5-33 水晶さんは卵料理が気に入ったようだが、俺も親子丼とか大好きだった



 真っ白い部屋の中を、ルチアに手を引かれてヨタヨタ歩く見慣れぬショートヘアの美女。


 錬金が終わり、練成人になった水晶さんである。

 まだ目覚めて数時間しか経っていないが、やる気満々の水晶さんにせがまれて歩行訓練中だ。


 水晶さんは今までも自分で動けていたこともあってか、ニケより体を動かす上達スピードが早い。

 実は始め俺が手を引いていたのだが、ニケのときみたく人型ロケットされた。それで上級ポーション飲むハメになったので、ルチアが代わってくれたのだ。


 好感度上げと、対衝撃用胸部ユニットを味わうチャンスだと思ったのに……。

 水晶さんもちょっと痛がってはいたが、ポーションを飲むほどではなかった。


 それも当然だろう。あんなステータスしてるんだから。




レベル ーー


種族 錬成人

職業 無器残響


MP 5121/5121

STR 5121

VIT 5121

INT 5121

MND 5121

AGI 5121

DEX 5121


〈虹色水晶〉〈森羅万象〉〈黄金の花輪〉〈アップグレード〉




 まったく……あまりにふざけたステータスだったので、すっかり覚えてしまった。


 ステータスの値が揃っているのは偶然とかではなく、〈森羅万象〉というスキルの持つ力の一つだ。

 〈アップグレード〉を除けばスキルは三つだけなのだが、俺の〈研究所ラボ〉しかり、だからこそどれもヤバそうな気配。三つとも誰も聞いたことないスキルだし。


 まず〈森羅万象〉。

 おかしなステータスの原因であるこれは、ステータス中の最大値を全ての値に反映させる効果を持っていたのだ。


 水晶さんが敵になってしまったときのことを考え、俺本体でも対峙できる程度の強さに留めておく予定だったのに……守りは硬めにしておこうとしたのが災いしてしまった。

 ステータス平均が四千にも届いていない俺ではお手上げである。


 そしてそれだけでなく、魔眼もこのスキルに統一されているようだ。

 水晶さんに使ったのは、一人旅に便利な〈鑑定眼〉と〈鷹の目〉。これらなら直接的な戦闘能力には結びつきづらいという理由もあって選んだ。

 それがなぜか〈森羅万象〉に取り込まれた。


 赤と青の瞳を使ったのだが、ニケとルチアみたいにヘテロクロミアにならずに、両の瞳が紫になったし。

 まだ全容がはっきりしてないスキルの性能といい、謎すぎる。


 次に〈虹色水晶〉は、さまざまな能力を持つ水晶を扱うことができるらしい。

 いろんな魔術と同等のことができたり、水晶を武器として使ったりと、これが戦闘の要となるのだろう。


 とにかく二つのスキルとも高い能力を持っているのは間違いないが、まだ真価は未知数だ。

 最後の〈黄金の花輪〉に至っては、なに一つとしてわからないし。水晶さんいわく、詳しく見ようと思っても見えないらしい。


 神様と呼ばれるような存在だったのだし、わけわからんことになるだろうとは思っていたが……本当にわけわからん。


 無器残響むきざんきょう? とかいう職業もどうかと思うし。

 字面的には水晶さんに合っているのかもしれないが……あまり良い印象ではない。こういうのはどうやって決められているんだろうか。


 とはいえ──


「地を歩むというのは、なかなかにっ、難しい、ものだなっ」


 一歩一歩、己の体を味わうように水晶さんは床を踏みしめながら歩いている。

 喋るのもすでにだいぶうまくなった。ややハスキーで中性的なその声には、隠しきれない高揚感が含まれている。


 うん……ステータスについて疑問や不安はあるが、今は水晶さんが新しい体を楽しんでくれていることを喜ぼうかね。


 それにしても水晶さんは、ルチアにはロケットせず危なげなく手を引かれているけど……まさか俺のときはワザと体当たりしてきたとかじゃないよね? そんなひどいことされる心当たりもないし、違うよね?


 なにも悪いことしてない俺が悩んでいると、ルチアが水晶さんにツッコんだ。


「普通は空を舞う方が不可能なのだがな。しかし……髪色だけでなく、顔もどことなく似ているな」


 そして顔をこちらに向ける。

 ソファーベッドで俺を膝枕で耳掃除してくれているニケを見たのだろう。


 水晶さんは髪が短かったり、おっぱい以外はすらっとしたスタイルだったり、全体的にボーイッシュな雰囲気である。

 でも長身で銀髪、目もとは涼やかで形の良い唇は薄めと、ニケに似ている部分も多い。

 それは別に俺の想像力の枯渇とかではない。


「そりゃそうだよ、ニケと姉妹の設定だから」

「なんですかそれは……初めて聞きましたが」


 だって設定だけでも、姉妹まとめて……とかになったら興奮するじゃない。


 ちなみにニケのときもそうだが、俺は造形の全てを細かく決めたりはしていない。本人から連想するイメージが、勝手に形になると言えばいいだろうか。


 今回であればやや中性的で凛々しく、でも鋭すぎずどこか柔らかく、そしてニケにちょっと似てる感じ……といったような、ザックリとしたイメージを乗っけながら作っただけだ。


 ただし!


「一緒に行動してくれないペナルティとして、おっぱいはルチアよりも小さくしてやったけどな!」


 俺にとっても断腸の思いではあったが、ルチアよりワンカップほど小さくなっただろう。

 クックック、俺たちと行動しないことを悔やむがいいさ。


「まだ巨大すぎる。足もとを見る妨げになってかなわぬ。なにゆえもっと小さくせなんだ」

「なんですって!?」


 まさかペナルティになっていなかった!? そんなことってある!? これじゃあ俺が損しただけじゃない!

 泣きそうだ…………いや、まだ希望はある。ルチアのように育てればよいのだ!

 水晶さんが俺の女になってくれたあかつきには、このゴッドハンドでさらなる高みを目指してみせる!


 俺が決意を新たにしていると、水晶さんは足を止めた。


「それにしても姉妹、か……人で言うのであれば、親子の方が正しいやも知れぬが」

「あー、わかる。ニケはなんか人妻感あるもんな違うよニケちゃん老けてるって意味じゃなくてしっとりと落ち着いてるという褒め言葉だから耳かきそんなに奥まで突っ込まないでやぶけちゃうぅ」

「もう……なぜ私があんな得体の知れないものの母にならなくてはならないのですか」


 たしかに水晶のころはよくわからない存在だったが、それを言ったらニケだって剣だったわけで。今は二人とも美人さんなので、それでいいと思うの。


 ニケの言葉に対し、水晶さんはぎこちなく首を振った。

 UMA扱いされたことに不服を示したのかと思ったが、どうも違うようだ。


「否。汝ではなく我が母だ」

「水晶殿、なにもそんなところで張り合わなくても」

「張り合う? 純然たる事実にすぎぬ。あれは我が生んだのだからな」


 ………………えっと?

 折れそうなくらい首をかしげる俺たちに、水晶さんはもう一度繰り返した。


「やはり本人も知らぬのか。剣の娘、汝は我が生んだのだ」





「びっくりだな。ニケに母親がいたとは」


 詳しく聞いたところ、遥か昔に水晶さんはいくつか擬似生命体の核のようなものを創り、人に授けたらしい。

 それらは人の手によってなにかに宿らされ、形を変えた。

 ニケの前身であるシュバルニケーンは、その内の一つだったのだ。


「母などとは認めませんが、私がそれほど昔から存在していたことには驚いています」

「我も驚いている。よもやこれほど平明に自我を持つとは想像し得なかったゆえに」


 ニケはもともと人をサポートするための、人工知能的な存在として創られたのだろう。

 それが長い時間をかけて、自我を確立した……って感じか。


「水晶殿、帝国のゲボルグゲイスもそうなのだろうか?」


 忠鎧ゲボルグゲイス。

 ルチアが興奮気味に聞いたのは、帝国にある意志持つ鎧のことだ。

 それが持つ力を、ルチアが褒美のスキルの参考にしたみたい。スキルを決めるときにその鎧について教えてもらった。


 ちなみにニケとゲボルグゲイスは、仲が悪いらしい。ニケは向こうが勝手に嫌ってるだけと言っていたが。


「然り」

「では妖杖アキュリアは? それとそれと──」

「ルチア、話は座ってゆっくりしたら? だいぶ長いこと練習してるし、そろそろ休んどき」

「それもそうだな。水晶殿、休憩にしよう。無理をしても良くないからな」

「わかった。キマイラの娘よ、手を離せ。最後に己だけで歩いてみたい」


 キマイラって、合成獣キメラのことかな? こっちにもそういう魔物がいるのだ。

 今は獣化してないが、ルチアはウサギとキツネ混ざってるし言い得て妙だな。


「私の名前はルクレツィアだと言っただろう。そんな変な呼び方はやめてくれ」

「我は変だとは思わぬが……了承した、今後はそう呼ぶことにしよう」


 両手を広げてバランスを取りながら、ゆっくりと歩く水晶さん。


 微笑ましい光景になごんでいると、ニケが「そういえば」と切り出した。


「名前といえば、どうするのですか? 彼女の名前は」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る