幕間1-09 好物のエンガワを後回しにするんじゃなかった



 風呂上がりのニケに換金してもらいたい宝石や金塊などを適当に出してもらったら、母さんたちは喜ぶのを通り越して引いていた。

 金持ちだとは聞いたが、ここまでとは思っていなかったそうだ。


 これでも遺宝瘤などで得たものの一部でしかないんだけど、取りあえずその中から小粒の宝石と金塊や金貨を渡しておいた。

 たしかに俺たちは金銭感覚が、だいぶおかしいことになってるような気はする。でもいまだに俺は月に金貨一枚のお小遣い制なんだ……。


 それにしても──


「キョウコ、手伝います」

「ありがと。じゃあそこのお皿を並べてもらえる?」

「わかりました。キョウコ、これはどこですか」

「それはね──」


 風呂から出たらキョウコキョウコと、ニケが妙に母さんに懐いている。

 緊張というか思い詰めてた様子があったが、それもなくなった。


 良いことなのだが、ニケがこうも簡単に親しくなるとは思ってもいなかった。

 しかもラボうちだと紅茶をいれる以外では、皿を運ぶ俺を運ぶくらいしかしないのに、自分から手伝いを申し出るなんて……ジェラシーである。

 悔しいので今度、皿になってもらう手伝いをしてもらおう、みんなに。そして夢のようなフルコース盛りを平らげるのだ。




 夕飯は、奮発して出前をとってもらえることになった。

 料理が得意ではない母さんが作るお袋の味も捨て難くはあった。でもやっぱりとにかく醤油を味わいたい。生魚を食べたい。

 ということで定番ではあるが、寿司メインである。


 生魚を三人が食べられるかわからないから、一応他にも注文したけど。

 しかし初めは生魚にひいてた三人も、俺たちがうまそうに食べているのを見て挑戦しだした。食欲と好奇心には勝てなかったようだ。


 そして飯を食いながら聞いたが、俺たちのクラス転移は迷宮入りの失踪事件として、捜査はほぼあきらめられているとのことだ。

 実際クラス全員が着てたままの状態の服すら残して、突然蒸発したような消え方をしたのだ。捜査のしようもない。

 そしてそのようなありえない事件だったので、特に若者のあいだでは異世界に行ったのだと信じられているらしい。


 そんな事件が起こるなど、学校側としてはいい迷惑だったろうなと思ったのだが……そうでもなかった。

 それ以降、入学希望者が激増したのだ。

 異世界行きを望む子供たちが殺到したせいで。


 世も末だとは思うが、気持ちがわからないでもない。

 しかしみんながみんな俺のように幸運に恵まれて、おっぱいに囲まれることができるわけではない。俺のクラスメイトの死亡率を教えてやりたいものだ。


「千冬もあの学校に転入するって言い出して、なかなか聞き分けてくれなくて大変だったのよ」


 もしまたなにか起こってしまえばと思えば、親として行かせたくないのは当然だろう。しかも、うちは俺を失っているわけだし。

 それが理解できない妹ではないはずだが……。


「千冬……悩みがあるならなんでも言うんだ。お兄ちゃんがなんでも解決してやるからな、手段を選ばずに」

「選んでよ。というかなんの話」

「千冬はこの世界が嫌いなんだろう?」

「違うし! 私はお兄ちゃんの手がかりを、って言わせんなバカァ」


 なるほど、やはり神とは妹の形をしているのだな。


 しかし実際、母さんが止めたのは正解だった。

 今のところなにも起こってはいないしそうそう起こるものではないが、いろいろ危険性があるそうなのだ。あっちの神もどきであった水晶さんが、ご褒美スキルを決めるときに教えてくれた。

 もっとも危険性の内の一つは、近々俺たちが潰すつもりだが。


「気持ちはうれしいんだけど、そんなもん素人が出しゃばってもしょうがないだろ」

「そうだけどさー。まあ私は結局あきらめたけど、今あの学校にはあの子が……」


 千冬がなにか言いかけたが、俺やニケたちを見回して止まる。


「どうした?」

「あー……ううん、なんでもない」

「だから悩みがあるならなんでも」

「ないから。あってもお兄ちゃんには言わないから。どうなるか怖いもん。そんなことよりほら、もっと食べたら……あれ? お寿司もうない!?」


 空っぽの寿司桶に驚く千冬から目を逸らすのは、ルチアとニケ、そして……薄々気づいていたがお前もそっち系だったか、セラ。

 健啖けんたんちゃんたちが寿司を気に入ったのは良かったけど、俺ももっと食べたかったよ……。


 結局俺は、同じ料理を作っても毎回味が激変するお袋の味で腹を満たした。今回も俺の知らない面白い味でした。




 食後みんなでしばらくまったりしていたが、あることを思い出した。


「そういや俺のポケベルは?」

「ポケベルって……昔のメッセージ送れるやつだっけ? そんなのもともと持ってないでしょ。スマホならまだ取ってあるけど」

「すまほ? なんだそれ」

「は? なに言ってんの。スマホだって、スマホ」


 千冬がポケットから、板状の機械を取り出す。ダイバーズギルドの潜層階記録用魔道具のようなそれのボタンを押すと、ガラス面に家族写真が浮かび上がった。

 まだ父さんが健在だったころ行った、潮干狩りの写真だ。


「うお、スゲェ。それがすまほなのか。写真を見れる機械なのか?」

「は? なに……言ってるの、お兄ちゃん。電話とかメッセージとかネットとかやれるけど……わかってるでしょ?」

「そんな物で電話が!? ネットってインターネットってやつか? うーん……」


 アゴに手を当てて考え込む俺を見て、千冬は不安そうに眉を寄せている。


「なんなの、ねえ」

「新世界への扉、ピノコ様、まことちゃん、ポケベル……そうか、全てはつながっていたんだな」

「ちょっと、だからなんなのってば」

「おかしいとは思ってたんだ……たかだか三年八ヶ月で、ずいぶんと技術が進歩してるなって。テレビとかあんなに薄くなってるし。しかもポケベルが昔のものなんて……もしかしてここは──」


 ゴクリと、千冬がのどを鳴らすのを聞いてから続けた。


「──パラレルワールド……俺の知っている日本ではないのかもしれない」

「じょ、冗談でしょ……それってお兄ちゃんが私の知ってるお兄ちゃんじゃないってこと!?」

「そう……なるな……」

「ウソだよそんなの! ようやく帰ってきたのに、そんなっ」

「なんてなー。で、俺のスマホはどこだ?」


 普通に考えればありえないわな、パラレルワールドの俺も失踪してて、入れ替わるとか。

 そもそも俺はパラレルワールドの存在なんて信じてないし。千冬のノリがよかったから続けたが、千冬だって信じてないだろう。


 兄妹のスキンシップとして、こういう寸劇を昔からたまにやってきたのだ。千冬の演技力は、相変わらずズバ抜けてるな。

 今までは思い出して懐かしむだけだったが、またこうやってじゃれ合えるなんて……。


 家族とすごせる幸せに浸っていたら、千冬がうつむいてプルプル震えていた。


「どうした、寒いのか?」


 湯冷めしてしまったのではないだろうか。

 心配する俺を、顔を上げた千冬がなぜかにらみつけてくる。


「ほんと……ほんっとバカ! お兄ちゃんバカ! バカお兄ぃ! 鬼バカ!」


 バカを連呼して立ち上がった千冬は、足音荒くリビングを去ってしまった。


「どうしたんだいきなり……俺だけならまだしも、最後にはセラの悪口まで言うなんて」

「殴りますわよ」

「千冬、逃げろ! 殺されるぞ!」

「あなたをですわ!」


 妹には理不尽に罵倒され、婚約者には理不尽に脅され……一体俺がなにをしたというのか。

 母さんにまで「時と場合を考えた冗談を言いなさい」と理不尽に怒られていると、千冬が戻ってきた。


「ハア、お兄ちゃんだししょうがないし、私ももう大人だし」


 自分に言い聞かせるようにブツブツつぶやいている千冬から、ポイッと雑に渡されたのは俺のスマホ。取りに行ってくれたようだ。


 礼を言って、ニケたちにスマホを説明しながら充電してみているが……考えてみると、使えたとしても特別使う必要がないんだよな。この中に眠るどんなお宝画像も、三人には敵わないし。

 スマホ自体、向こうでは大して役に立たないし。


「もうスマホもいらないか……」

「っ……そ、そうだお兄ちゃん、LBWのツーが出たんだよっ」


 不機嫌だった表情を一転させ、無理に作ったような笑顔になった。情緒不安定さが心配である。

 やはり悩みでもあるのかもしれないな……あとでじっくり聞き出そう。


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