7-07 三人(特にルチア)にピザコーラの習慣をつけないようこれからも注意していこうと思った



 それは一目見れば、勝者となる側がわかる戦いだった。

 片やその身を包むのは重厚な金属の鎧、片や急所だけを申し訳程度に守る革や骨のみすぼらしい装具。

 もちろん前者が聖国側、後者が獣人側である。


 立っている者の数としては互いに五十人ほどだろうか。だが倒れている者は、獣人が圧倒的に多い。

 それでも獣人側がなんとか踏ん張れているのは、五人いる黒髪の者たちの奮闘あってこそだろう。

 ある者は三人を相手取り互角に打ち合い、ある者は囲もうとしている敵に魔術を放つ。


 その戦いの中心でぶつかっているのは、二人の黒髪の男だ。

 片割れであるきらびやかな鎧をまとった長髪の男が、大剣を担いで大きく踏み込んだ。

 その勢いを生かし、剣を振り下ろす。


 対する短髪の男は、長槍を横に持って受け止めることを選択。

 周囲の落ち葉が砕かれ舞い上がるほどの衝撃に男は顔を歪めたものの、なんとか踏みとどまった。


 剣と槍で押し合う中、長髪の男──剣聖が口を開く。


「ふん、ちょっとはやるようになったじゃねえか泰秀やすひで

「ぐうっ……いい加減にしろ! お前はいつまで聖国のいいなりになるつもりだ!」

「うっせえんだよ!」


 強引に押し込んでくる剣聖に、泰秀と呼ばれた短髪はついに体勢を崩す。

 しかし、転がって距離を取った泰秀を剣聖は追わなかった。


「裏切り者が偉そうに説教すんじゃねえよ。美紗緒! オメェもいまさらになって獣クセえ連中の味方なんてしてどうすんだ! さっさと戻ってこい!」


 そう言って剣聖が顔を向けたのは、肩までの長さの黒髪の女──美紗緒。

 その容姿は整っていて、剣聖が執着する理由もわかる。


 しかし美紗緒のほうは大技でも使おうというのか、杖を手に集中していて剣聖に視線を返すこともなかった。

 ただ軽く首を振って、髪を揺らす。


「何度も言った。アナタにもう用はない」

「おいおい、まだ怒ってんのかよ。お前のダチに手ぇ出したことなら謝っただろ」

「ハァ……ほんと頭悪い。そんなことまったく関係ない」


 魔術の準備が出来たのか、美紗緒が長い杖を構える。まるで消防士が放水するかのように。


「ハイドロイクストゥルード」


 杖の先からビームのように放たれたのは、暴力的な水。量も勢いも、消防士の放水とは比べ物にならないほど上だ。


 重力に引かれもしない極太の水流が、回りこもうとしていた騎士を餌食にする。

 打ち倒し、幾度も転がして戦線離脱させたあとも、放水は止まらない。

 そのままゆっくり杖の向きを変えた美紗緒は、騎士も木々も、側面の一切を押し流していく。


 ──俺たちが潜んでいたやぶも。


「……何者」


 ジャンプしてよけた俺たちは、当然気づかれてしまった。魔術が終わった美紗緒だけでなく、みんなが不審そうな顔を向けてくる。


「あーあ、めっかっちゃった」


 結構離れたところにいたのにな。さすがの魔力ということか。

 みんなの視線に応えて手を振ってあげていると、ルチアが首をかしげていた。


「というか、そもそもなぜ我々は隠れたのだ? その必要もなかったと思うのだが」

「だって仲良くケンカしてるからさあ。邪魔しちゃ悪いかと思って」


 そもそも俺たちは美紗緒にしか用がない。勝手にぶつかり合って双方の数が減るのであれば、それに越したことはないのだ。


「女とガキィ? てめえらの仲間か? 獣人じゃねえみたいだが」


 大きく表情を歪めて不審がる剣聖。以前からそうだが、相変わらずいちいち顔芸が大げさなヤツだ。

 その様子を見て、泰秀も不思議がっている。


「……聖国の者じゃないのか。でもなんで子供がこんなところに」


 招かれざる客である俺たちに戸惑った両陣が戦いの手を止め、束の間の静寂が森に訪れる。

 それを破ったのは、聖国側にいる黒髪の女だった。


「ちょっと、あれ! デニムじゃない!?」


 今日は三人とも戦闘用の服ではなく、森の中を移動しやすい格好をしていた。セラはまだ数点しか服を作ってないので、ほとんど地球産だ。


 動きやすくて丈夫な細身のストレッチデニムジーンズは、普段からルチアのお気に入りなのである。メイドインジャパンの、結構お高い質の良いやつだし。

 やはり金に余裕があるなら特に、多少高かろうが国産品を買って国内の経済を回していかないと。


 そのルチアを指差す女の叫びに、地球人全員が過敏に反応している。


「ほんとだ……デニム生地みたいなの、こっちにもあったのか?」

「でもあの人たちの格好、シルエットがなんだか……ね」


 地球っぽい。

 そう言いたいところを飲み込んだのだろう。

 じきに召喚されて四年にもなるが、生まれ故郷を恋しく思う気持ちはまだ残っているのだ。


 ……そうだな、彼らも俺と同じように被害者か。

 彼らとの思い出に良いものなどないが、そう考えると哀れにも思う。


 ──それはそうと、ここまで急いで抱っこされてきたからちょっと疲れたな。


「ニケー、飲み物ちょうだい。ノド乾いちゃった」

「なににしますか?」

「モヌシェイクがいいなー」


 ファストフードは様々な観点から考えてあまり食べないが、ハンバーガーを食べたくなったときはモヌバーガーをひいきにしている。日本生まれだし、野菜多めだし。


 ニケに渡されたシェイクをストローでズズズ。うん、ノド乾いてるときにシェイクの選択は間違いだったな。


「えっウソ、今モヌシェイクって……」


 そして地球人たちは、さらに混乱してしまった。


「えっ? あれって、えっ? えっ!?」

「違う、よな……そんなはずないよな、なあ?」


 ゴクリとノドを鳴らす音がこちらまで聞こえてくる。


 オウ、スマナイネ。別に哀れなキミたちに見せつけたつもりはないんだヨー?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る