8-03 いざいざ奈良へ行きたくなった



 集合場所である獣人の集会所は、外樹海中心よりだいぶ南に位置していた。

 北の帝国側から来ると、ここに至る前に西の生命の泉と東のミスリル鉱床へ進む分岐点があり、ここまで帝国が進んでくる可能性は低い。

 それでいて現在帝国が越えているググルニ山脈ともそれなりに近いので、対帝国拠点とするにはベストな場所にあると言える。


 ここだけ見たら樹海であることを忘れそうなほど開けている広大なこの場所では、定期的に各種族の代表団が一堂に会しているのだそうだ。

 今も多種の獣人が、それぞれテントを張っている。


 しかしその内訳は、圧倒的に女や子供が多い。

 それを不思議に思いつつ待っていると、仲間の獣人に状況を聞いた美紗緒が、憂い顔で俺たちにもその理由を教えてくれた。


「私たちは間に合わなかったみたい……昨日出撃してしまったって」


 俺たちは結局、美紗緒たちが先に逃した住民に追いつくことはできなかったのだ。

 剣聖たちを待ち受けるのに一泊していたようだし、ケガ人も多かったのでそこは仕方ないだろう。


「じゃあ先に着いた獣人の中で戦えるヤツらは、休む間もなく帝国との戦いに行ったのか」


 美紗緒の憂い顔もうなずけるな。

 その情報にルチアも顔をしかめている。


「ミサオ殿たち勇者を待つこともせずに出陣か。だいぶ切羽詰まっているようだな」

「それにミサオさんたちが負けようが、聖国はこちらにまでは来ませんものね」


 もともと剣聖の狙いは美紗緒たちだったし、そうでなくとも聖国が少数でこんな奥地にまで入りこむことはない。だから放置することにしたんだろう。


「もっともミサオたちが間に合ったところで、外樹海の獣人がなじみのない人間の手を素直に借りるとも思えませんが」


 その声だけでなく、発言内容にもトゲを生やしてニケは続けた。


「彼らの考える世界とはこの樹海のみ。その支配者気取りで自尊心を磨き続けている彼らにとって、勇者など異物中の異物でしょう」


 実はニケはあまりここの獣人が好きじゃない。

 その昔、ケーンとして聖国にいたころにいろいろあったのだ。


「うん……外樹海には何度か来たけど、歓迎されてないことは感じてきたし、前からこっちに来てるクラスメイトにも話は聞いてる」


 美紗緒たちが協力する以前から、こちらで活動している勇者が三人ほどいるそうだ。

 そいつらはなんとか受け入れられてはいるのだろう。今回の戦いに出向いていてここにはいない。


「で、これから美紗緒たちはどうするんだ? 本隊を追うのか?」

「ううん。初めはそのつもりだったけど……思った以上にここの守りが薄くて、みんな不安がってるから」


 到着したばっかのティルの仲間たちまで連れてくくらいだし、さもありなん。

 俺としても美紗緒には大人しくしておいて欲しいのでちょうどいい。


「そっか。なら俺たちは適当にブラブラしてるわ」

「一応橘くんたちのことも、ここの獣人たちに話してあるけど……あまり変なことはしないでね」


 なんでそんな不安そうに俺を見るのだ、義妹よ。


「これがどういう人か、ミサオもわかってきたようですね」


 よくわからないが美紗緒は苦笑いでニケに応え、仲間のほうに去っていった。

 ということで俺たちは付近を散策することにした。


 俺もそうだが、セラやルチアは獣人の集落に来たことがない。その暮らしぶりを興味深く眺めている。


「獣人の方々は、このような暮らしをなさっているのね」


 広大な集会所には数多くのテントが立ち並び、獣人たちが活動している。

 おそらく種族ごとにまとまっているのだろう。

 事情は違うだろうが、ティルたちのように全体で来ていそうな種族もチラホラ見受けられ、テントの総数はかなりのものだ。


「しっかりした作りのテントだな。想像していたより、はるかに快適そうだ」


 ティルの仲間の獣人たちがここに来るまでのあいだ使っていたテントは簡素なものだった。

 それにはマジックバッグの保有数が少ないという理由もあるだろう。

 容量が少ないマジックバッグでも高価であり、C級くらいの冒険者でもパーティーで一つしか持っておらずに共用していたりすることは多いのだ。


 しかしルチアの言うとおり、ここにある木や獣の皮で作られたテントは、言うなれば移動式住居という感じだ。かなり手が込んでいて丈夫そうで、実物を見たことはないがモンゴルのゲルが連想できる。


 それらテントを眺めつつ、中央を目指して進んでいく。

 そこにはひときわ目を引く岩が、ドドンと屹立きつりつしている。あぐらをかいて座っているような、面白い形の巨岩である。

 高さだけ見ても東大寺盧舎那るしゃな仏像、いわゆる奈良の大仏の三倍から五倍くらいありそうだ。


 そしてそのあぐら巨岩の股のあいだ、くぼんだ場所には建造物が立っている。

 岩の凹凸を活かしつつ組み上げられていて、相当な手間がかかっているのは間違いない。


「木造の割にでかいなー」

「独特な意匠が素敵ですわ」


 かなりの歳月を重ねているだろうに手入れが行き届きしっかりとした太い柱やはりには、幾何学的な模様があちこちに彫られていて、エキゾチックな雰囲気がかもし出されている。

 それを見上げながら進んだあぐら巨岩の正面には、建物へと続く階段が掘って作られていた。


 そこで俺たちに投げかけられたのは、威勢のいい女性の声。


「アンタたち、そこを上がるんじゃないよ」


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