7-27 俺はネット通販より実物を見て買いたい派だった



 すっかり日も沈み、明かりが灯された獣人たちの臨時キャンプ。

 そこから少し外れれば、広がるのは不気味な闇ばかり。


「うーん、遅いな……」


 ニケに抱っこされてウロウロしながら、俺はその闇に目を凝らしていた。

 ここにいないセラの姿を探して。


「マスター、心配することはありません。セレーラの力はわかっているでしょう?」

「そりゃわかってるけど、一人で行かなくてもいいのに……迷子になったりしてないかな?」


 美紗緒によると、セラは聖国での昔の話を美紗緒たちに聞いていた最中に、ファッション雑誌を凛子に渡したままだったことを思い出したそうだ。

 そして止める間もなく、そのことを俺たちに伝えておいて欲しいと言い残して凛子を追跡しに行ってしまった。

 俺は放っておいていいと思うんだが……


「たしかに夜の森は迷いやすいが、足跡は多いのだし、そこまで心配は……ん?」


 なにかに気づいたルチアに釣られて首を向けると、獣人キャンプのほうから日本人たちがやってきていた。

 気づいた俺たちに、声がでかくてよく喋る吉田よしだが手を振る。元ラグビー部でガタイはいいが、あれでも魔術師である。


「おーい、橘。お前たちは飯どうすんだ?」

「飯ですか。僕たちはまだ……いや、先に食べるか?」


 結局昼飯を食い損ねてしまったし、腹は減っている。それでも俺としてはセラを待ちたいところだが、二人は体も動かしたし限界かもしれない。

 そう思って聞いてみるとルチアがほほ笑み、


「いや、私はセレーラ殿を待つべきだと──」


 きゅるるーんと可愛くお腹を鳴らした。


「……待てるか?」

「もっ、もちろんだ」


 恥ずかしそうにお腹を抑えるルチアを見るニケも笑ってうなずいているし、セラを待つことにしよう。

 そう伝えると、今度はカヨが聞いてくる。


「じゃあセレーラさんが戻ってからご飯作るの?」

「今日はもうモヌバーガーの口になっちゃってるんで作らないですけど……なんでそんな興味津々なんですかね」


 モヌバーガーという響きにゴクリと喉を鳴らしているし、理由はわかるが。


「あの、さ……お願い橘くん! 私たちにもちょうだい! お金なら払うから!」


 案の定、困り顔で笑う美紗緒とひっついているティル以外の三人が、タイミングを合わせて拝むように手を合わせて懇願してきた。

 ちなみに吉田とカヨともう一人は、全然喋らない男、福本ふくもとである。


「やっぱりそういうことですか」

「橘、こうほら、怪我したり疲れたりしてる仲間も多いし、獣人のみんなを助けると思ってここは一つモヌかなんかをさ、な? 頼むよ」

「あなたたちが食べたいだけでしょ」


 そうツッコんでも、拝み続けている。

 どうしようかと思ったが……まあいいだろう。


「ハァ、仕方ありませんね」

「いいのか!? ぃやったぁ!」




 しばらくして、さっきまでドンヨリとしていた獣人キャンプには笑顔があふれていた。

 夕飯として出された料理に、皆が舌鼓を打っている──数人以外。

 器の中に漂う黄色い物体をのぞきこみ、吉田とカヨがボヤく。


「なんで袋麺んん……」

「モヌは……」


 俺が渡してやったのは、なにかあったときのために大量に買いこんでおいた袋麺である。

 モヌもニケがストックしているが、この人数ではほとんど尽きてしまうのでくれてなどやらん。


「嫌なら食べなくてもいいんですけど?」

「食うよ、食うけど、ううっ……いただきます」

「喜んでもらえたようでなによりです。あ、お代は全部で金貨五枚でいいですから」

たけぇ!?」


 くれてやったのは百袋。金貨一枚十万円くらいなので、一袋あたり五千円という計算になる。


「悪いんですけど、送料が高いので」


 現地にほんで買っているからそんなものはないのだが、なんでもかんでも頼めば買ってもらえると思われても迷惑だ。そういう意味ではいい機会だった。


「だいたい二酸化炭素排出量減らそうとか、運送業は過酷で人手不足だから改善すべきとか言いながら、乾電池一つ自分で買いにも行かずに配送させて、あっちのお取り寄せがおいしい、今度はこっちから取り寄せようなんてやってるのはおかしいと思いません?」

「なんの話だよ……」

「地産地消が一番だという話ですよ」


 要するにもう頼んでくるなという話をしていると──


「あら、いい匂いですわね」


 ──なにごともなかったかのように、木々の合間からセラが姿を現した。


「セラ! おかえりー!」


 抱っこされていたルチアに降ろしてもらい、正面からセラに飛びついた。

 バフンと顔を挟んできた生意気おっぱいを振りほどき、セラの顔を見上げる。


「ただいま戻りましたわ」

「大丈夫だったか? ケガしてないか?」

「心配かけてしまったかしら。でもこのとおりなにも問題ありませんわよ」


 優しく俺を抱き止め、セラが笑みを浮かべる。一分のスキもない、キレイな笑みを。


 だから俺は足で腰にしがみつき、手をセラの頬に伸ばした。

 そしてスベスベホッペを……セラによくやられるように、摘んでグニっと伸ばす。


「ふふっ、なんでひゅの?」


 セラは穏やかにほほ笑んだままだ。

 ならばグニグニだ。


「もう、なんなんでひゅの?」


 そうかまだかグニグニグニグニ。


「うふふ……ふふ……しつこいですわっ!? 痛いし! いい加減おやめなさい!」


 怒ったセラにベチンと手を払われ、俺以上の強さでホッペグニグニをやり返される──ようやく。

 これは……やっぱりあれだな。


 そこで俺はセラから降りようと、しがみついていた足を離した……ら、グニグニされているホッペだけで浮いた。

 どんだけ強く引っ張ってるの!? 痛いと思ったよ! ステータス高くなかったらホッペ千切れてるよ!


 ともかく、さすがにやりすぎていたことに驚いて離したセラの手を引いて、ヒリヒリするホッペをさすりつつラボに連れこんだ。

 そして有無を言わさずにソファーに横たわらせ、俺の太ももにその頭を乗せる。


 頼りなく細い太ももだ。

 それでも、セラの頭を乗せることくらいはできる。


「ちょっと、なんなんですの本当に」


 俺にだけでなく、ついてきたニケとルチアにもセラは視線で説明を求めるが、二人はただ笑って他のソファーに座った。

 わけがわからないと体を起こそうとするセラの肩を、俺は押さえこむ。


 日本で買い物から疲れて帰ってきたときも膝枕したけど、セラはむずがゆがって少ししかさせてくれなかった。

 でも今日は逃さない。


「シンイチさん、これはどういう……」

「俺たちみんな、まだ始まったばかりだ。焦らずいこうぜ」

「えっ?」


 キョトンとしてこちらを見上げるセラの頬を撫でる。

 どこか強張っているその頬を温め、ほぐすように。


 そうしていると、セラはなんどか目をしばたかせてから、ゆっくりと閉じた。

 そして深く長く息を吐いた。


「そう、なのかしら……いえ、そうなのでしょうね」


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