7-16 ツノがあると頭洗うの大変そうだと思った



 剣聖を仕留め、戦いは終わった。


 戦意を失った性悪リンコたち聖国残党について、俺たちは見逃してやることにした。必死で命乞いするリンコを殺してしまえば、美紗緒の心象を悪くするのは避けられないだろうから。

 獣人側が叩くならどうぞお好きにという感じだが、あちらも損耗が激しいし、これ以上戦う気はないようだ。


 剣聖の遺体も、せめてちゃんと弔ってやりたいと言う細剣持ちの女に渡してやった。

 あんなばっちいもんいらないし、それもどうぞお好きにである。

 他の女は自分たちの心配ばかりしていたが、多少は慕ってくれている者が一人はいたようだ。きっと剣聖もあの世で喜んでいる。


 そして聖国が引き上げるのを見届けていると、獣人や黒髪たちが近づいてきた。

 この世界にも黒髪はいるが、ここにいるのはみんな日本人だろう。

 ちなみにその中に泰秀はいない。ヤツは離れたところで膝を抱えてしょぼくれている。


「本当に橘……なんだよな? 橘、それと婚約者の人たちも……ありがとうな、助けてくれて」


 こちらの戦力を警戒しているのか、声をかけてきた黒髪の男はおっかなびっくりといった様子だ。

 三人ほどいる獣人にいたっては言わずもがなで、ほぼ日本人の後ろに隠れている。俺たちのことをセラ以外は人間だと思ってるだろうし。プルプル、ボク悪い人間じゃないよ。


「同じ日本人ですからね。困っているのであれば、手を差し伸べるのは当然じゃないですか」

「あー、その……あのころのことは」

「冗談ですよ。それより礼を言われるとは驚きました。剣聖のことを責められるかと思ってましたけど」


 剣聖のことを聞いてみると、美紗緒が悲しげに顔を歪めた。

 美紗緒はちょっとニケっぽいというか、あまり感情を表に出すタイプではないように思う。特に以前はいつもつまらなそうにしていたことしか記憶にないが、こんな顔もできるようだ。


「健吾くんのことは……もうどうしようもなかったのはわかってる。あんなことを言われたら、私だって……」


 そう言って隣にいる獣人の男を見つめた美紗緒に、地球人の男女も続く。


「アイツは積極的に殺したりはしなかったけど、今までも聖国の獣人狩りに参加したりしてたしな……説得も通じなかったし、どこかでなんとかしなきゃいけなかったんだ」

「ずっとそういう話はしてたんだけど……私たちの力じゃ難しかったし、踏ん切りもつかなかった。泰秀くんは絶対反対だったし。でも、あのままにしていたらもっと被害が出てたから……だからあまり気に病まないで」


 地球人はみんな悲しげだし、もちろん元クラスメイトの死に複雑な思いはあるだろう。

 それでもこの中に剣聖のことを好きなやつはいないようで、それぞれうなずいている。こっちは気に病んでなどいないけど。

 しかし美紗緒の反感をそこまで買っていなさそうなのは、ひとまず良かったか。


「それで、橘がここにきたのは偶然……なんてわけないよな。助けにきてくれたのか?」

「うーん……それはまだなんとも言えませんね」

「それってどういう……」

「これから害を成すかもしれないということです。美紗緒さん次第で」


 正直に答えてあげたら、地球人たちの顔が強張った。


「まっ、待ってくれ、それは昔の……美紗緒が健吾と一緒にいたころのことについてか?」

「まあそうなりますかね。ということで美紗緒さん、顔貸してもらえません?」


 本題は俺がイビられていたことではないのだが、決して無関係ではない。それも含めて存在が不要だと判断されれば、ニケの拳が火を吹く予定である。

 もっとも今の様子であれば、そこまではいかないだろうけど。


 その美紗緒に目を向けると、後ろに隠れていた獣人の若い男が、庇うように前に出てきた。

 ……腰は引けててちょっと内股だし、もう泣きそうな顔になってるけど。


「わっ!」

「ぴぇぃ!?」


 軽く驚かしたら、ひっくり返るように尻もちをついた。

 そのお尻についている尻尾は短く、クリクリ茶髪の頭にはクルッと巻いたツノ。ヒツジ系の獣人だろうか。


 たしか地球だと、本当はヒツジの尻尾って長いのを切断して短くしてるはずだが、こっちでも切ってるのかな?

 とにかく美紗緒がその獣人を引っ張り起こし、お尻や尻尾の土を払う。


「ティル、大丈夫だから」

「でっ、でもミサオ……」


 そうしてから美紗緒は歩み出てこようとしたのだが、今度は地球人の女が俺たちの前に立ちふさがった。


「違うの、橘くん。美紗緒は望んで健吾と一緒にいたわけじゃないの。みんなのためだったのよ」

「カヨちゃん、ありがとう。でもいいの」


 どうやら仲間からは大事にされているようだが……美紗緒はカヨという女も後ろに下げさせた。

 そして俺たちの前まできてどうするかと思えば、美紗緒は腰を折り、深く頭を下げた。


「ごめんなさい。私があなたにしたことは許されることじゃない。ずっと謝りたいと思ってたけど、謝って済むことじゃないのはわかってる……それでも私には謝ることしかできない。本当にごめんなさい」


 ほほう、先手を打って謝ってくるとは思わなかったな……少し揺さぶってみるか。


「ずいぶんと殊勝な心がけですね。てっきりダンジョンに裸で放り出したことについて、恨み言でも言われると思ってましたけど」

「あれは……正直少し頭にもきた。けど、それよりも胸がすく思いだった。こっちが悪いことをしていたのはわかっていたから」


 美紗緒は頭を深く下げたままだ。

 こちらの力にびびってその場しのぎで謝ったり、ウソを言っているという風には見えない。

 様子を観察していると、俺を抱っこするルチアがさっきのカヨの言葉を拾った。


「皆のために剣聖と共にいたというのは、どういうことだ?」


 その口調は柔らかいが、目つきは鋭い。ルチアもどんな女か判断するために、情報を引き出そうとしているのだ。

 そして尋ねられた美紗緒は、顔を上げて首を振った。


「違う。別にみんなのためなんかじゃない。私はただ……日本に帰りたかっただけ」


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