幕間1-11 閑話 ドキッ!女だらけの潜水大会 1
曇りガラスの引き戸を開けると、湿度の高い熱気が体を包んだ。
もう二月も終わるが、まだ寒い日が続いている。湯気を浴びただけで、少し肩から力が抜けた。
肩に力が入っていたのは、寒さのせいだけじゃないけど。
まさかお兄ちゃんが異世界から、しかも婚約者三人つれて帰ってくるなんて。
「すごいわねえ、お家に温泉があるなんて」
後ろに続いたお母さんが、部屋を見回してうっとりしている。
たしかにお兄ちゃんのラボというスキルの中にあるこのお風呂はとんでもないけど、温泉ではないでしょ。
「主殿には贅沢な日々を過ごさせてもらっています。感謝の言葉もありません」
染み染みと実感がこもっているルクレツィアさんの言葉。
私より少しだけお姉さんらしいけど、信じられないような苦難を乗り越えてきている。私なんかとは比べ物にならないほど大人だ。
…………心だけじゃなく体も。
裸だとよくわかるけど、背筋がピシッとしていて姿勢がとてもキレイ。その張られた胸には育ちずぎのメロン……いや、スイカが堂々と。
輝くような
雰囲気も凛々しくてカッコよくて、こんな風になりたいと憧れてしまう。無理だけど。
「あら、それはなんですの?」
セレーラさんが、私の持っているカゴを指差す。シャンプーとかコンディショナーとかを詰め込んできたのだ。
エルフのセレーラさんは、もうほんと大人ーって感じ。
金髪の巻き髪とか喋り方とか、ゴージャスで成熟している……体も。
ルクレツィアさんの外国人的な縦に厚みのあるセクシーな体つきと比べると、セレーラさんはやや薄めというか日本人的かもしれない。
いや、腰とか横幅もほっそいしお尻とかプリンとしてるし大玉メロンは栄養たくわえてるし、絶対こうはなれないけど。
でも日本人の男性が三人の中から体つきだけで選ぶなら、まだ親しみが湧きそうなセレーラさんが一番人気になったりするのかもしれない。
「これは髪や体を洗ったり調子を整えたりするものなんですけど……いつもなにを使ってるんですか?」
使ってるものにケチをつけようというわけじゃない。むしろ逆だ。
みんなうらやましいくらいお肌ツルツル、髪の毛サラサラツヤツヤキューティクルクルなのだ。
おかしいよ。中世なんて髪の毛ゴワゴワか、香油とかでベタベタなんじゃないの?
これを使ってもらって、今度こそ驚いてもらおうと思ったのに……。
「最近では仕上げ以外、なにも使わないことが多いですね。マスターが改良した石けんもあるのですが、それでも洗浄成分が強すぎるとのことで。数日置きか、返り血などにまみれたときだけしか、しっかりと体全体は洗ってもらえません」
出た、
圧倒的な
決してムチムチというわけではなく、むしろ全体的には細いと言っていい。
にも関わらず、ほとばしる絶妙な肉感。それでいて満たされている透明感。
涼しげでありながらも甘美。
そんな怪しげな魅力が、その体にこれでもかと詰めこまれている。
例えるなら……そう、高級和牛味のところてん。ふふ、我ながら素晴らしい例え。
というか返り血……しかも洗ってもらうって、お兄ちゃんになの!?
さっきも
「あー、えっとそれだったら、いつもはお湯で洗い流すだけなんです?」
「そうだが、主殿が作ったあれを使うのだ」
ルクレツィアさんが向かったのは、入口横にある謎の竹林エリアだった。竹を
そのそばにある、雰囲気台無しの赤くて丸い大きなスイッチをルクレツィアさんが押した。すると竹からかなりの勢いで霧が吹き出され、あっという間に竹林が濃霧に包まれる。
その霧の中に入っていったルクレツィアさんの代わりに、セレーラさんが教えてくれた。
「なんと言ったかしら……たしかマイクロナノバブル? こちらの世界の発明なのでしょう?」
「ええ!? そうですけど、うちにもそんなのないのに!」
油性マジックで書いたものが、それのシャワーだけで落とせるとかいうあれだよね。肌にもいいとか。
っていうかこんな全身に吹きかけるような大掛かりなやつ、どこにもないでしょ。
これにどうやって勝てと……おのれお兄。
ゆっくり歩いて竹林から出てきたルクレツィアさんの輝きが増したのは、濡れたせいだけではない気がする。
恐るべし、マイクロナノバブル。
「ふう、さっぱりした。少し味気ないが、ダンジョン攻略などをしていると一日に何度も体を洗うからな。手早く済むのも助かるのだ」
「本当に贅沢ですわよねえ。攻略の合間にお風呂なんて、ダイバーが聞いたらひっくり返りますわよ」
こちらに帰ってくるためにダンジョンというのを攻略してきたらしいが、相当過酷だったようだ。
体を洗ってから、打たせ湯に打たれつついろいろ話を聞いた。執筆活動の参考にさせてもらおう。
ちなみにマイクロナノバブルはすごかった。
それからジェットバスを堪能して、みんなで普通の湯船につかった。普通と言っても、ムダに八畳くらいある広さだけど。
そうして少し落ち着いたところで、お母さんが不安そうに口を開いた。
「あの子は皆さんや他の方に、迷惑かけて……いたわよね」
聞いたお母さんも、迷惑かけてないとは思ってない。
案の定どう答えるべきか三人も悩んでいるようだったが、少ししてニケさんが私でもわかるくらいに口もとを緩めた。
「剣ではなく人の身で振り回されるのは、想像していたより遥かに楽しいものでしたよ」
それを聞いて、二人も笑みを浮かべた。
「はは、そうだな。セレーラ殿やあの街の者たちに対しては、申し訳ないと思うことは多かったが」
「あなたたちには本当にかき回されましたものね。それに……いえ、あなたたちが成したことが吉であったのか凶であったのか、まだなんとも言えませんわね。これからあちらの世界は、どう変わっていくのかしら」
……世界が変わっていくって、お兄ちゃんたちなにしたの。
「まあそのことは置いておくとして、振り返ってみれば私自身としては楽しかったですわ……悔しいですけれど。それに誰かの不利益は、誰かの利益というもの。必要以上に他人を気にすることはありませんわよ」
「そう……そうね、ありがとう。皆さんが受け入れてくれているだけで、喜ぶべきことよね」
お兄ちゃんを受け入れられる奇特な人が三人も。奇跡と言っていいだろう。異世界の人って懐が深い。
でも……漠然と不安も感じる。
強い力を得たというお兄ちゃんが本領を発揮するのは、ひょっとしたらこれからなのではないかと。
もしそうだったとしても、三人がお兄ちゃんを見捨てないことを祈る。
そしてもしそうだったら、頑張れ異世界の人たち。
これからもお兄ちゃんは向こうに行ったりするみたいだし、心の中で異世界人を応援しているとお母さんがまた切り出した。
「それでその、話は変わるけれど……実際はどうだったのかしら? 真一を召喚したっていう国での日々は。あの子はなんでもないように言っていたけど……晴彦さんの前では聞きづらくて。聞いてもどうせ真一は詳しく話さないだろうし。でも母親として、知っておくべきだと思うの」
たぶん最も聞きたかったのはこれなのだろう。
だからお兄ちゃんと晴彦さんだけを残してまで、お母さんは一緒にお風呂に来たのだ。
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