7-12 スカッとした



 なんかみんなが「ええ……」と言っている中、剣聖が取り落とした魔剣が地面に刺さる。

 続いて上がったのは、汚らしい剣聖と可愛らしい俺の悲鳴。


「グぎっ、ウぐアアアアァァ!」

「あちゃちゃちゃちゃ!」


 剣聖はとにかくブンブン剣を振り回すので、昔から腕防具は軽いものにしている。それらが焼け落ち、肌が露わになったが……症状はⅡ度熱傷といったところか。


 右肘から先は全体的にただれてピンクになり、血もにじみ出している。

 なにが起こったかわからず、無防備に熱線を食らってたからな。

 あれでは治療しなければ剣は持てそうにない。


 俺のほうはヤケドまでいってはいないが、オデコをパンパン叩いてたら、セラが念のため中位ポーション飲ませてくれた。


「あんがと、セラ」

「いきなりはやめていただけませんかしら。びっくりしましたわ」


 なるべく頭を突き出して熱線を発射したので、抱っこしてるセラに被害はないみたいでよかった。


「主殿……いや、心配してくれたのはうれしいのだが、ちょっと卑怯というか」


 こっちに振り向くルチアは、ションボリしてるようにも見える。魔剣がどんなものか味わってみたかったのかもしれない。


「えー、だって魔剣とか怖いじゃん。ニケも驚いてたし」

「いえ、あれはそういうことではなく──」


 なにか言いかけたニケだったが、突然その場から消えた。

 まるで加速装置でも使ったかのような速さで向かった先は、聖国が固まっている一団だ。

 その奥では杖を手にする性悪地球女が、目を閉じて集中していた。


「リンコ! 剣聖様の回復をっ」

「今溜めてるわよ! ……ヒーリング──」


 ああ、たしか凛子とかいう名前だったか、あの性悪女。

 しかし仲間に急かされた性悪女の回復魔術は、発動することはできなかった。

 騎士たちの間をすり抜けたニケの突貫が間に合ったのだ。


 ニケの速さに唯一反応できたのは、剣聖ハーレムパーティーの細剣持ちの女だけ。その女の攻撃をかわし、ニケが不十分な体勢ながらも拳を振るう。

 性悪女はかろうじて身をすくめることだけはできたが、肩口を殴り飛ばされた。

 うーん、あの女が地面でバウンドするたびに、心が晴れやかになります。


 そして敵のただ中、全周から剣を浴びせられる前に構えを整えたニケは、間髪入れずに左膝を高く上げる。

 片足でまっすぐに立つ姿は、むさ苦しい戦場にやにわに咲いたユリの花。

 しかし、そのわずか一瞬に目を奪われてしまえば命取り。


地竜剄ちりゅうけい


 力強く左足を振り下ろす。

 踏みしめた大地と宙の境界に、力場が生まれ、弾ける。

 ──下は下に、上は上に。

 ニケの立ち位置だけを残して、周囲一帯の大地は大きく陥没し、その積載物は跳ね上げられた。


 VIT値が高いであろう盾持ちの女や騎士も高く舞い上がっているのが、力量差を如実にょじつに物語っている。

 本来は相手を崩すために使われるような技なのだが……追撃するまでもなく、この単発だけで守りの弱い者などにはかなりダメージが入っていそうだ。


 降りそそぐ騎士たちを無視してメインターゲットの性悪女を追おうとしたニケだったが、その足が止まった。

 転がった先で悶えていた性悪女が体を起こし、杖を自分に向けていたからだ。


「いっだぁっ、いだぁいぃ! ヒーリングブレスゥ!」


 性悪女は殴られた左肩に、迷わず魔術を使ってしまった。剣聖も仲間もガン無視である。

 回復されて、これ以上悪あがきされても面倒なのでありがたいけど……回復役としてそれはどうなんだろうか。

 こいつらは本当に今まで、個々の能力頼みでやってきたんだろうな。


 強引に攻め入ったこともあり、反撃される前にニケはすぐに離脱した。

 さっきの細剣持ちの女など、中にはとっさに範囲外に逃れた者もいるのだ。性悪女の魔術は防いだので、無理する必要はない。


「うぅっ、グゥ……クッソ、アイツっ……なにしてやがんだよぉ!」


 右手を押さえてうずくまっていた剣聖は、仲間からの援護をあきらめてマジックバッグに手を回す。


 だがポーションを取り出す前に、その眼前に突きつけられたのは──神剣レプリカシュバリエール。


「終わりだな」


 ルチアを見上げる顔を恐怖で歪め、剣聖はヒィと情けない声を漏らした。

 魔剣を回収したルチアが、剣を引いて構える。


「いたぶる趣味はない、一撃で楽に──」

「まっ、待ってくれ!」


 止めたのは地球人の槍使い、泰秀だった。

 戦闘中は剣聖を翻弄するルチアの姿にずっと口を開けて見惚れていたが、慌てて声を張ったのだ。


「頼む、そいつの命を奪うことはやめてくれ。もう勝負はついているし、そこまでする必要はないよ。キミたちが何者かは知らないけど、キミたちにもそこまでしなきゃならない理由はないだろう?」


 理由、ねえ。


「もちろん助けてもらったことは感謝する。でも……そいつは、根っからの悪人なんかじゃないんだ」


 ……なんだかなあ。

 美紗緒以外にはわざわざバラさなくてもいいかとも思っていたが……気が変わってしまったじゃないか。


「はいはい泰秀くん、質問です!」


 俺が誰なのか、教えてあげることにしよう。


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