1-09 ホムンクルス創った 2
「完璧……」
上位の生命水と魔力水に満たされた培養槽のガラスが、ラボの殺風景な部屋の景色を歪ませて反射している。下から空気を送り込まれる、くぐもった音が響く。
中に浮かぶは美の化身。
もう少し磨けば内臓も見えちゃいそうなほどの、透き通り輝くような白い肌。
長いが細すぎない手足が、S字のボディーラインと相まって男に道を踏み外させそう。いや、わずかな水流で
その周囲を長く滑らかな銀髪が泳ぎ、飾り立てている。
鼻筋は通り、少し薄めで上品な唇はプルンと桃色に色づく。
目は……うん、閉じてるね。クールな切れ長の目になるのかな。瞳の素材は金ベースと青ベースの二種類使ったので、ヘテロクロミアかもしれない。
「はふん……美しい……」
ため息しか出ない。
今の俺が持つ全てを注ぎ込んだのだ、そうでなくては。骨格から始まり、微に入り細を穿って知識と想像をぶつけた。
素材も言うに及ばず。ユニコーンの鬣(たてがみ)やらアルビノワイバーンの外皮やら、手に入った限りで最高級のものをぶっこんだ。
ここに産まれる彼女を思えば、全く惜しくなどなかった。
ただ、全てを俺がきっちり決めて作ってしまうときっと下手な整形みたいに不自然になるので、顔などの造形は遊びの部分を多くしてふんわりとしたイメージで仕上げた。
それは間違いではなかった。
形となった彼女が、俺の妄想など子供の落書き以下だったと教えてくれている。
『これが……ホムンクルス、ですか……?』
ふふふ、ケーンもあまりの美しさに驚いているな。今までは溶け込んだ素材のせいで、過程の合間合間にしか中を見透すことができなかったからな。
「感想は?」
考え込んでいるのかやや間があってから、頭に声が響いた。
『乳房が大き過ぎるのでは。疑う余地もなく頭部より大きいのですが』
「ソ、ソウカナ? 大玉スイカサイズくらい普通じゃないカナ? 大丈夫だヨ? 将来垂れてしまったりしないように、クーパー靭帯とか素材を選び抜いたり超こだわったカラ」
『そのこだわりも含め、普通ではないです異常です。ですが……それ以外は女性として、一つの極致ではないかと』
「だよねだよね! 身長はどう思う? アドバイス通り結構高めにしたけど」
こっち来てから測ってないが、俺は百八十センチ近くまで伸びていると思う。
ホムンクルスはそんな俺より四、五センチだけ低く設定している。この世界の女性の平均身長よりも結構高いだろう。
『ホムンクルスが戦闘をすると仮定した場合、やはり間合いが広いほうが優位に働くことは多いでしょう。手足も長いですし、申し分ないかと』
「そうか、それならよかった。他に気になるところとかある?」
『いえ、ありませんが。そもそも私に尋ねる理由がわかりません。貴方が気に入ればそれで良いのでは』
「自分だけでは気づけないところとかあるじゃん?」
『それはそうですが。それにしても、まさかホムンクルスがこれほど生物的だとは思っていませんでした。どうするのですか? 眺めるためと言っていましたが、この身体では早々に腐るのでは』
「腐るだろうね」
『馬鹿なのですか?』
馬鹿扱いされてしまった。まあ馬鹿だからしょうがない。
俺は机に乗っているケーンの鞘を握った。
ケーン本人を引き抜く。
やや反りのある刀身は、長さにしては細身だが華奢ではない。女性的で
刀身の峰側、柄や鍔(つば)、鞘に至るまで一貫した意匠を纏い、例えるなら王妃様か王女様か……いや、女王様かな?
『なんですか?』
「相変わらず綺麗だなと思って」
『はあ。ありがとうございます』
うん、やっぱりイメージ通りだ。
その姿を目に焼きつけ、小気味良い音と共に彼女を鞘に収めた。そしてゆっくりと歩を進める。
「確かにこのままただ置いておけば、このホムンクルスの体は腐る。彼女は生きていないから。彼女の核──魂とでも言えばいいのかな? それを作れないから」
『ええ、それは聞きました』
立ち止まったのは培養槽に繋がる、素材投入用槽の前。
「でもさ、作れはしないけど持ってはいるんだよね──今、この手に」
言うまでもなく持っているのは、彼女のみ。
『……っ、まさか!』
「ケーン。ホムンクルスの核になる気はないか?」
唖然としていたのか少しの間があったあと、恐る恐るといった風に尋ねてきた。
『そのようなことが……できる、のですか』
「ああ。ラボの補助機能は、確かにできると俺に教えてくれてる。って言っても実はホムンクルスの体ができるまでわからなかったんだけど、きっとできると思ってた」
ケーンは驚きを隠しきれないようで、言語として解析不能な念話が頭に飛び込んできた。多分断片的に思考が漏れているのだろう。そんなの初めてのことだ。
ここまで驚くなんて……やっぱりそうなんだな。
しばらくしてようやく落ち着いたケーンが、いつも通りの声色で念話してきた。
『確証もないまま作ったのですか? 私のために』
「ふん、
もちろん嘘だけど。
ケーンが望んでいるのはわかってた。
自分の目で見て、自分の口で喋って、自分の足で歩くことを。
自由になることを。
そして、それを諦めていたことも。
仲良しさんだから、それくらいわかる。
だからこそ俺に恩を感じて欲しくない。
これは今まで世話になったケーンへの恩返しだし、ケーンには俺に気兼ねなく自由になってもらいたい。
『作るとき、あれほど私の意見を採用したのに?』
「そ、そうだ。俺はこのホムンクルスの体などいらないから、ケーンの好きにさせてやろうと思っただけだ。俺の美的センスを疑われても困るから、手は抜かなかったが」
『そうですか。ではもう一つ聞きます。なぜ今、有無を言わさず私をその素材を入れる槽に放り込まないのですか。ただの実験だというのであれば、私の意思など無視すればよいでしょう』
本当はそうしたかった。
ケーンは神剣などとまで言われる、人々が求めてやまない名剣だ。逃避行の最中に知ったが、お伽噺にも登場しちゃってて、世界中の人々がケーンに憧れを抱いているのだ。
だからなんだかんだでケーンは、自分が剣を捨て自由になることなど許されないのでは、と悩むんじゃないかと思った。自由になればなったで、自分の選択に罪悪感を感じてしまうのではないかとも。
だから強引に核にしてしまおうかと最初は思ったのだが……。
「それは、その、あれだ……実はケーンの寿命がね、どうなるかちょっと……俺もそこまで鬼じゃないし?」
スキルが魂に籠ってるにせよ体に籠ってるにせよ、ケーンを丸ごとホムンクルスと同化させるので、スキルは受け継ぐのではないかと思う。
ただ、ケーンが持つ《再生》スキルが老化に効くかどうか、そこがどうしてもわからない。そもそもホムンクルスが老化するのかどうかもわからないのだが。
とにかく、永遠とも言える寿命を失う可能性がある以上、ケーンの意思を確認しないわけにはいかなかったのだ。
ケーンは長い間沈黙していたが、やがて妙に晴れやかな声で念話してきた。
『そういうことですか。全てわかりました。ではわたしを鞘から抜いてください』
「なんで?」
『言った通りにしてください』
俺は首を傾げながらもケーンに従った。
『では、私だけを入れてください』
「ほへ?」
『何をそんな驚いた顔をしているのですか。貴方の実験に協力してあげようと言っているのです。それが貴方の望みでしょう?』
「そ、そうだけど。フフフ、お前を我が野望の
えっと、剣として人々に憧れられてることはいいのかな? 罪悪感とか。
まさかそんな簡単に受け入れるとは思ってなかったんだけど?
「……というか本当にわかってる? 寿命のこと」
『わかっています。貴方よりも』
あまりにさっぱりとした態度は腑に落ちないが……それほど自由を求めているということなのだろう。
だったら俺はそれに応えて錬金するだけだ。そのあとは全てが上手くいくよう全力で祈る。
少し躊躇したが、俺はケーンを握る手を素材投入用槽の上に伸ばす。
そして……開いた。
美しい刀身が揺らめいて光を反射しながら、ケーンは底まで沈んだ。
これで剣としてのケーンが見納めかと思うと涙が出てきた。
今まで助けてくれて、本当にありがとう。
「いいんだな、ケーン。始めるぞ? ほんとに始めちゃうぞ? あとでこんなハズじゃなかったとか言っても」
『いいから早くなさい』
「はいっ。では万感の想いを込めて、いざ! スイッチオーン! あポチッとな」
赤くてでっかいスイッチを押すと、俺の体から尋常じゃない量のMPが吸い出されていく。蓋を閉めれば、蓋や台座にびっしり刻まれた模様が赤く輝いた。
これでもう後戻りはできない。
『貴方は…………ひどい人です』
ポツリと、今になってそんなことを言われて、ものすごく動揺してしまった。
けれどすぐにクスクスと楽しげな笑い声が聞こえてきたので、冗談だとわかった……冗談だよね? 俺がひどい人と思われるのは構わないんだけど、ケーンだって自由に動く体が欲しいんだよね? それとものすごく今更なんだけど、ケーンって女性ってことでいいんだよね!?
…………どのみちすでに引き返せないか。
「知ってる。なんたって俺は、禁忌を破る冷酷非情悪逆無道むちもーまいな錬金術師だから」
むちもーまいってどんな意味だっけ。
『一部は、特、に、同意……します』
「そろそろおねむかな? いい夢見なよ。起きたら夢の続きが待ってる」
『
お休みなさいますってなんじゃい。
さて、起きるのはいつになるのか。それまでなにして…………あ。
「待って起きて! 俺の飯!」
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