幕間1-10 キャッチコピーは「命短し歌えや乙女 奏でよ乙女 道に散りゆくその日まで」だった



 千冬の言うLBWとは、レディースバンドウォーズというスマホアプリである。

 世紀末的な日本で繰り広げられる、女性バンドグループの抗争がテーマのカオスなリズムゲームだ。

 俺がやっていた初代は終わってしまったようだが、続編が出てるのか。


「なんと2では難易度三十二まで実装されたんだよ」

「まじか。それ人間の限界超えてね」


 それなりにやっていたが、初代の最高難易度である三十でも生き残るのが精一杯だったのに。


「うん。チート以外ではまだ、回復無しで完走した人いないみたいだよ」


 そう言ってアプリを立ち上げた千冬が、みんなの注目を集めつつ三十二の曲をプレイする。

 たしかに尋常ではないノーツの数と配置の複雑さだ。


「シンイチさん、これは流れてくるあの印を触ればいいんですの?」

「おう、そういう遊びだ。ふむ、千冬もかなり腕を上げたな」


 それでも五分の一も行かない程度で力尽きていたが。


「はー、こんなもんかなあ……やる? ま、ブランクのあるお兄ちゃんじゃ、私より早く脱落だろうけど。ふふふ」


 そう言われてしまえばやらざるをえない。

 だが……いや、いいか。

 遊びはやるなら本気でやらないとな──それが遊びにもならなくても。


 しかしプレイ前に問題が起こってしまった。

 千冬のスマホを持つとノイズが走り、関係ないアプリがいくつも勝手に起動しだしたのだ。


「ちょっ、なにしてんの!?」

「なんもしてないが……あー、もしかして」


 無意識でやってしまっていたが、流していた魔力を止める。

 するとスマホの異常な挙動が収まった。


「どうやら魔力が悪さするみたいだな。ほら」


 無意識のときより気持ち多めに流すと、今度は電源が落ちてしまった。


「そうなんだ……って、ぎゃーっ! 私のスマホ!」


 慌てて千冬が俺からひったくって電源ボタンを押すと、スマホは問題なく起動した。


「良かったあ……もう、お兄ちゃん!」

「悪い悪い、つい試しちゃった。流さないようにすれば大丈夫だから」

「ほんとに? 絶対もうやんないでよ」


 渋々渡されたスマホを操作すると、今度は問題なくアプリを立ち上げることができた。


 それにしても魔力がダメなのか。

 スマホなんて超精密機械だし、ほんの少しの影響でも誤作動するのは理解できるが……もしかしたらあっちの世界に機械系を持っていっても、使い物にならないかもしれないな。魔力なんてそこかしこに漂ってるだろうし。

 あとで検証はするとしても、いろいろ買い込む前に気づけて良かった。


「んーと、この曲だったか」


 とりあえず今は、曲を選んで……スタート。


 難易度三十二。

 こちらの人間・・の限界を超えた曲。


 すぐに失敗して怒ったり笑ったり。

 そうやって楽しめたのだろう、本来であれば。


 だが──俺はもう、これを楽しめない。


「…………え、なんで? は?」


 オールパーフェクト。

 俺が叩き出した結果に、千冬が口をポカンと開けている。


「俺はもう人間じゃないからな。こっちの世界の体を使う娯楽とかスポーツは、もう楽しむことも競うこともできないんだ」


 開いていた口を引き結び、千冬はしばらく黙っていた。


「……金メダルとか、いっぱい取れるんじゃん」

「ああ、どんだけ手を抜いてもな。そんなイージーモードつまんないだろ?」


 俺が言いたいことがわかったのだろう。母さんは目を伏せ、千冬は唇をかんでいた。


「マスター……」


 風呂に入ってからは落ち着いていたが、それでもなにか言いたげなニケに首を振る。


「言っとくが、俺は今の自分になんの後悔もない。たとえ今選べるとしても、お前たちと生きていく道を選ぶ。本当だぞ?」

「……はい」


 やはり風呂で良い変化があったようだ。ニケは素直にうなずき、柔らかくほほ笑んだ。

 それを見て俺は、母さんと千冬に顔を戻した。


「だから……ごめんな。俺はこっちで暮らすことはできない」


 向こうでのやるべきことが終わったあとでも。


 それにはもちろん様々な理由があるのだが、俺にとって結局はそこなのだ。

 あくまでも身体能力という面だけではあるが、それでもイージーモードすぎる世界で生きていくのは、つまらないのだ。

 思い切り走れもしないような窮屈な思いを、三人にさせたくもないし。


「やっぱノーマルのイージー寄りぐらいが楽しいからな」

「ぷっ、なにそれ。十分甘々だし」


 本当は帰ってきたその日にこんな話をする気はなかったが……変に期待させる前に言えて良かったのかもしれない。

 大丈夫。今は涙があふれそうでも、千冬はもう大人なのだから。


「……そうだよね。お兄ちゃんなんてどうせこっちにいても、良くて迷惑系、悪かったらどこまでいくかわかんないもん。有刺鉄線つきの高いへいに区切られて会えないより、異世界の方がマシだよね」


 ひどいよね。お兄ちゃん涙があふれちゃう。


「兄を異常者みたいに言うのはやめとこうか……まあ、たまには帰ってくるから」

「……うん」

「お前がおばあちゃんになっても、ピチピチの若い姿でな」

「うわ、それすっごいイヤ」


 鼻をすすりながらも、千冬が歯を見せてくれた。

 母さんも千冬も、俺がこちらでは暮らさないことをわかっていたのかもしれないな。思ったより落ち着いている。


 三人の反応も少ないし、風呂場でなにか話をしたのだろう。

 ……俺がいらない子だからじゃないよね? 違うよね?


 しんみりとしてしまったが、チーンと鼻をかんで千冬は気持ちを切り替えたようだ。まだちょっと無理してそうだが。


「はー、それにしてもビックリした。お風呂で見たときはよくわかんなかったけど、そんなに身体能力違うんだね……簡単にオールパーフェクトとか」


 風呂なんかで一体なにを見たのか疑問であるが、とりあえずニヒルな笑みでキメておく。


「ふ、まあな」

「その顔ムカつく……っていうか、余裕ってわかってたんなら本気出さないでよ。チート疑われてアカウント消されるんじゃないの、これ……三人もやっぱり同じくらいすごいの?」

「ふ、教えてやろう。我こそが、四天王最弱戦士なり」

「それでなんでその顔でドヤれるの」

「お前らも試しにやってみるか?」

「いいんですの?」


 超速でセラが食いついた。さっきからウズウズしてるっぽかったからな。


「よしルチア、やってみなさい」

「私が!?」

「なんでですの!?」


 理由はない。ただちょっと意地悪したかっただけである。

 セラのヒザの上でほっぺをこねくり回される中、ルチアがスタンバイ。


「魔力は流すなよ」

「わ、わかっている」


 その一打目。

 パキン────破滅の音が響いた。


 魔力を流さないことに意識を注ぎすぎたルチアは、致命的に力加減を間違えた。


「わっ……私のスマホーーっ!」

「すすすすまないっ!」


 千冬……お兄ちゃんとの別離より悲しそうなのはなんでなのかな?


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