6-10 非暴力の精神だった



 いぶかしげな表情のニケに、よくぞ尋ねたとダンドンが胸を張る。


「ほう、興味があるか。儂も偶然手にした古い文献で知ったことだからな、お前たちが知らぬのも道理だが……教えてやろう。エルグレコは常々こう言っていたそうだ。『冒険者ギルドは、ただひたすらに愛すべき冒険者のためにあれ』とな」


 さも名言のように言い放ったけど……大したこと言ってなくね。


「ニケ殿、そうなのか?」

「そうですね、たしかにそのようなことは言っていましたが……」


 ひそひそ話をする二人に構わず、ダンドンは熱く語り続けている。


「それがどうだ、今の冒険者ギルドの姿は。国におもねるどころか、商人どもの顔色までをもうかがい、媚びへつらって……そのせいで冒険者は安い報酬で命をかけて働かされ、素材を得たとしても買い叩かれる。ランクの高い者たちはまだしも、C級に上がれないような冒険者の末路がどれほど悲惨か……だから儂が変える。儂が冒険者ギルドを、あるべき姿に戻すのだ。冒険者が誇り高く生きられるように!」


 強く宣言するダンドン。


「さすが統括……王都本部の連中に、統括の十分の一でも気骨があれば」

「アンタに一生ついてきますよ!」


 熱く盛り上がる冒険者たち。


 楽しそうな彼らを見て、俺が思うことはただ一つ。

 やっぱりこのノリって──


「アホくさー」


 ついこぼれた俺の呟きを拾い、ダンドンはため息をついた。


「やはり期待するだけ無駄だったか……貴様らはおごりすぎだ。ゆえに他者を省みず、アダマンキャスラーのときも手前勝手に挑むようなことをする。驕り高ぶった貴様らには、力無き冒険者の苦しみが目に入らんのだろうな」


 あのさ、正論ぶった言葉で責めてこようがバレバレなんだよ。

 お前は自分にとって都合の悪い行動を取った俺たちが気に入らないだけだろうが。はっきり言えばいいのにうっとうしい。


「アダマンキャスラー戦の前に信用を失わせるようなことをしたのはそっちでしょう。勝ちましたし」

「勝てばいいというものではない。それはただの結果論だ」

「一人の犠牲も出なかった完勝を結果論と断じて非難するのであれば、どんな勝ち方なら納得いくのですか? 誰かを危険に晒したわけでもなく、僕たちが負けても害は出ないと踏んで挑んだだけですし。それと力無き冒険者? そんな人たちは冒険者なんかやめればいいだけだと思います」


 鼻で笑ったダンドンが首を振る。


「そんなに簡単な話ではない。これだから驕っていると言うのだ」

「簡単な話でしょ。あの水晶ダンジョンでずっとC級に上がれないって、どう考えても戦闘職じゃない人たちですよね。普通にやめた方がよくないですか」


 ただの人間の錬金術師だったころの俺でも、安全に戦い続けていたらいつかD級くらいには到達できた自信がある。

 戦い続けてもC級になれないというのは、つまりそういうことなのだ。


 そのような戦いに向いてない冒険者でも、宝箱とかで大きく稼げてしまうということがある。

 当然そんなの極稀にしか起こらない幸運なのに、それを追いかけて冒険者になる者が後を立たない。


「冒険者を救う前に、そういう人たちが冒険者になるのを止めるべきではないですか」


 まあ俺も初めは錬金術師なのに冒険者になろうとしてたが、それはただ強くなっとくためであり俺自身が冒険者で稼ぐためではなかったし。


 そういえばセレーラさんは俺たちが冒険者になるときに、忠告してくれたな。そうそうおいしい出来事なんてありませんわよ、と。

 ダンドンはセレーラさんとは違う考えのようだが。


「貴様らはさぞ強い力を持って生まれてきたのだろうな。だから容易くそのようなことが言えるのだ。夢と憧れを持って冒険者を目指す者に、ただステータスが向いていないからやめろなどと」


 強い力を持って生まれてきた、ね……。

 ある意味ではそうだけどさ。


「……別にステータスに縛られろというつもりはないですけどね。でも夢と憧れっていうより、ただの欲望と言ったほうが言葉としてピッタリでは? 一攫千金狙いたいとか、有名になりたいとか。この人たち見てると、ほとんどそんな人ばかりだとしか思えませんよ。そんなんで無理して冒険者になるなら、さすがに自己責任でしょ。それを儂が救うからお前たちは素材をよこせって? どこまでもバカげてますよ」


 言っておくが、これは説得である。

 早く血を見たくてウズウズしてる野蛮なニケやルチアと違い、平和主義者で暴力を好まない俺は話し合いで理解して引いてもらいたいのだ。


 興が乗ってきたので面白半分に舌戦で叩きのめそうということではないのだ。本当だよ。だから二人とも、そんな不信の眼差しで俺を見るのはやめようね。


「しかも冒険者って金が入ったら入ったで『よい越しの金は持たねえ』とか言って、どんちゃん騒ぎしてますよね。次の日も休養日とか言って飲んでますし。それでその次の日に、『二日酔いだからやっぱ今日はやめとこう』ってギルドから帰ってくような人たちたくさん見ました」

「ふん。命をかけているのだ、生きて帰ってくれば羽目くらい外しもする」

「ええ、それは好きにすればいいですけど。でも金も貯めずに飲んだくれて末路が悲惨とか言われても、まったく同情できないのがわかりませんか」


 ハンターやマーセナリーのことはよく知らないが、ダイバーはそんな感じだ。

 万年低級ダイバーがそれでも生きていくことができたというのが、水晶ダンジョンが甘すぎた部分なのだろう。


「でもよかったじゃないですか。水晶ダンジョンがなくなったので、あんたの言う力無き冒険者も今後減ってきますよ。ハンターやマーセナリーにも変なのが混ざらなくなって数が減って質が上がれば、報酬も上がるでしょう。あれ? ということはわざわざあんたが頂点に立たなくてもいいですね。そうなると僕たちから素材を巻き上げる必要もなく、これにて一件落着ということでは?」

「くっ、ベラベラとゴタクばかり並べおって……なにもわかっておらぬ小僧が!」


 もはやマトモに反論もできていない。

 渋い顔はどこへやら、目を釣り上げたダンドンの顔はだいぶ湯だっている。


「ハァ、冒険者を救うみたいなゴタク並べてたのはどっちなんですかね。せっかく冷静になってもらおうと思って理路整然と説明してあげたのに、そうやってキレるだけだし。そういうところ見ればよくわかりますよ。結局あんたは、根本から問題を解決しようとしてるんじゃない。ただ偉くなってかわいそうな冒険者に恵んであげて、ありがたがられたいだけ。つまりあんたは──」


 初めてダンドンに会ったときの印象は、大当たりだったのだ。


「──自分に酔ってるだけ」


 豪快で子分思い……そういう自分で思い描いた自分に。


 そうでなければ、いきなり素材をよこせと命令なんかしてこない。大勢で取り囲んで脅してなんかこない。

 なにがメンツだ。本当に冒険者を救いたいという一心であれば、そんなもんかなぐり捨てて頭の一つでも下げてきたはずだ。


「きっきさ、キサマぁ……!」


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