6-08 呼び出された



 リリスが旅立って二日後、今度はダイバーではない冒険者ギルドに呼び出された。

 水晶ダンジョンが消えてからは初だが、攻略から帰ってきてすぐのころに何度か呼ばれてはいたのだ。侯爵との打ち合わせとかを理由に行かなかったけど。


 しかし以前、戻ってきたら連絡をさせるとゼキルくんに言わせていた手前、これ以上無視してはゼキルくんに迷惑がかかってしまう。

 馬車まで用意されてしまったので、仕方なく現在向かっているところだ。


「やはり素材の譲渡要求でしょうか」


 俺たちを呼びにきた妙に挙動不審のギルド職員は、馬を操る御者ぎょしゃの隣にいる。

 俺たちだけの馬車内で、抱っこ係のニケの声はありありと面倒臭さを表現していた。


「だろうなあ」


 この街の冒険者ギルド統括であるダンドンは、点数稼ぎのために希少な素材を欲しがっているようだから。

 アダマントや、水晶ダンジョン終盤の魔物を寄越せと言ってくるに違いない。


「どういう論法でくんのかな……買わせろとかなら少しくらい考えてやらんこともないけど、力ずくで奪おうとしてくるとかだったら」

「さすがにそれはないだろう、野盗でもあるまいし。以前は私もカッとなったが、あまり冒険者ギルドを甘く見ないほうがいい」


 そこでルチアの声のトーンは一段沈んだ。


「……私の父はめったなことで周囲に弱みを見せる人ではなかったが、冒険者ギルドに悩まされていたのは私でも知っている。伊達に大きな組織ではないのだ」


 嫌なことを思い出してまで忠告してくれたのだ。真摯に受け止めなければなるまい。


 そうこうしているうちに、東門近くの冒険者ギルドに到着した。

 挙動不審職員に連れられて中に入ったが……階段には向かわないようだ。

 一階の廊下を進むと、異様に厚く頑丈そうな扉が見えてくる。


 方向から考えても、ここって──


「こっ、こちらに……お入りっ、くださいぃっ」


 職員が全体重をかけて、両開きの扉の片側を押し開ける。

 その先には広い空間。


 やはりそこは、ギルドに併設している修練場だった。


 扉の隙間から、男の後ろ姿が見える。まばゆい頭部からしてダンドンだろう。

 体育館二つか三つほどありそうな広さの修練場に、ポツンと立っている。


「マスター」

「うん、いいよ行こう」


 その背中に向けて歩み、修練場に足を踏み入れた。

 とにかく頑丈さを追い求めた結果だろう。修練場には上の方に通気口があるだけで、他には扉どころか窓すらない。

 壁も頑丈にするために、魔術的ななにかが施されていたりするのかな。


「来たか」


 一つしかない扉が音を立てて閉まる中、俺たちが近づくとダンドンは振り返った。

 腕を組み、眉間や額に深いシワを寄せた渋い表情をしている。カッコいい意味の渋いではなく、しかめっ面のほうだ。


「お待たせしてすみません。それにしてもこんなところに連れてくるなんて、どういうつもりですか?」


 俺の質問に応えたのは、ダンドンではなかった。


「へぁっはっはっ、わかんねーのか?」


 あざけるような声が、後方から響く。

 振り向けば、入ってきた扉側の上部は広くはないが階段状の観覧席になっていた。


 四十人以上いるだろうか。小馬鹿にした笑みを浮かべながら、続々と観覧席から飛び降りてくる。

 いずれも屈強そうな男や女。間違いなく冒険者だ。


「わかりたくありませんね。でもそんなことより教えて下さい」

「あん?」


 俺たちを取り囲んだ冒険者たち。

 その中でダンドンの横に行って一番偉そうにしている、イヌ系の獣人を軽く煽ってみよう。

 さっき声を上げたのもこいつだろう。笑い方もイヌっぽかったし。


「前もそうでしたけど、皆さん驚かそうとするのが好きすぎません? 大の大人がこんな大勢で息を殺して、どんな気持ちで僕たちが来るのを待っていたんですか? 恥ずかしくなかったですか?」


 以前の集まりでは、襲われてから俺たちが即行で帰ったから、そうさせないように入るのを待っていたのだろうか。

 もっとも入るときニケもルチアも気づいていたし、俺でさえいるだろうなと思ったけど。


「……ガキが」


 もともと鋭かった目をさらに細め、獣人が前に出てこようとする。

 それをダンドンが制した。


「やめろトゥバイ。いい加減、人相手だと簡単に熱くなるクセを直さんか」

「チッ、わーったよオヤジ」


 見るからに短気そうだが、獣人は素直に従った。

 本当の親子のようには見えないが……単にダンドンを慕ってオヤジと呼んでるのかな。


 その獣人を見てルチアが、「なるほど」と呟く。


「あれがS級ハンターの『群青の狩猟者』トゥバイか。前回の集まりにはいなかったように思うが、マリアルシア王国きっての凄腕と聞く。狙った獲物は決して逃さないとか」

「そうなのですか、大したものですね。獣人は年齢がわかりづらいですが、まだまだ若く見えるのに」


 いやいや、年なんてどうでもいい。そんなことより問題は二つ名だ。

 『群青の』というのは、後ろでくくっている長髪の色からきてるのだろうが──


「二つ名ってそんな長くてもいいの!? 群青とか響きがカッコいいし、ずるい!」


 俺なんてあんな無理くりつけられた、まったく中身にそぐわない二つ名なのに。

 おのれ、なんてうらやましい……。

 腹立ってトゥバイにガンを飛ばしていると、


「ぎゃあ!」


 ニケに目をつつかれた。


「一人で勝手に煽られていないで、話を進めなさい」

「うう、なにも目潰ししなくても……それでダンドン統括、これはどういう了見ですか」

「単刀直入に言う、素材を提供しろ」


 渋い表情を崩さぬまま、ダンドンは続けた。


「アダマント、そして水晶ダンジョンの深層階で得た素材をだ」


 それは想定どおりだったが……一応いろいろ確認しておかないとね。


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