2-03 どこをどう使ったかはナイショだった




 ……三ヶ月ほど、ニケにどっぷりとはまってしまった。

 朝から晩までずっとべったりくっついてたよ……しょうがないよね? お互い覚えたての猿みたいなもんだし? 娼館などなかったのだ!


 というわけで、今日も朝風呂から戻ってきたニケのお胸様にダーイブ! へぶっ! 撃ち落とされた! なして!?


「マスター、働きましょう」

「えぇ……突然冷静……昨日まであんなに情熱的だったのに。まさかアタチのことに飽きたの!?」


 ポケットから取り出したハンカチをぐまぐまと噛んでいると、ニケは不思議そうにしていた。


「なぜハンカチを噛み締めているのですか。そうではなく、月のものが来ました」

「…………はい?」

「生理です。私の体は子を成すことができるとわかりました。これまで来なかったのは、体の具合がまだ落ちついていなかったという可能性はありますが……恐らくは私が長命種だからではないかと。エルフなどの長命種は、総じて生理周期が長いですから」

「…………」

「なぜ子供の話をして黙るのでしょうか。なるほど責任を取る気はないと。さすがに刺しますよ?」


 物理的な力を持っていそうなくらい鋭い眼光が、すでに俺にぶっ刺さっている。


「ち、違うよ? 今まで浮かれてて、全然気遣いできてなくて本気で申し訳ないなと思って。それに自分が親になるとか全く考えたことなかったから。いやいや、ニケとの子供が欲しくないとかじゃなくてだな。そうだ、サッカー二チーム作れるくらい子供作ろう! それで国立競技場の観客席も俺たちの子供で埋め尽くそう! というか具合は大丈夫か? きつくない?」

「マスター、言葉を重ねれば重ねるほど疑わしさが増していきますが」

「ほんとだから! 信じてニケちゃん!」

「冗談です、マスターのことは信じています。体の方は問題ありません」


 ニケの冗談はわかりづらいの……基本真顔だから。多分これは上手く表情を作れないとかじゃなくて、個性だと思われる。


「それにしても、子供か……」


 子供は苦手だが、ニケの子供ならさぞ可愛いんだろうなぁ。


「どうにかして俺の遺伝子だけ取り除けないかな? その方が絶対可愛いと思うんだ」


 俺も子供のころは可愛いと近所で評判だったはずだが、大きくなったらモテなくなった。きっと俺の可愛さは、子供時代専用だったのだ。


「私はちゃんとマスターとの愛の証が欲しいです」

「ニケ……」

「マスター……」


 ニケと見つめ合う。辛抱たまらん、ダーイブ! へぶっ! なして!?


「月のものが来たと言ったはずです」

「あんだけ雰囲気出しといてひどい……それで、生理と働くこととどんな繋がりが? お金ならまだまだあるよ?」


 ホムンクルスを作るためや、スキルレベル上げのための素材を買い漁ったからかなり崩したが、遊んで暮らせるだけの金は残っている。


「マスターは子供ができたら、その子に自分の職業をなんと言うつもりですか。ステータス上のものではなく」

「山賊キラー?」

「そんな親嫌すぎますよ……もっと社会的地位が確立された職業につくべきです」


 に、ニケの目がすでに母親の目になっている……初潮を迎えたことで、気分が相当盛り上がってしまっているようだ。

 ニケが俺との未来を思い描いていることは、俺としても嬉しいことだが。


「むう、山賊キラーも人の役に立つ立派な仕事なんだが……よし、なにか仕事を見つけよう。といってもポーション作るくらいしかできないなり。作ってくるぜ!」


 思い立ったが吉日ということで俺が立ち上がると、がしっと腕を掴まれた。


「なぜ貴方はそう脊髄反射で行動するのですか。もう少し話を聞いてください。仕事について提案があります」

「ほう、聞こうじゃないか」

「冒険者になりましょう」


 今さら王道!?


「さしあたって奴隷を買いましょう」


 今さら王道!?


「ええと、その心は?」


 冒険者に奴隷なんて王道ファンタジーを今からとか……。

 んーと、こっち来てから聖国で一年半、逃避行五ヶ月、ホムンクルス作り半年、ニケとしっぽり三ヶ月で……二年八ヶ月経ってるんだけど、遅すぎじゃね?


「これは私のわがままでもあるのですが……マスターは冒険者に三種類あるのをご存じですか?」

「詳しくは知らないが一応な。マーセナリーとハンターとダイバーだろ?」


 マーセナリーは人に雇われて仕事をする者で、護衛とか、人によっては戦争に従事したりもする。


 ハンターは街の外で活動する者。主に魔物や獣を狩って稼ぐが、薬草摘みなどの仕事もある。


 ダイバーはダンジョンに潜る者だ。


 それぞれにギルドがあって、その三つをまとめて冒険者ギルドと呼ぶ。


「そうか、マーセナリーになりたいんだな。ニケはそんなに戦争したかったのか」

「なぜそうなるのですか……聖国相手であれば、それもやぶさかではありませんが」

「ん? お前そこまで聖国嫌いだったの?」

「いえ、そういうわけでは」


 ベッドに隣り合って座るニケが、じっと見つめてきた。よくわからんが、取りあえずちゅーをしておく。


「んっ……もう。まあそのことは置いておくとして、私はダイバーズギルドに入りたいと思うのです。水晶ダンジョンに潜るために」


 水晶ダンジョンというと、行ったことのある階層に飛べたりする便利なダンジョンだな。世界に五つあり、その内の一つがこの国にもあったはず。


「あー、アップグレードか?」


 ニケの持つスキル、アップグレードについては少しわかっている。

 ニケは素材を触ってアップグレードを意識すれば、その素材で自分が強くなれるかわかるらしい。


 ただ、同じ素材を一定量以上使っても意味がないようで、ニケの体を作るときに使った素材を調べてもステータスは変動しないことがわかった。

 現在保持している素材ではほとんど強化されないので、今のところアップグレードは見送っている。


「はい。将来的にどう転ぶにせよ、戦力が高くて困るようなことはありません。外界で適正な魔物を探すのは骨が折れますが、水晶ダンジョンであればそれも容易です。それに私が魔物を狩れば、マスターがその素材で何かを作ることもできます」

「うーん、俺としてはあんまりニケに危ないことをしてもらいたくはないんだが……でも強くなれるなら、強くなっとくべきだというのもわかる。俺ももっとレベル上げとくべきかな」


 この世界は、個の力の幅がでかいというのがとても恐ろしい。

 地球で言えば、街ですれ違う人が拳銃どころか、ロケットランチャー隠し持ってたりするようなもんだから。

 危険を回避するために危険なことをしなければいけないというのは皮肉なもんだが、それでも突発的ににっちもさっちもいかなくなったりするよりはマシだ。


 ……不思議なもんだな。

 一人で生きていくつもりだったときも強さは欲しかったが、ここまで怖くはなかった。


「そうですね、できればその方が私も安心できます。そのためにも奴隷が必要だと思うのです。私が離れて動くときにマスターの護衛が必要ですし、共に動くときでも手が多い方がいいでしょう」

「俺錬金術師だから弱いしな。奴隷じゃない仲間は……きついか。俺の出自のこともあるし、ニケの種族のこともあるし」


 奴隷には魔術的な制約をかけて、裏切ることができないようにするのが普通らしい。

 秘密にしておくべきことの多い俺たちにはうってつけだと思ったのだが、それだけが理由ではないとニケが笑った。


「ふふ、マスターの性格もありますから」

「あ、いやまあ、うん」


 他人との間に距離を取りがちな性格が、すっかりバレているだと……一体どうして? こんなに他人と関わらずに生きているのに。


 ニケの洞察力には驚くばかりだが、正直人を簡単には信用できないんだよな……こんなことでは愛想を尽かされてしまう。少しは改善できるよう努力すべきか……。

 自分の至らなさに項垂れていると、ニケが俺の膝に手を置いた。


「無理することはありません。私は今のままのマスターでもお慕いしていますから。そしてもしマスターが変わっていったとしても、私はいつまでも側にいますよ」


 なんというダメ人間製造器。でもこんなに慕ってもらえるのは素直に嬉しい。


「ニケ……」

「マスター……」


 辛抱たまらん、ダーイブ! ……しないのだ。俺は学習する男なんだぜ。


 なのに……あれぇ?


「ニケさん? なぜマスターのマスターをさすさすしてるの?」


 膝に置かれていたはずのニケの魔の手が、いつの間にか息子さんに忍び寄っていたのだ。


「話もあとはマスターがどう決断されるかだけですし、もういいかと思いまして」

「今日はダメじゃなかったのかな?」

「ええ。ですから、他であれば……」


 どこでも使っていいですよ──そう耳元で囁かれた。


 ニケは剣のときの感覚が抜けていないのか、使うとかそういう表現をすることがある。こんな美人にそんなこと言われると、背徳的すぎてめまいがする。

 激しく求められることを好むし、絶対被虐嗜好持ちだと思う。


 あ、もちろん迷わずダイブしましたー。

 ……ダメ人間まっしぐら。



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