7-13 魔性のショタホッペだった



「僕は根っからの悪人とか善人とか見たことないですけど、あなたの考える根っからの悪人ってどういう人ですか?」


 手を挙げて尋ねると、泰秀は考えたこともないという様子で言葉を詰まらせた。


「それは……」


 そこで親切な俺は、具体例を出してあげることにする。


「転校してきたクラスメイトが錬金術師で、つらい目に合わされているところをさらにイジメるヤツは根っからの悪人ではない?」

「えっ?」

「じゃあそいつに金魚のフンみたいにしょっちゅうくっついてて、一緒になって錬金術師をバカにしてた人はどうですか?」

「なにを、いったい……なんでそんなことを」


 戸惑いの色を深める泰秀に構わず続ける。


「だいたいさっきから騎士をバンバン殺してるのにそれを止めなかったんですから、悪人じゃないから殺すなとかいう説得じゃ響かないんですよね。オトモダチだから殺さないでくだちゃいって言えばいいじゃないですか、金魚のフン……おっと失礼、今は違うみたいですね、泰秀くん」


 泰秀は混乱してしまった!

 恐れにも近い表情を浮かべ、一歩二歩と後ずさった。


「キミは…………キミは、誰なんだ」

「まだわかりません? 僕はあなたのこと思い出しましたけど」


 直接なにかをされた覚えはほとんどないが、泰秀は剣聖の取り巻きであり、召喚当初は俺を嘲笑あざわらっていた者の一人だ。


「剣聖様もまだわかってないみたいですね。神剣とかチン剣とか、ヒントは多かったと思うんですけど。じゃあみなさん、これでわかりますかー?」


 セラに向きを変えてもらい、剣聖や泰秀に背を向ける。

 そして──


「〈研究所ラボ〉」


 ──俺の前に姿を現す玄関ドア。


 地球人のほとんどは、それを見たことがあるはずだ。驚きの声が上がるのは必然と言えた。


「そんな……あれって橘のスキルじゃ」

「まさか、あの子ってアイツなのぉ!?」

「ウソだろ!? でも言われてみれば似てるかも……」


 泰秀も唖然としていたが、どうにか声を絞り出した。


「キミは……橘くん、なのか? でもその姿は……」

「いろいろあってちょっと若返りまして。魔法なんてものもあるし、なにが起こっても不思議じゃないですよね」

「そんなことがある、のか……?」


 もともと魔法などない世界からきた俺たちは、だからこそ不思議な事象を飲み込むことができるのではないかと思う。

 みんなまだ半信半疑だろうが、俺が橘真一であることを、金歯のおっさんよりずっと受け入れているように見える。


 そしてそうなれば、ブチギレる者が一人。


「テメェが……テメェがあのザコ野郎なのか!?」

「そうですよ、そのザコ野郎にまんまと神剣奪われて、さやに包まれたチン剣丸出しでダンジョンに捨てられた剣聖様」

「だっ、黙れぁ! テメェのせいで俺はぁ!」


 神剣を奪われたせいで肩身の狭い思いでもしたのかな? まさに怒髪天を衝くといった表情。

 とても怖いので、もうちょっと煽ってみる。


「ちなみに彼女たち三人は僕の婚約者です。ボクちゃんこそ最強なんだと公言してらっしゃる剣聖様ともあろう方が、原人の彼女たちに勝ちを譲るなんて、さすが剣聖様はフェミニストのかがみですね。まさか本気でやったわけじゃないですもんね?」


 増した怒りに震える剣聖。

 ……だが、痛みを忘れて襲いかかってくるようなこともなく、まだうずくまっている。

 どうにも拍子抜けである。


 それを見て、セラはなんの感慨もなさげに、クールに分析していた。


「態度と口ばかり大きいですけれど、なんとも振り切れない人ですわね。どれだけ力があっても、あれでは大成しそうにありませんわ」


 たしかに剣聖って昔から、いまひとつ中途半端なんだよな。

 俺のイジメ方などもその例に漏れず、おかげで是が非でも殺したいというほどの殺意も持てない。


 ただ……俺とは違って、かなり殺したい人もいるようだ。剣聖の頭上に飛来するものが。

 後頭部に降り立ち、その顔を地面に埋めさせたのは、ついに直接手を下したニケである。ヤツの言い草にガマンならなくなったみたいだ。


「穢らわしい口を閉じなさい。なにがマスターのせいですか、貴方のせいでマスターはっ」


 そのまま片足で押さえつけ、頭を踏みにじる。

 十分にVITが高いニケの足は大地に根を張り、呼吸できない剣聖がどんなにもがいてもびくともしない。


 それを助けようとした騎士たちの前には、ニケとスイッチしたルチアが立ちはだかった。

 剣聖ハーレムでまだ動ける女も、命がけで助けようというほどの意志は見えない。

 このまま剣聖殺してしまいそうだな。構わないけど。


「たっ、橘くん! 彼女を止めてくれ!」


 青い顔をして泰秀が訴えてくるが、聞き届ける必要もない。


「えーでもなあ……さっき殺す理由はないだろうとか言ってましたけど、僕が橘真一だと知ってどうです? それなりにあると思いません?」


 実際は俺の恨み度合い的にはそれほどではないが、一応強くて厄介な敵でもあるし、殺せるときに殺してしまったほうがいい。

 そういう意味では敵でよかった。

 改心とかしてて謝ってこられたりなんかしちゃった日には、半殺しか全殺しかとても悩ましいことになっていただろう。


「そんな……だけど……同じ日本人じゃないか」


 ……こいつもいい加減腹立つな。


「は? 同じ日本人の僕が苦しんでるときに、あなたはどうしてましたっけ? バカにして笑ってましたよね」


 離れたところで、獣人たちとまとまっている地球人に目を向ける。


「その中にもいませんよね? 手を差し伸べるどころか、優しい言葉の一つもかけてくれた人もいませんよね? 別に今さら恨み言を言うつもりはないですけど、自分たちの都合のいいときだけ日本人だから助けろとか、バカにするのもたいがいにしてくれません?」

「そ、そんなつもりは……」


 泰秀が沈黙し、ニケが一応俺に視線を飛ばしてきたので、うなずいて死刑執行のゴーサインを──


「お待ちになって」


 ──出そうと思ったら、今度はセラにアゴをワシっと掴まれて止められてしまった。

 どうしたのかわからないけど……ついでにホッペムニムニこねくり回して遊ぶのやめてもらえません?


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