5-29 尻責めにあった



 俺すら予想外の電撃婚約発表を終え、ソファーベッドでニケとルチアにべっとりくっつかれながらまずは水晶さんに話を聞いた。

 俺怒ってたはずなのに、なんでこうなったんだろう。


 ちなみに百階層に残してあったいろいろなものは、巨人含め全部回収させてもらった。

 通常物を放ってしばらくするとダンジョンに吸収されたりしてしまうのだが、水晶さんが止めておいてくれたのだ。


 それでこの水晶さんは、どうやら水晶ダンジョンの管理者として分けられた、人族側の神の一部らしい。

 過去形なのは、神がどこかへ行ってしまったからだ。


 水晶さんにもよくわかっていないのだが、ある日突然、本体との繋がりが切れてしまったそうだ。

 魔族側にも神がいたのは事実で、それとともにどこかへ旅立ったような気がしたと水晶さんは言っている。わけがわからない。


 そもそも神と呼ばれていた存在は一体なんだったのか。それも水晶さんにはわからない。

 ただ気づけばこの星にいて、使命感に突き動かされていたようだ。


 使命──それは当時から魔族と争っていた人族に、力を貸すというものだ。


 おそらく魔族側の神は、魔族に力を貸す使命を持っていたのだろう。なんだかこの二柱の神より大きな存在の意思を感じなくもない。

 神が消えたことも含めてあれこれ妄想はできるが、どうせ真実に辿り着くことはないし気にすまい。


「人に力を貸すというのは、この水晶ダンジョンのようにですか? ここは本当に人の修練のために創られたのですか?」


 水晶さんは一度ふよんと沈んで、ニケの問いに肯定した。


『然り。他にもより直接的に、助言や物を与えることもあった』

「えー、でもここって九十階層から先はめっちゃ殺しにきてたじゃん」

『それは人の特質を今一度知らしめんがためだ』

「特質……魔族と対比しての優位性ということか。ならばやはり、数ということになるだろうか」


 ルチアの言うとおり、魔族は個の力は強いが数が人と比べれば圧倒的に少ないのだ。


 要するに、上には上がいるから少数で無理せず群れなさい、ってことを体に叩き込もうとしたのか。それはわからなくはないが……。


「だからってやりすぎじゃね? 死んだら元も子もないし」

『死なぬ』

「うん? どゆこと?」

『九十一以降においては、死しても階に足を踏み入れし状態に肉体が巻き戻るだけだ』


 は? なんじゃそれ。階層に入ったときの状態で復活するってこと?

 九十一階層からゲートくぐるときに体を魔力が這い回るような感覚があったのは、それのためだったのか。


『力を大きく使うゆえに浅い階層を進む者にまではできぬが、そこまで至れるほど極めて稀な強者を失うわけにはいかぬのでな。もっともこれまで、辿り着く者もおらなかったが……それがよもや、一度も死せずに踏破せしめるとは思わなんだ』

「いやいやいや! そういうのは先に言ってよ! ニケにエリクシル使っちゃったじゃん!」

「……マスター」


 ルチアと片膝ずつ俺を分け合って乗せているニケから、冷気が漂ってきた。


「に、ニケちゃん違うよ? もったいないとかそういうことじゃないんだよ? 愛する婚約者を見殺しにすればよかったとか思うわけないじゃないかだからそれ以上お尻つねるのはやめようねちぎれちゃうぅ」


 俺が悶えていても、水晶さんは素知らぬ顔(?)だ。おおらかで慈しみがありつつもクールなキャラである。


『遥かな過去には、それらを人に伝えたのだがな。我の大もとが消えた今では、伝えるすべを持たぬ』


 もしかしたら攻略したら褒美がもらえるっていうウワサは、神が昔伝えたことをずっと言い伝えてきてたのかもしれないな。恐るべし人の欲望。

 あ、欲望といえば。


「はいはい質問。性病用の薬とか避妊薬の作り方を、神様が教えたってほんと?」

「主殿……なにを聞いているのだ」

「いやだってずっと気になってて」

『いくらか異なる。我は薬効を持つ草木を創り出したにすぎぬ』

「すぎぬって……もっとすごいんだけど」

「そんなことのために命まで創ったのですか」


 この世界だとほとんどないからルチアもニケもわかってないが、性病は怖いからなあ。


 避妊薬についてだが、本来神様は人を増やしたいであろうから矛盾に感じてもしまう。だが、これは戦う女性のためだろう。

 こっちだと女性でもレベルさえ上げれば、簡単に男性との身体能力の差を覆すことができる。バースコントロールで戦力もコントロールしようということか。


 それにしても創られた命か……いたな、それっぽいヤツが。


「もしかしてアダマンキャスラーって、魔族側の神が創った生物?」

『然り』

「そうだったのですか……なぜマスターは魔族側だと?」

「思ってたんだよね。アダマンキャスラーは人が背に乗るのは嫌うけど、魔族はどうなのかなって。というか、背中の遺跡を作った存在が他に思い浮かばなかっただけなんだけど」


 魔族にもいろいろいるから、全種族が乗れたわけではないだろうが。

 とにかくこれでアダマンキャスラーの、無理矢理に創られたような気味の悪さにも合点がいった。それはルチアとニケも同じようだ。


「つまりアダマンキャスラーは、魔族の移動基地として生み出された生物だったということか。たしかにそうだとわかれば、それ以外には思えなくなるな」

「建造物を狙うという性質にも納得ですね」


 魔族の街は狙われないのだろうか?

 今は魔族領にも街はあるけど、昔はあんまりなかったのかな。

 まあそれはどうでもいいけど、魔族の街とかちょっと興味あるな。やっぱり人の街とは全然違うんだろうか。


 サキュバスのお姉さんだらけの街を想像してたら、テレパスしたルチアが軽く俺のお尻をつねりながら水晶さんに尋ねた。


「私も聞いていいだろうか。マリスダンジョンとは一体なんなのだ? あなたが創ったものではないのか?」


 それは気になるところだ。

 ゲートや遺宝瘤などシステム的には似通っているのに、マリスダンジョンは罠などが悪質だったり魔物を吐き出すスタンピードなどがあったりする。どうにもコンセプトが違いすぎる。


『あれは我の創りし迷宮に、手が加えられしものだ』

「どういうことだろうか?」

『元来、汝らが水晶ダンジョンと呼ぶこの迷宮は、八つ在ったのだ。なれどその内の三つを書き換えられた。結果、汝らの言うマリスダンジョンというものが無作為に生まれるようになった』


 魔族側の神が、人族のための水晶ダンジョンを削ると同時に、害を成すダンジョンが生まれるようにしたわけだ。似通っている部分は流用した結果か。

 それを聞いて、ニケは納得いかないように首を傾げている。 


「魔族の領土にも、マリスダンジョンは発生したはずですが」

「それは費用対効果の問題じゃないか。たぶん魔族領だけ出現させないとか、条件をつけようと思えば神パワー的なものを余計に使うんだろ」

『然り』


 さっき復活には力を大きく使っちゃうみたいなことも言ってたし、神の力も無限ではないということだ。


「なるほど。それでわざわざ力を使う必要はないと判断されたわけですね。たしかに魔族は個として強く、人族のように領土に広く分布しているわけでもないですから。マリスダンジョンがスタンピードを起こしたとしても、被害が出づらいかもしれません」


 そこで水晶さんが、ふふっと少し笑う。呆れ半分、愉快さ半分といった印象だ。


『もっとも、人はその迷宮すら活用しているようだが。それゆえにいまだ生まれ続けるのだがな。生まれた先から潰していれば、とうに力は尽き果て、生まれぬようになっている』

「そうなのか!? それは……なんというか、皮肉なものだな。我々の欲が我々を苦しめているというのは」

「世のことわりというのは得てしてそういうものですよ、ルクレツィア」

『然り』


 さすが老成してる人たちは言うことが、いや違う老成してるけどピチピチだからニケちゃんお尻に手を伸ばさないでください。


 つねられなかったけどいやらしく撫でられてゾクゾクしていると、水晶さんがどこか寂しげにくるりんと回った。意外と感情がわかるのだ。


『よもやこの迷宮の方が、先んじて消えることになるやもしれぬとはな』

「なに!?」

「へー、ここ消えるんだ」

「いや、へーって一大事だぞ主殿! それはいつなのだ?」

『人間の十の代替わりは保たぬ』


 こっちは結婚早いし、一代二十年くらいか? なら二百年とかか。

 今まで存在してきた歴史を考えれば近い未来なのだろうが、どうにもピンとこないな。

 俺たち練成人は寿命長いみたいだし、まだ生きてそうだけど。


「神パワーが尽きちゃうなら、仕方ないんじゃないか」

「それはそうかもしれないが……」

『消えゆく前に汝らのような者に会えたこと、喜ばしく思うぞ』

「それはなによりです……そのときは貴方も消えてしまうのですね」

『然り』


 そんな感じで、いろいろなことを聞いてみた。

 ただ水晶さんは本体から切り離されて以来、水晶ダンジョン周辺程度のことしかわからないらしい。


 だからルチアが聞いた第三のダンジョン(噂では存在しているらしい)のこととか、ニケが聞いたリグリス聖国の召喚陣(俺が召喚されたやつ)のこととか、よくは知らなかった。

 聖国は召喚陣を神が作ったなどと言っていたが、やはりそうではなかったのだ。


 ちなみにそのことを聞くときのニケは超怖かった。もし神が召喚陣を作ってたら、水晶さんを斬り捨ててそうなくらいに。

 それと神はリグリスなどと名乗ったことはなく、本体が消えたあといつの間にかリグリス教がそう呼び始めただけらしい。


 そうして聞きたいことをあらかた聞いてから、本題に入ることになった。

 お待ちかねのご褒美だ。


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