4-33 成功はした



「まさかそんなことが……いえ、今はっ」


 驚いて止まっていたのは一瞬。ニケはすぐに我を取り戻して一歩踏み出す。


 シータを動かす余裕がないのでニケ一人なのに、今までに比べて驚くほど簡単にネジが回る。

 その勢いのまま進み続けた。


 俺は維持に精一杯だが、ネジに押し出されるように、俺の支配下にあるアダマントが表面にあふれ出てくる。

 持ち手が回りながら下がってきているものの、俺のいる場所は最初のニケの攻撃でくぼんでいる。可能な限り低い姿勢で、そのままあふれるアダマントをまとめていく。


 ニケは途中から押すのではなく、しゃがんで引っ張るような格好だ。

 そして、限界まで回しきった。


「よし、急いで抜くぞ!」


 俺も抜くのを手伝おうと思い、奪ったアダマントを甲羅から切り離す。


 途中で終わらせたが、それでもニケとルチアの両おっぱいを足して三分の二にしたくらいのかなりの量だ。もともとアダマントは重く、相当な重量になったからすぐにマジックバッグに入れた。

 これはただのアダマントで、アダマンキャスラーの素材とはならないだろうけど。


「いえ、これなら」


 しかし俺が手伝うまでもなく、ネジは跡形もなくパッと消えた。


「無限収納でいけたのか!?」

「おそらくマスターのおかげです」


 なるほど……周囲が俺の支配下にあったことと、俺がアダマンキャスラーの魔力を蹴散らしたことで、ネジの方にはほとんどこいつの魔力はいかなかったのかもしれない。

 とにかく時間を節約できたのはありがたい。


 さあ、ここからはいよいよ大詰めだ。


 一度アダマンキャスラーを動かしたあと、空けた穴から少し離れた背中の上でラボを出す。

 ちょうど俺がいるから、ここを避難場所にすることにした。


 甲羅に空いた穴はネジを抜いてから、わずかずつせばまってきている。まだまだ猶予はあるが、さすがの再生力だ。

 ということで早速ニケとともにラボに入り、シータで赤い魔石爆弾を起動させて投入。


 ちなみに車や魔導砲で使ってるような粉末状にした魔石は、ちょっとの魔力で即座に暴発する取り扱い注意物体であり、こんなところでは危険すぎるので使えないのだ。


 シータを戻してしばし、穴から吹き上がるのは真紅の吹雪。

 魔導砲のときはわからなかったが、どうやら火属性魔石爆弾は、おそらく高温の赤い光の粒が無数に出現するらしい。

 光の粒はスチームクリーナーのように勢いよく吹き出し、一定の距離で消えていく。


 噴出が終わりシータを出そうと扉を開けると、ムワッと生暖かい空気が入り込んでくる。その中をシータに進ませ穴を覗いてみた。

 全体的に赤っぽくなり、底の方や、ネジのらせんでできた凸凹の端は少し発光が見られる。

 だがまだまだだ。


 二発目を起動させて落とす。

 魔石爆弾にウニのような装甲をまとわせているのは、直接触れて内部機構が溶けないようにした結果である。

 その二発目の最中アダマンキャスラーが背中を揺すったが、俺たちはラボ内だ。なんの被害もなかった。


 そして三、四と繰り返し、五発目。

 これでラスト。火属性魔石自体が品切れである。


 穴周辺まで赤みを帯び、内部にいたってはどこも赤や白っぽく発光して溶けたりもしている。

 アダマントは熱にも強いらしいから、見た目以上の温度になっているだろう。

 その証拠にセットして戻ってきたシータの顔の塗装は、覗きこんだだけで溶けて剥げていた。


 最後の五発目が終わり、扉を開ける。

 離れているのに、感じる熱気は水晶ダンジョンの六十階層台に勝るとも劣らない。

 赤熱化した甲羅を歩むシータのポックリ下駄風の足が溶けちゃってきているが、今は我慢してもらう。


「ルチア! やるぞぉ!」

「了解した! やってくれ!」


 かすれ気味の声を張るルチアは疲労困憊だろう。

 さっきまたスタミナポーションを飲んでいるのが見えたが、もう肩で息をしている。

 それでも……間に合った。


 蜘蛛のように長い足をつけた魔石爆弾を、穴をまたがせて置く。装甲の切れ目から見える本体は水色。

 五十階層台で手に入れた、水属性の魔石入りだ。昨日一度試してわかっているから、穴の上でも大丈夫。

 それを起動させ、シータを戻した。


 絶対とんでもないことになるので、扉を消して外からラボ内に入る音をカットしておく。そういうこともできるのだ。


 走って離れたルチアが、いろんな素材を固めて作った避難用の大きな塊をマジックバッグから出して身を隠す。それをラボからでもギリギリ見ることができた。


 そのルチアを追って、アダマンキャスラーが一歩踏み出し──


「うぉあっ!」


 つい短く叫んでしまった。

 俺を抱えるニケもビクーンとして、珍しくキャアとかわいい悲鳴を上げた。


 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

 一瞬、穴の上に大きな水の玉が発生したと思ったら、全てが吹き飛んだ。終わり。

 そうとしか説明できない。


 扉の外でさっきより広がった景色には、細かな甲羅の破片や水が降ってきている。

 しばらく二人で呆然とそれを眺めていたが、俺を抱えるニケが扉に近づいた。


 まずルチアは無事だ。塊から恐る恐る顔を出し、目をぱちくりさせている。

 そしてアダマンキャスラーの周囲には黒い破片が散らばったり土にめり込んだりして、土煙を起こしていた。


 なぜそれがここから見えるかといえば、甲羅の位置が低いからだ。

 どうやら爆発の衝撃で、アダマンキャスラーの後方胴体は地面に叩きつけられたらしい。


 そのせいで少し衝撃が分散されたのかもしれないが……なんて分厚さだよ。

 あのとんでもない爆発なら甲羅の中身まで届いてるんじゃないかと思ったが、そこまで甘くはなかった。


 だが、十分だ。

 後方胴体の左前方の甲羅はごっそりえぐり取られ、甲羅の上にも大きな破片がいくつも散乱している。あとはそれを拾って降りるだけだ。


「いよっしゃあ! こいつがダウンしてるうちに撤収だ!」

「はいっ」


 あれだけの爆発だったし、アダマンキャスラーにもダメージはあるだろう。

 ルチアのためにもさっさと終わらせたい。

 先にニケに拾いに行かせ、俺もラボの扉を閉めつつ飛び降りた。


 そして破壊と倒れこんでいることで傾いた甲羅の上に着地し──


「はぁっ!?」


 ──そのまま弾かれるように、前方へと宙を舞った。

 一瞬なにが起こったかわからなかったが、アダマンキャスラーが勢いよく起き上がったのだ。


 おいぃ、立ち直るの早すぎだろ……。


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