8-02 「ククク……愛する祖国を滅ぼされたくなければ、大人しく私のものになるのだ」「ああっ、なんて卑劣な……いやっ、およしになって。あーれー」みたいな感じだったに違いなかった



黒鉄くろがねってなに?」

「シンイチさんは知りませんのね。帝国が国として有している騎士団は、紅焔こうえん青嵐せいらん、そして黒鉄という三つに分かれていますの。その中でも守りに重きを置いた黒鉄こそが、帝国の中核を担っていると言っていいですわね」


 海に面している王国とは違い、帝国は内陸地にあり周りを国などに囲まれている。

 そんな中であちこちに仕掛けることができるのは、防衛能力が高いからこそか。というか、周囲に仕掛けるために守りに力を入れているのだろう。


「もちろん騎士というだけでもエリートですけれど、その中核にこの若さで所属していたというのがどういうことか、わかりますわよね」


 騎士の定義は各国でまちまちだが、帝国だと国直轄の正規の騎士でも世襲権はなく、騎士というだけでは貴族のくくりに入らないということは以前ルチアから聞いた。だからそれなりに数は多いのだと。


 それでも能力、血統ともにたしかな者しか騎士になることはできないはずだ。多くの国で平民上がりはどれだけがんばっても準騎士止まりだし、帝国も同様だろう。

 その狭き門を突破した騎士の中から、さらに中核に選別されたということはつまり──


「──エリート中のエリートだった、ってことか」

「うーん、そう言われると少々居心地が悪いというか……私の場合は守りに秀でた職を持っていて、黒鉄の目指すものと合致していたことが入れた要因として大きかっただろうからな。もちろんそれなりに鍛錬は積んでいたつもりだが」


 少し恥ずかしそうな、でも誇らしげなルチアを見て、ニケがほほ笑んでいる。


「なにも驚くことではありません。奴隷として売られていたときから、ルクレツィアが優秀なことはわかっていましたから」

「あなたたちはルクレツィアさんの元のステータスを知っていたんでしたわね。それにしても……やはり違和感がありますわ。エリート街道まっしぐらの貴族の子女が、身代金を支払われることもなく奴隷堕ちするなんて」


 不思議がるセラの言葉で、俺を抱くルチアの手に少し力がこもった。


「……私の存在は、あの家からは望まれていなかったからな」

「ごめんなさい、気分の良い話ではありませんでしたわね」


 気を使って今までもあまり突っこんだ話をしてこなかったセラに、ルチアは首を振った。


「いや、構わない。むしろ少し興味があるのだが、王国側から見た私の実家というのはどのような印象なのか教えてくれないか?」


 本当は興味というより、あまり気を使わないでいいという意思表示なのだろう。

 それを受け取ったセラは、少し考える素振りを見せた。


「わかりましたわ……とはいえあなたのご実家はオイデンラルドですわよね。領地が王国側ではないのでそこまでのことは知りませんけれど……南東諸国との外交で名をせている伯爵家ということくらいは」


 帝国の伯爵位ともなれば、近隣の国に住む者は認知しているのだろう。

 しかしルチアの実家は、その中でも結構有名なようだ。


 俺としてはそんなことよりも、聞き捨てならない単語があったのだが。


「えっ、外交ってつまり、ルチアの実家なのに文官系なのか!? 意外すぎる……もっとゴリゴリゴリラな武官系かと思ってたわ」


 国にもよるが、まだこの世界では武官と文官の仕事がそこまできっちり分けられていないことは多い。それでも槍働きを主として求められる貴族と、それ以外を求められる貴族はある程度区別されている。

 外交なんて役目を武官にやらせるとは到底思えなかったのだが、頬を膨らませたルチアによるとどうやら間違っていたようだ。


「お前が私をどう見ているかについて、一度じっくり話し合う必要があるな……まあ実際のところ武官でありながら、外交というか、他国と友誼ゆうぎを結ぶ役を代々任ぜられているという認識でいいと思うが。家としての方向性も完全に武官寄りだし、父もステータス上の職は戦闘職だ」

「ほへー、それで外交なんて大役をずっと任されてるなんて、優秀な家系なんだな」


 それを難しい表情のセラが裏づけた。


「敵の多い帝国にあって、曲がりなりにも南東諸国との関係が保たれているのは、オイデンラルドの働きによるところが大きいと言われていますわね。今代の伯爵──あなたのお父様も悪い話は聞いたことがありませんし、人格者かと思っていましたけれど……」


 それを聞いたルチアも、負けず劣らず難しい表情をしている。


「父は帝国には尽くしていると思うが、人格者であるかどうかは……私には判断できない。私の母などは、南東にある小国の公爵家から嫁いできているしな」

「そうだったのですか。では貴女の母親は人質か、服従の証といったところでしょうか」


 この世界で公爵というと王家にゆかりのある、貴族の最上位のことだ。

 そこから他国の伯爵家に降嫁こうか、しかも正室ではなく側室……ニケの言うとおりだろうな。


「それは親父さんのほうから要求したのか?」

「そこまではわからん。私は父とあまり深い話をしたことなどないのだ。関係が良いとは言えなかったのもあるが、なによりとにかく寡黙かもくで忙しい人だったからな。母も早くに亡くなってしまったし、周りに聞くのもはばかられたしな」


 ルチアの母親なら絶対美人だし、親父さんがスケベ心で要求した可能性も高いんじゃないだろうか。

 いずれにせよ母親は、肩身の狭い思いをしていただろうな。ルチアが不貞ふていの子だという、疑いの眼差しで周囲からは見られていたというのもあるし……ルチアの親父許すまじ。


 親父さんをどのように修正してやるか考えていると、なぜかセラが混乱した様子で縦ロールを伸び縮みさせていた。


「シンイチさんもニケさんも、なんでそんなに薄い反応ですの……公爵家ですわよ? 王族ですわよ? ルクレツィアさんは貴族のお嬢様どころか、まかり間違えばお姫様ですわよ⁉」

「うん、千冬が喜びそうなネタだな」

「それだけ!? もっとなにかありませんのっ」

「そう言われても、貴族のお嬢様とお姫様じゃ大差ないというか、どうリアクションの差をつければいいかわからん」


 それにこれだけ精神的にも物理的にも裸のつき合いを重ねてしまえば、アイコンが少々変わろうが特別なにか思うこともない。

 こちらの階級社会で生きてきたセラにとって、王族というのが特別な存在だということは理解できるが。


「ハハッ、主殿は私が貴族だったことも、初めから気にしていなかったしな。私も今さらお姫様扱いされても困る」

「もう……なんだか私一人で興奮していて馬鹿みたいですわ」


 ガクリと肩を落として歩くセラに、ニケの声がかかる。


「いえ、私もそれなりに驚いていますよ」


 あまりそのようには見えないが、意外な返事で視線を集めたニケはルチアを見、そして続けてセラを見た。

 なにか含みのある視線にセラが首をかしげるが、ニケはなにも言わずに俺に顔を向けた。


「きっと珍妙な者には、珍妙な者が引き寄せられるのでしょうね」


 そう言って、呆れたように笑う。

 どうやら俺たちのことらしいが──


「そうな、元神剣の人とかダントツで珍妙だもんな」

「ああ、我々には後ろ姿も見えないほど独走でな」

「ニケさんにも己の姿はよく見えていないようですけれど」


 ──お前が言うなと猛反撃した結果、ニケがちょっとイジケてしまった。

 元神剣ちゃんは、今までずっとあがめられてきたから打たれ弱いのだ。


 そしてそれを慰めてたら、なぜかニケを人にした俺が一番の変人という結論になった。

 おのれ……どこにでもいる平凡なショタを変人に仕立て上げるだなんて、なんと横暴な。こんなときだけ女三人で結託しやがって。

 これがハーレム税ということなのだろうか……この程度の税金ならいくらでも払うけど。


 そんな感じでセラもだいぶなじんできて、ハーレムが増えてさらに倍増した幸せを味わいつつ、森の中を進むこと十日。

 俺たちは、ようやく獣人の集合場所にたどり着いた。


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