6-09 笑えた
「素材を提供しろと言われても、もともと素材を売るときは、ダイバーズギルドにも売らなければいけない契約ですが」
貴重だし大量にあるし金に困ってないし情勢が混乱中だし、なによりめんどくさいのでまだなにも売ってないけど。
「ギルドには売らずにこちらに回せ」
そこまでを望むのか!? 完全に背任行為だと思うんだけど。
「代わりに個人的に買い取りたいということですか?」
答えたのは、周囲の冒険者。
「誰が金なんか払うかよ」
「ふむ、タダでよこせと。量はどの程度ですか?」
「アタイらが納得する量さ」
「曖昧ですね。そもそも統括に提供しなければならない理由もわからないのに、なぜ皆さんにまで差し上げなければならないのでしょうか」
「だからわかんねーのか? メンツが立たねえんだよ、このままじゃ」
最後のトゥバイに同調し、周りも鼻息を荒くしている。
「メンツですか……皆さんはもしかして、アダマンキャスラー撃退に向かった方々ですか?」
あのとき空振りに終わった恨みでこんなに集まったと思ったのだが、トゥバイはただ鼻で笑った。
「行ったか行ってねえかなんて関係ねえ。冒険者全体としてのメンツの問題だ。水晶ダンジョンが消えた責任も取ってもらわねえとなんねーしなあ」
水晶ダンジョンが消えたのは断じて俺たちの、俺のせいではないのだが、反論したところで聞く耳など持ってないだろう。
そして俺の問いに誤魔化して答えた理由は、ルチアが教えてくれた。
「半分以上は撃退に参加した者ではないだろうな。とてもではないが、そこまでの実力者とは思えん」
なんとなくそんな気はしてた。
俺には強さとかわからないけど、ニヤニヤしながらククリナイフみたいなのを手で弄んでるヤツとか、三下感にあふれすぎているのだ。
弱くはないのかもしれないが、人数合わせで声をかけられ、尻馬に乗っただけのヤツらか。
「当然ですね。少しでも
あのときのメンバーが丸々いるわけではないというのは、そういうことなのだろう。
ニケの言葉に反応して口々に凄んでいる連中の面構えを眺めていると、うつむき唇をかむ者が目の端に映った。
「あれれ~、でもさニケ」
いるのは気づいてはいたが、やや意外……そうでもないか、強欲だしな。
「元貴族の人もいるみたいだけど? 貴族って、矜持持つ立派な方だと思ってたよ~」
黒い三角帽子を深くかぶって目元が見えないギネビアさん。
固い表情の五十くらいのおっさん。
二人に挟まれていた坊っちゃんが、キッとこちらを睨む。
「僕だって望んでここにいるわけじゃない……キミのせいだろう!」
「へー、そうなんですか」
「そうさ! キミたちが水晶ダンジョンを攻略したから……キミのせいで水晶ダンジョンがなくなったから!」
そうだそうだと、周りも俺たちを責め立ててくる。
それに乗せられて、坊っちゃんはさらにエキサイト。
「もう少しで七十階に辿り着いたのに! 貴族に戻れたのに! ……でもこれに協力すれば、統括が」
「ああいいですいいです、もういいです。あなたの事情とかそういうのどーでもいいです」
「なっ……」
興味なさすぎて無理矢理ぶった切ったら、坊っちゃんは口をパクパクさせている。
放っておいて前を向いた。
「それで最後に聞いておきますが、僕たちが断ればどうするのですか?」
答えたトゥバイだけでなく、多くの者が含んだ笑いをこぼす。
「へぁっはっはっ。決まってんだろうよ、痛い目見るだけだ。俺としちゃあそっちの方がいいけどな。その姉ちゃんたちは可愛がりがいがありそうだ」
「もう、トゥバイったら!」
パーティーメンバーだろう。
ヤキモチかなんか知らんが、杖を持った女がトゥバイの背中を叩いた。
「そんな怒んなって。ま、大人しく素材出しとけや、おめえら。竜種やら超級の魔物が群れで出てきただとかはフカシすぎだが、それなりのもんは持ってんだろ?」
俺たちが講演で語ったことなど、信じていないようだ。
それも当然か。
以前まで俺たちは六十五階層で止まっていた。彼らの常識では、そこから短期間でそれほど強くなるはずがないのだ。
だから人類未到達だった七十八階層の先は、大したことがなかったと思っているのだ。アダマント装備でも揃えればいける程度なのだと。
だから人数さえいれば、どうにかなると思っているのだ。
まあ……どうでもいいな。
ホントもう無理。
いい加減限界。
それは俺だけじゃなくて、まず初めにギブアップしたのはルチアだった。
「プッ……くくくくくく」
ルチアが吹き出したのに釣られた俺も、もうこらえきれない。
「ぷくっ、クひひ、うひひひひ、ひひははは!」
「もうマスター、ふふっ、またそんな下品な笑い方を、ふふふ」
ニケも珍しく人前でこんなに笑っている。
「ひぅひひ、だってさあ、おいルチアぁ」
「すまない主殿、私が間違っていた。ふふふ、これではとても野盗ではないなどと言えないな」
まさかルチアの注意喚起が、こんな綺麗にフリになるとは。
「ふふ、野盗の方がまだマシでしょう。これではただのゴロツキです。これぞ冒険者ギルドの構成員と言えますが」
最後のセリフはよくわからないが、ゴロツキというのはよくわかる。
話している今も、野盗やゴロツキ扱いされた冒険者たちの怒号は飛び交っている。
あんだとやんのかおんどりゃあ的な。
しかしトゥバイなんかはダンドンに手で制されているけど、他に単身で挑みかかってくるような者はいない。
こいつらは脅せば俺たちが
もし従わなければ、みんなで寄ってたかっていたぶればいいと思っているのだ。
戦いをする気などこれっぽっちもない。
命がけの野盗のほうが、まだ潔いかもしれない。
そんなヤツらだからこそ、この場にいるのかもしれないな。
「セレーラ殿が以前言っていたことを実感するな。本物の冒険者などここにはいない」
「このような者たちであふれていたのです。リリスが水晶ダンジョンを消したくなるのも納得してしまいますね」
「くくっ、ああ思い出した。ダンドン、あんた前になんか言ってましたね」
「……なにをだ」
拍子抜けというかなんというか、意外にもダンドンは冷静にしている。
ゴロツキ呼ばわりや呼び捨てにされても、ずっと渋い顔のままだ。
「たしか、冒険者は己の腕一本で生きてるとかなんとか……これがですか? 徒党を組んで、ただわめき散らしてるこれが?」
これにはダンドンも歯をかみ締めたが、すぐにフーッと大きく息を吐いてこらえた。
「……なんとでも言え。なんと言われようと、儂は成さねばならぬ。この国の冒険者ギルドの頂点に立たねばならぬ。冒険者ギルドの開祖たる、エルグレコの遺志を継ぐために」
頂点に立つために俺たちから素材をぶんどって、王様とか偉い人に献上でもする気だろうか。
話をするのもバカバカしいが、昔の主の名が出てきてしまってはニケも尋ねずにはいられなかったようだ。
「エルグレコの遺志? どういうことですか」
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