幕間1-08 子供なんだから一緒に入ってもいいはずだった



 なにせ違う世界の住人だ、話題は尽きることがない。妹神降臨後もどっぷり話しこみ、お互いだいぶ打ち解けることができた。


 それもあってか母さんがすぐにあっちに行ってしまうのかと心配してきたが、しばらくはゆっくりしていくつもりだ。それを晴彦さんも快諾してくれた。


 そうしたら千冬が、家の使い方を説明すると張り切りだした。


「別に俺が説明するけど」

「私がやる! こんなイベント逃せるわけないじゃん」


 さすが異世界小説書き。

 しかし大したイベントにはならんと思うが……やりたいなら任せることにしようか。


「あーどうしよう、まずは……よし、ここです!」


 三人を連れて千冬が行ったのは、キッチンだった。ウキウキしながら蛇口に手をかける。


「これをこうするだけで……ジャン! 水が出るんです!」


 張り切って大げさな動きで見せつけた千冬だが、三人の反応はほどほどでしかない。


「うーん、やはり便利なものだな」

「一般家庭にもこのような設備がありますのね。素晴らしいですわ」

「あれ……? うんと、じゃあ次は……お風呂、は似たようなもんか。じゃあおトイレ!」


 残念ながら、それも三人が感心して終わった。


「……話が違うよお兄ちゃん! 中世ぐらいの発展度じゃなかったの!?」

「そのへんはラボにあるからな」


 ちなみに千冬が見たかったであろう三人のリアクションは、ここに来るまで何度も味わった。

 テレビとかの科学技術の結晶を見ては、あれは魔法ですか、魔法ではないのか、絶対に魔法ですわ、みたいな。


「なんだよぉラボって……」


 ションボリする千冬に見せてあげることにした。


「なにこれ魔法!?」


 期待どおりのリアクションありがとう。

 リビングに生じた自動ドアを開き、その先にある空間を見て千冬や母さんたちが目を丸くしている。


「俺のスキルだ」

「こんなスキルがあるのかー。入っていいよね?」

「んー……扉開けとけば大丈夫か。いいぞ」


 少しためらったのは、ほぼないとは思ったがちょっとした疑念があったからだ。

 こっちの人間がラボに入ったせいで、変に力が身につくようなことがありはしないだろうかと。向こうの世界に行ったときと同じように。


 俺のラボというスキルの空間は、一体どういう存在なのかよくわからないんだよな……。

 以前リリスが水晶さんだったとき、扉を閉めたら内部が水晶ダンジョン内だと認知されずに水晶さんが吐き出されたりしたし。


 一瞬、晴彦さんをラボに閉じ込めて試そうかとも思ったがやめた。

 母さんに殺されそうだし、二人のそばにいる晴彦さんが変な力を持つようなことになっても嫌だ。


「うわ、広ーい……ってなんで富士山?」


 リビングには場違いな、銭湯にあるような富士山の絵に千冬が首をかしげている。


「俺にもわからん」

「なんだそれ」

「きっと日本人の魂の象徴だからだな」


 はいはいと呆れる千冬に、ルチアが笑いかけた。


「はは、だがあながち間違ってはいないのではないか。私はこの絵を眺める主殿が寂しそうに見えて、なんとしてもこの世界に戻してやりたいと思ったからな。そう考えれば、この絵が今の結果に導いてくれたようなものかもな」


 そうだったのか……たしかにこれを目にすると、よく日本に想いを馳せてしまっていた。その度に未練がましい自分を情けなく思っていた。

 きっとニケにも見抜かれていただろう。

 二人が無理にでも水晶ダンジョンを攻略しようとしたのは、元を正せば俺のせいだったのか。


「そうだったんですね。じゃあお兄ちゃんにとって、ありがたい絵なんだ」

「みたいだな」


 ……でももう日本に帰ってきたし何年も同じだし、飽きてきたんだよな──などと考えていたら富士山の絵が消え、無数の千手観音の絵に変わった。

 中学のときに修学旅行で行った蓮華王院本堂、いわゆる三十三間堂の内部だ。


「そうだ、京都行こう」

「おい……魂はどうした」


 ルチアからだけじゃなくみんなからいろいろ突っ込まれたが、意図して変えたわけではないので俺に言われても困る。


 それから寝室以外の部屋を見て回り、最後に風呂を見たら千冬が今から入りたいと言い出した。

 ニケたちが賛同したので俺も服を脱いでたら、千冬に蹴り出されてしまった。なぜだ。


 母さんまで行ってしまい、残されたのは男二人。

 マンションのほうのリビングに戻り、静寂のときが流れる。

 しばらくして、やたらモジモジしていた晴彦さんがそれを破った。


「ええと、すごいんだね、このラボっていうのは」

「これのおかげでなんとかやってこれました」

「そうなんだ……その、驚いたよね? 響子さんと僕の再婚。やっぱり嫌だったかな」


 ああ、それを聞きたくてモジモジしていたのか。


「それは驚きはしましたよ。でも別に嫌とか反対とかではないです。さすがにいきなりお義父さんとは呼べませんが」

「ははは、そこまでは言わないよ……ありがとう」

「こちらこそ母と妹を支えてきてもらってありがとうございます。これからも、僕の分まで母と妹をよろしくお願いします」

「キミの分まで……」

「はい」

「そうか……うん、わかったよ」


 そしてまた沈黙。

 とても気まずいが、ちょうどよかったか。あのことを言っておかなければならない。


「晴彦さん、お願いがあります」

「なにかな。なんでも言って」

「僕たちや娘さんのこと、誰にも言わないでおいてもらえますか。晴彦さんの親兄弟や、元の奥さんにもです」


 お願いとは言ったが、これは強制だ。

 異世界のことを本気で信じる人はそういないと思うが、もし信じられて広まってしまえば困るどころではない。

 俺が直接知っていて信頼できる人にしか、知られたくないのだ。


「うん……わかっているよ。欲を言えば元の妻には伝えたかったけど、彼女にも今の生活がある。信用できる人だけど、どう変わっていくかわからないしね」


 酷なことだと思ったが、晴彦さんは初めからそのつもりだったようだ。

 俺が拍子抜けしているのを見て取ったか、晴彦さんが笑う……それは少し乾いていた。


「ははっ。キミや娘たちがいなくなってから、いろんな人から……それこそ親族からも好奇の目で見られたからね。そういったものの怖さは、多少はわかるつもりだよ」


 そうか……母さんや千冬もつらい思いをしただろうな……。

 とにかく晴彦さんが、話のわかる大人でよかった。これなら脅したりしなくてもいいだろう。


「他にはなにかないかな? 僕にできること」


 あら良い人ね。実際誠実そうではあるし。

 もちろん全面的に信頼するというのは難しいが、もう巻き込む以外に道がない。

 ということで──


「車が何台か欲しいです」

「えっ、それは……」


 笑顔が引きつった。

 いきなりそんなこと言われても晴彦さんは普通の会社員らしいし、母さんも働いているが金は余ってるわけではない。当然だ。

 ただ、別に俺は新車をおねだりしているわけではない。


「廃車とかでいいんです。解体バラして研究するだけなんで」


 爺ちゃんちにも昔廃車があったが、今はどうなんだろう。それをもらえたとしても他にも欲しい。新ダグバを作るために。


「そ、そっか。それなら知り合いの整備工に頼めばなんとかなるかもしれない」

「ほんとですか、助かります。それとお金のことなら心配ないです……と言いたいところですけど、そのためには宝石とか金貨なんかを売ってきてもらわないといけないんですよね。僕たちではちょっと無理なので。でもそれも、信用できる相手でないと怖いですかね」


 変に目をつけられたり、吹聴されたくはない。

 それに大量に売ったりとか、定期的に売ったりしたときに怪しまれても困る。鑑定書などもないし。

 あちこちに少しづつ売ってきてもらうしかないだろうか。


「それなら古物商を友人がやっているけど。僕にとって、そいつ以上に信用できる相手はいないくらいの親友だよ。細かな事情を説明しなくても力になってくれる。絶対に」


 ふむ……特別毒にも薬にもならないかと思ったが、この人結構使えるじゃないか。


「なにとぞよろしくお願いします、お義父さん・・・・・

「……話には聞いていたけど、キミは面白い子だねえ」


 そのあと長風呂から上がってきた女性陣は、晴彦さんにビールをお酌する俺を見て怪しんでいた。

 使える人……もとい義父に酌をすることの、なにがおかしいというのであろうか。


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