳ねて一直線に。
仰向けで体を起こしていた剣聖のヒザを踏み台にしてからの……シャイニングウィザードぉ!
「ブごぉっ!?」
完璧っ。
剣聖の顔面に、狙い澄ました俺のヒザが突き刺さった。
後頭部を地面に叩きつけるようにして大の字になった剣聖の潰れた鼻が、鮮血をまき散らす。
さらには折れた二、三本の前歯が宙を舞い、近くにいたニケに短い悲鳴を上げさせて飛びのかせた。男の歯恐怖症にでもなってしまったのかもしれない。おのれ金歯のおっさんめ。
しかし俺のステータスでも攻撃が通るのはよかったけど、かなり俺も痛かった……でも強い子だから泣かない。
「アぁ……? あばァ?」
朦朧とした意識の中で、剣聖は攻撃されたことを不思議がっているようだ。その顔をのぞきこむ。
「ダメじゃないですかー、あんなこと言ったら」
「だ……め?」
暴れられても困るので、追従させてきたシータで拘束しておく。
まだ目の焦点が定まっていない剣聖の脚を掴み、シータの脚を絡ませたりしてからうつ伏せにさせる。そして片方の足首を脇に挟んだシータが剣聖のお尻に腰を降ろせば、剣聖は足がキマった状態でシャチホコに。
サソリ固めの完成である。
ニケやルチアだけでなく、セラも過程を興味深そうに見ていた。
今日の夜
「剣聖様、見逃してあげるっていったらあれですよ。今後隣の街にぐうぜん居合わせたくらいじゃ殺しに行かないであげるので、同じ街には滞在しないように注意して、怯えながら生きてくださいね、くらいの意味に決まってるじゃないですか。そんなの世界の常識でしょう。なぜわからないんですかね」
「な、ん……」
「それを言うにこと欠いて復讐してやる、ですか? しかも僕だけならまだしも三人まで殺すなんて言われたら、もう僕はこうするしかありません」
見逃してもらえるならなにを言ってもいいなどと考えるのは、大きな間違いである。
その代償を支払わせるべく、俺がマジックバッグからパンパカパーンと取り出したのは、久々のトゲトゲバット。
「撲・殺・ですっ」
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