7-15 千ヤードはかっ飛ばせるはずだった
「たっ、橘くん!」
剣聖を終わらせるトゲトゲバットの黒光りする勇姿を目にして、泰秀が泡を食っている。
ちなみにバットが黒いのは塗装しているからであって、中身はいまだミスリルである。
俺がオリハルコンとかの良い素材の武器を持っても、宝の持ち腐れだと思うのだ。狙われて奪われてもイヤだし。
「無理ですよ、もう。あなたたちだってわかるでしょ」
ここは誰かが助けてくれて、誰かが裁いてくれる国の中、街の中じゃない。自分や大切な人の身は、自分の手で守らなきゃならない。
そんな場所で、セラたち三人も含めて絶対殺すと脅されたのだ。
発言の内容こそ三下の捨て台詞だが、発言したヤツの力は一級品なのだ。看過するなど、決してできない。
初めから力に恵まれ、聖国にずっと守られてきた剣聖だけはわかっていないのだろうが。こいつはまだ日本にでもいるつもりなのかもしれない。
「それは……物の弾みで」
「本心だろうが違おうが関係ないです。こんな場所であんなことを口に出した、それが全てです。一家の主として、こいつを見逃すことはできません。そんなことをすれば、僕が彼女たちにそっぽ向かれてしまいます」
そう思って振り向いてみたが、どうやら大丈夫らしい。三人とも笑いながら小さく首を振っていた。よかった。
だからといって、剣聖は見逃さないが。
「どうしても止めたければ力づくでどうぞ。そのときはあなたを殺してからこいつを殺します」
もうなにがあろうと、俺の意志が
それを理解したか、泰秀は顔をクシャクシャにして天を仰いだ。
……泰秀は俺にとっては腹立つヤツである。
だが剣聖は、こいつの存在をありがたく思うべきだろう。そして決別する前に、こいつの言葉にちゃんと耳を傾けるべきだったんだろうな。
別にうらやましいわけではないが……なんとなく千冬のお守りのことが頭に浮かんでしまった。
「……ということで剣聖様。殺しますね」
頭を切り替えて宣言すると、シータにシャチホコさせられている剣聖は、青ざめた顔で唇を震わせていた。
しかし意外にも暴れることはなく、そればかりか
「い、いいぜ……やれよ。こんな世界、飽き飽きしてたんだ」
ウソつくな。さっきまで自分が最強だと思って、めちゃくちゃエンジョイしてたじゃねえか。
だが今回は、ただの強がりとは少し違うようだ。歯抜け顔でニヤリと笑う。
「でもなあ、覚えとけよ……日本に戻ったらただじゃ済まさねえからな」
うん? こいつ、なにを言ってるんだ?
俺たちが日本に戻れることを知っているはずはないし、口振りからしてもまるで自分が戻れるとでも思っているようだ。
お前はここで殺されるんだけど、イカれちゃったのかな?
わけがわからず首をひねっていると、哀れみを多分に含んだ美紗緒の声が投げかけられた。
「あなたはまだそんなこと言ってるの……死んだって、日本に戻れるわけないのに」
ん〜…………ああ! 思い出した!
そういえば聖国では異世界召喚って、死んだら召喚された場所に、時間に戻れるとか、そんな設定だったな。
……えっ、待って。
「あの、まさか剣聖様はそれ信じてらっしゃる?」
「はっ、俺にはオメェらがなにを疑ってるのかわからねぇな。召喚陣はカミサマが作ったんだぞ」
ぴゅっ…………ピュアぁ。初めて剣聖のことをかわいく思ったよ。
「ぷふっ、ぷくくっ………ねっ、ねえセラちゃん。ラボからなんか雑誌持ってきて」
──あまりにかわいいので、その幻想をコナゴナにしたくなっちゃった。
「もう……いけずな人ですわね」
出しっぱなしのラボの玄関ドアをくぐり、ちょっと呆れつつ笑いつつセラが雑誌を持ってきてくれた。
「彼らに渡せばいいのですわね」
俺がうなずくと、セラは雑誌を獣人側の地球人に投げようとしたが踏みとどまった。
そしてルチアとニケに牽制されて、動くことができずにいる聖国側に向き直る。
その中から選んで投げた先は、性悪女凛子。
「どうするのかはっきりとはわかりませんけれど、剣聖の味方のほうが信憑性が増すのではありません?」
たしかにそうかも。
ぺたりと座っていた性悪女は、近くにバサリと落ちた雑誌を見て目が点になっている。
「え? これ、って…………なんで!? JonJom!」
まだ痛そうに押さえていた肩からも手を離して飛びついた。
自分の男が殺されそうなのに、どうにも軽いな。まあそういう女であり、その程度の繋がりであるということか。
「ジョンジョンって……ファッション雑誌の!?」
「なんでそんなの持ってるの!?」
獣人側の地球人たちも驚いて聞いてくるが、ここで俺が日本に帰れることをバラすつもりはない。
「実は僕、異世界運輸というお取り寄せスキルを手に入れまして。それで向こうの物を買えるんですよね。かなり条件が厳しくて、なんでも手に入るってわけじゃないんですけど」
「そんなスキルが……さっきのシェイクとかも、それで買ったのか」
「ええ。それでですね……凛子さん。その雑誌いつ刊行されたか見てみてくださいよ」
すでに雑誌をめくっている性悪女が、不機嫌さを隠そうともせずに顔を歪めた。
「なんでアンタから命令なんか……ふんっ」
なんかブツブツ言いつつも、雑誌を閉じて日付をチェックする。命令なんてしてないんだけど。
「ええと、どこに書いて……あ、あった。二千……」
一度口を閉ざし、鼻から吸いこんだ空気を大きく吐き出してから、性悪女は続けた。
「二千……✕✕年、三月」
雑誌はこの前買ったばかり。
性悪女がどこかあきらめたようにつぶやいたそれは、当然今の地球の暦だ──俺たちが召喚された年などではなく。
「剣聖様、僕は最新号を取り寄せたんです。わかりますよね?」
「う…………ウソだ」
「あちらの世界は、普通に歩んでいるんですよ。僕たちが戻らなくても」
「ウソだ、ウソだっ」
「もう捨てちゃいましたけど、僕たちが召喚された当時の新聞も取り寄せました。僕たちは行方不明ということになっているようですよ」
「ウソだウソだウソだ!」
「残念ですが本当です」
新聞はウソである。
「そうか……」
「ま、そうだよね……」
獣人側の地球人もショックを受けているが、それは帰れると思っていたわけではなく、現実を改めて突きつけられたからだろう。
性悪女も取り乱していないのは、わかっていたからだ。
認めないのはただ一人、剣聖だけ。
「ありえねぇ、そんな、そんなはず…………わかったぞ、テメェが作ったんだろその雑誌! だまされんなお前ら!」
いくら錬金術師でも、あんなもんそこまで精巧に作れるか。昔作ったなんちゃってカレーとは違うのだ。
しかし、わざわざ俺が否定するまでもなかった。
パラパラとページをめくっていたリンコがつぶやいた。
「あ、このモデル知ってる。ギャル系卒業してお姉系にいったんだ……大人になってるし、そうだよね……」
これにてジ・エンドである。
「いい加減わかりましたね、剣聖様」
しゃがんでのぞきこむと、剣聖はビクンと震えた。その顔は、完全に色を失っていた。
「あ……あ、あ、そんな……こんなの……だって、サトシもキョンも、死んだんだぞ……それじゃあアイツラはっ」
「もう会えませんよ。そして剣聖様、あなたもその仲間入りです。ああでも、彼らが地獄に行ってるなら会えるかもしれませんね」
アゴを
「イヤ、だ…………イヤだぁ……死にたくない、死にたくないっ!」
──生への渇望。
今まで俺にはこいつがどこか遊び半分で、どこか芝居がかっているように見えていた。
それは日本に戻れると思って、腰かけ気分で生きていたからなのだろう。
だが今、ようやく理解したのだ。
その生が一度きりであることを。
目に涙を浮かべ、剣聖はヤケドした右腕も使って這って逃げることを試みる。
しかしシータにガッチリキメられている状態では、それは叶わない。
「そうですね剣聖様、みんな死にたくないです。でも、死にたくない僕たちを殺すと言ったのはあなたですから。だったら、どちらかが死ぬしかないですよね」
「謝る……謝るから、だからっグぎぁがががが」
今さらうっとうしい命乞いなど聞く気はない。
シータの背を反らせ、強シャチホコにして悲鳴に変換させた。
「ムダなのでそういうのはやめてくださいね」
もうあきらめている聖国も動きを見せないし、獣人たちも雑誌の話とか意味がわかってないから退屈してるだろう。さすがにそろそろ終わらせよう。
しゃがんでいた俺は立ち上がり、トゲトゲバットを肩に担いだ。
「せめてもの情けです、一発で終わらせてあげますよ。では剣聖様、最期になにか言い残すことはありますか?」
サソリ固めを緩めると、剣聖ははふはふと小刻みな呼吸を繰り返しながら、顔を上げた。
「俺は、俺はぁ……」
苦しみと、恐怖と。
まともになにかを考えることができていたわけではないだろう。
それでも強く見開いた目を、俺と合わせた。
「俺は…………
己という個を、俺に刻みつけるように。
──でもね。
「そうですか。さよなら剣聖様」
知るかそんなもん。
剣聖という型枠で評価されることを望んでいたのはお前だ。
剣聖と呼べと強制していたのはお前だ。
俺の心に残しておくこともない。
ただの名もなき剣聖として死ね。
「フルスイング」
ゴツンと、ゴルフスイングのように振ったバットが、重く鈍く響いた。
そして剣聖の命を奪った俺は振り返り──
「ぅ……あ…………」
「マスター、まだ死んでいません」
──ふむ。
「てい」
もう一回ゴツン。
「まだです」
「やっ、はっ、とうっ」
結局もう五回くらいゴツンして、ようやくニケのオッケーが出た。
全然一撃じゃなかったけど、わざとじゃないから許してね?
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