7-28 十人前が簡単に消えた



 実際のところ、俺はケガなどはそれほど心配していなかったが、精神的な面で無理していないかを心配していた。


 セラはまだ仲間になって日が浅い。

 当然の話だがニケとルチアほど密接に時を過ごしてきたわけではないし、水晶ダンジョン攻略にも自分はなにもしていないと気後きおくれしているようだった。


 聖国に行ったときに派手に魔術を使ったのも、気負いの現れだったのかもしれない。

 功を焦った、というのとは少し違うだろうか。早く俺たちと同じ土俵の上に立ちたいというか……そういった思いが、今回の単独行動に結びついたように思う。報告連絡相談は大切にしてね。


 俺の手のひらの熱を堪能するように、膝枕されているセラはゆるく頭を動かして頬を擦り寄せていた。

 やがて静かに口を開く。


「……リンコさんに下した判断が間違っていたとは思いませんわ」

「そうか」


 やはりセラは、凛子を狙ってあとを追ったようだ。もしかしたら雑誌を渡したままにしていたのも、わざとだったのかもしれない。


「でもあなたたちに直接告げずに一人で行ったのは、あなたの言ったとおり、焦りがあったからなのでしょうね。これくらい私一人でもできると……一人でやらなければ追いつけないと」


 そう言って薄く笑う。

 自分自身を情けなく思っているような笑みだったが、俺はそれを見てもう心配いらないと思えた。

 焦りに気づかないままであればどこかで暴走したかもしれないが、気づいたのであれば大丈夫。

 千冬のお守りではないが、セラは俺なんかよりよっぽど立派な、己につことができる大人の女性だ。


「俺としては、焦るくらい俺に狂わせていると思えば誇らしいけどな」

「それはうぬぼれ……と言い切れないのが悔しいですわ」


 見つめ合って笑っていると、ンッンンと咳払いが響く。


「我々もいることを忘れないで欲しいのだが」


 セラならてっきり恥ずかしがって取りつくろうかと思ったが、今回は穏やかに笑った。


「あら、少しくらい目をつむっていてくれてもいいじゃありませんの。私は出遅れているんですもの」


 今まで二人に張り合うような台詞を聞くことはあったが、これは少しニュアンスが違う。意外なセリフに、ニケとルチアも面食らっている。


「開き直りましたか……これはうかうかしていられないようですね」

「ハハッ、そのようだな。しかしセレーラ殿、どうだ? 案外ハズレていないのではないか?」


 ルチアの問いに対し首を傾けるセラに、ニケがからかうようにほほ笑んだ。


「異性の好みの話ですよ。思いのほか、見ているところは見ていますからね」

「べっ、別にあれはそこまで本気で言っていたわけではありませんわよ。でも、まあ……」


 ゴロンと寝返りを打ったセラの鼻先が、ヘソの辺りに埋もれてくすぐったい。

 なんでいきなりそんな話になったのかわからない。ただ、隠すように俺の腹に顔をくっつけたセラの、隠しようのないピンと立った耳は赤く染まっていた。


「悪くありませんわ」






 夕食のモヌを食べながら腹ペコ三人の食いっぷりにもっと買いこんでおくべきだったと後悔しつつ、ホウレンソウの大切さを改めて三人に説き、なぜか刺すような目で見返され、そしてセラから凛子追跡のあらましを聞いた。


 そのあとお茶を飲んで一息ついていると、俺を膝に座らせているセラに、優しく頭を撫でられた。


「彼女は……リンコさんは少し、シンイチさんに似ていたような気がしますわ。この人を小物にして、全周囲への悪意を足したような人というか。ええ、決して私に似てなどいませんわ」


 なぜいきなり自分を比較対象に入れたのかわからないが、セラの意見にニケまで賛同してしまった。


「それはわからなくもないですね」

「いやいや、あんな風に人を振り回したり、悪いことしても悪びれないような性悪女と俺が似てるわけないだろ」

「……なるほど、セレーラ殿の言うとおりなのだろうな」


 なんでや。


「だから少し考えてしまいましたの。なにか掛け違えていれば、この人も彼女のようになっていたのではないかと」


 戻ってきたとき表情が硬かったのは、そういう理由もあったのかもしれない。


「セレーラ殿……そうならないためにも、我々がしっかりしないとな。シンイチにそのような道を歩ませてはならない」


 だからねキミたち、そんなマジメな顔でうなずき合わないでもらえます? あんな女と俺は似ても似つかないから。


「本当にそのとおりですわね。いずれにせよ、彼女のねたみや憎しみもいつか昇華される日がくるかもしれないとは思いましたけれど、見過ごすことはできませんでした。それまでに多くの人が傷ついたでしょうし、私たちやミサオさんにとっても危険でしたから」


 俺はそこまであの女を不安視していなかったが……数多あまたの人を見てきたセラだからこそ、見えるものがあったのだろう。


「たしかに私たちはともかく、ミサオのことを考えれば仕留めたほうがよかったですね。よくやってくれましたセレーラ」


 ニケは本気でやれば、戦ってたときに殺れたのかもしれないな。でもあのときは無理するような状況でもなかったし、責めるようなことではないだろう。


 凛子についての話が一区切りしたところで、ルチアがソファーに背中を沈ませてアゴに手を当てた。


「それにしても、細剣持ちの女とその仲間は何者だったのだろうな。自ら命を断つほど徹底しているとは」


 剣聖ハーレムの中で一番いい動きをしていた細剣持ちの女は、どこかの組織の回し者だったようだ。

 その仲間の騎士は女を逃してからセラに追い詰められたところで、魔導具かなにかで頭を爆散させて自害したらしい。


「そういえば、あの騎士の方は最期にたしか……『我ら清浄なる大地を築かん。人よ、栄光あれ』と言っていましたけれど、組織の標語かしら? なにか心当たりはありません?」

「いえ。その言葉だけを聞けば対魔族強硬派の組織などのように思えますが、それだけではなんとも」

「私もさっぱりだ。細剣持ちの女の強さといい、聖国の重要人物である剣聖の懐に入りこんでいたことといい、なかなか油断ならない組織のようだが……」


 ニケもルチアも皆目見当がつかないようだ。もちろん俺も。


「ま、今後関わることもないだろうし、気にしなくていいんじゃないか」

「だといいのですけれど。さて、と」


 俺を抱えたまま、セラが立ち上がる。


「早めにお風呂に入らせてもらいますわ。臭いがまだ取れませんし」


 言われてみればほのかに感じる鉄の臭い。

 クンクンしていると、セラが俺の耳に口を寄せた。


「……洗ってくださる?」

「おお!? セラから言ってくるなんて初めてじゃ」

「ふふ、私も少しは素直になりませんとね」


 なんだかわからないが、断る理由はどこにもない。


「喜んで!」




 そしてその日からの夜のセラは、なぜか一段階進化してしまった。

 激しさはそのままなのだが、かなり自我を保っているというか、自らの意思で俺をむさぼろうとしているところが見えるというか、少しずつイロイロエロエロチャレンジするようになってきたのだ。


 きっとお風呂で全身を使ってすみからすみまでピカピカにした甲斐があったのだろう。自分の洗浄テクが怖い。それかもしかしたら、千冬の克己お守りが効いたのかもしれない。

 ともかくさらに手強い相手になったが、負けないように俺も頑張らねば……。


 ムフフ。

 この世界、サイッコー!


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